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8月1日

 書感、と言うか紹介です。

「NHKテレビ版 シャーロック・ホームズの冒険」
 文:ピーター・ヘイニング
 訳:岩井田雅行/緒方桂子
 求竜堂出版
 定価:2600円
 ISBN4-7630-9824-1

 NHKではイギリスのグラナダテレビが制作した「シャーロック・ホームズの冒険」が放映されていた時期があります。すでに再放送などもされている人気番組で、シャーロック・ホームズに元シェイクスピア俳優でドラキュラ役なども有名なジェレミー・ブレッド。ワトソンにはデビッド・バーグ、途中からエドワード・ハードウィックを起用し、他のホームズ映画やドラマと比較して全く比べ物にならないほど圧倒的なクオリティのものに仕上がっています。この本はその制作の舞台裏や俳優などのインタビューを載せたものです。
 シャーロック・ホームズと言えば世界で最も有名な探偵小説でしょう。多くの推理作品では探偵のパートナーという意味で「ワトソン役」という言葉が使われています。ホームズファンを表す言葉としてシャーロッキアンという言葉が使われますが、この本こそまさにシャーロッキアンが作ったものという雰囲気。単にドラマの取材というだけに留まらず、ホームズという作品そのものに現れる疑問など様々な点も追求していきます。映像作品というのは原作と比べ、どうしてもあらが目立ったり不満が残ったりするものかも知れませんが、このグラナダテレビのホームズの場合、僕としては百点満点。それまで持っていたホームズの映像的イメージはこのドラマによって完全に固定されてしまったと言っても過言ではありません。
 作品中でホームズは化学実験をこなし、ヴァイオリンを弾き、柔術やボクシング、射撃の名人というマルチ人間ぶりを発揮しますが映像となったときには役者がそれだけの雰囲気を醸し出すのは至難です。しかし、主演のジェレミー・ブレッドの超越的な雰囲気とクールな演技はコナン・ドイルの文章によって書かれたホームズそのものです。
 そういった雰囲気を伝えるとき、映像作品は原作を凌駕することもあるのだと実感できます。
 イギリス、ベーカー街221Bのホームズの部屋というのはファンにとってあこがれの地です。
 実際のベーカー街には221までの住所はないのですが、実際にホームズの部屋を再現した博物館のようなものがあるそうです。ホームズの物語の大半はこの221Bから始まるのですがドラマの221Bがまたなんとも魅力的。外国に住むとしたらこんな部屋がいいとあこがれています。自分の部屋で少しでも似たところがあるとすれば散らかっているということだけでしょうか。
 さて、この本はグラナダテレビのホームズを扱ったものですがそれまでの歴代ホームズ作品についても様々な解説が為されています。多くの役者がホームズを演じた写真が並んでいるのですが驚いたのはその中にジェームス・ボンド役で知られるロジャー・ムーアまでが入っているということです。
 伝統ある紳士の国、イギリスでなければ生まれなかったであろうと思われるホームズの人間像には読者だけでなく、俳優やドラマの制作スタッフまでもが魅了されています。これからも多くの人々がホームズの物語に触れ、魅了されていくのでしょう。もしすでに作品を楽しんだ方なら、このグラナダテレビのホームズを一度ごらんになって欲しいです。レンタルビデオ屋に行けばおそらく置いてあると思います。

8月2日

 書感です。

「あずみ 十九巻」
 小山ゆう/小学館
 定価:505円
 初版:2000年9月1日
 ISBN4-09-185059-6

 暗殺者として追われていたあづみにも天海坊という後見人ができ、その長い逃亡生活は終わりに。ライバル、左近との決着もつき、第一部が終了というところ。
 18巻の終わりからは天海坊の命を受け、北国へと旅立ちます。これまで自分の身を守るためにひたすら戦うだけだったあずみですが、今回は自分で考え、動く時を判断しなければなりません。旅の途中では巻き込まれた事件を大胆に解決してきたあずみも使命ということで慎重になってしまいます。
 同じ目的で潜入している「仲間」に認められず、またもや孤独な立場になってしまいます。そんな中、かつて旅を共にした若者、俊二郎と再会します。
 これまでも様々な陰謀が巡らされてきましたが、それは直接あずみに降りかかっても力でねじ伏せてきただけ。今回は国を守るという使命があるものの、あずみには陰謀というものに対する力がありません。
 かなりのお人好しでありながら刺客の手を逃れて来られたのはあずみに圧倒的な強さがあったからです。やっと休息の時を迎えたかと思ったあずみを陰謀の渦中に投入する天海坊の真意はどこにあるのでしょうか?
 旅の途中、多くの人を魅了してきたあずみの人柄はここでも騒動の中心人物、静音の心を惹きつけます。
 不思議な力を持ち、差別のない平等な国を作ろうとする彼もまた何者かに操られているように見えます。大きな悲しみを知りながら笑顔を失わず、人を信じる事ができるあずみは静音にからまる陰謀の糸を断ち切ることができるのでしょうか?
 もう一つ、今回ポイントとなるのが俊二郎。
 力で上から押さえつける武家社会に嫌気がさし、人を助ける術を身に付けるために医学を志した彼ですが、静音と出会う事で自分の夢の社会を力ずくでもぎ取るという野心を持ってしまいます。うまくいったときには英雄、しかし本当に思ったとおりにいくのか?
 青二才という印象の強い彼はここでもまだ自分を冷静に見ていない感じです。あずみ以上に読者をはらはらさせています。
 小山ゆうの絵にはあいかわらずなじむ事ができずにいるのですがそれでも買い続けてしまうのは、この漫画の持つ独特の雰囲気のせいでしょうか。決して劇画調ではないのにどこか生々しく描かれた世界は、普通に描いたらきれい事だらけの少年漫画のような主人公、あずみを際だたせています。
 漫画は絵と物語が融合した総合的な部分で面白さが決まると思っていますが、「あずみ」はいつ 1プラス1が2ではないということを思い知らせてくれる作品です。

8月3日

 みなさん、ネットゲームってご存じでしょうか?
 僕はMacなのでゲームってあまりやらないのですが、最近有名なネットゲーム、ディアブロ2のMac版が発売したのでつい購入してしまいました。
 どういうゲームか説明すると、プレイヤーは中世ヨーロッパ風の世界で蘇った悪魔を封印するために旅をする勇者をマウスで動かして敵と戦い、自分を鍛えて目的を果たすというのが本筋。ディアブロはジャンルとしてアクションRPGということになるのでしょうか。敵を倒すのに主人公を動かすのは軽いアクション。いろいろと考えながら謎を解き、主人公を自分が望むように成長させていくのがRPG(ロールプレイングゲーム)の部分ですね。自分を主人公に投影して物語を進めるのが面白いわけです。
これだけだとあまり普通のゲームと変わりませんが、インターネットを使ったとたん、面白さは何倍にもなります。
 ゲームの世界には基本的に、プログラミングされた登場人物しかいません。しかし、インターネットにあるサーバを通じて同じディアブロ2のプレイヤーと協力してゲームを進める事が出来るのです。いつもはたった一人、孤独で潜っている地下の洞窟も仲間がいれば楽しく、心強いものです。また、プレイヤーが選べる5種類のキャラクターはそれぞれ能力が特殊化されていて得手不得手があるため自分一人では厳しいところも誰かと一緒なら楽にクリアできるかも知れません。
 僕の使っているキャラクターは聖騎士で、周囲に様々な影響を与える特殊能力を使えるため協力プレイではなかなか役に立ちますが一人だとイマイチ面白みがありません。しかし弱い敵に囲まれたときなどは素晴らしい力を発揮して敵をなぎ倒せるので爽快感があります。
 ちなみにこのディアブロ2は英語版で、マニュアル以外は全て英語表記。台詞には声もついているので英語の勉強にもなりますね(笑)
 たまに使命を勘違いしていたり読み落としたりするのはご愛敬というところ。あまり理解していなくても楽しめてしまうのが出来のいいところかも知れません。
 先週の土曜日、学校の先輩と一緒にやってみたのですがなかなか難易度が高くて強い敵はレベルの高い先輩に任せきりでした。後で一人でゲームを進め、前のところに戻って二人で苦戦したところを一人で片づけられたときには感無量でした。
 このゲームの魅力の一つはアイテム集めです。他のゲームのように決まったところに決まったものがあるのではなく、ランダムに様々なアイテムが生成されあちこちに落ちているのです。難しい迷路を探索したり強い敵を倒したりするほど強いアイテムが見つかります。苦労して見つけたアイテムは二つと同じ物がないので愛着がわく物です。
 ドラゴンクエストやファイナルファンタジーのように感動的なストーリーや様々なイベントがあるわけではないですが、ものを探したり自分を鍛えたりという根本的な楽しみをディアブロ2は提供してくれます。
 洋ゲーと言われる海外のゲームはイマイチ信用していない僕でも90点以上をつけられるゲームです。

8月4日

 書感です。

「十二枚のだまし絵」
 作:ジェフリー・アーチャー
 訳:永井淳
 新潮文庫
 定価:640円
 初版:平成6年12月25日
 ISBN4-10-216118-X

 コンゲーム(騙しあい)小説の大家、ジェフリー・アーチャーの短編集です。題名の通り、十二編の短編が収録されています。アーチャーの小説は軽妙な話運びにあっと驚くどんでん返しが一番の特徴ですが、なんと文庫本一冊でそれが十二回も楽しめてしまいます。
 どんな短編作家でも一冊の中には傑作も、そうでない作品もあるものですが、この短編集に限っては傑作と、それよりさらに面白い作品しかありません。文字通り、手放しで絶賛できる作品ばかりです。
 それぞれの作品について、何がどう面白かったか解説してしまうと読む面白さを台無しにしてしまうので何も言えないというのが残念でたまりません。
 アーチャー自身、ロンドンで市議会議員を務めた経験があるせいか、小説の主人公も少し上流の階級に属する人間が多いです。そういう世界をおもしろおかしく書く事で、嫌みを感じずに読むことができます。少しお洒落でユーモアの効いた知的な会話を楽しんでいるとついつい話の先を読むということを忘れてしまい、はっとすることも多いです。
 アーチャーの小説が面白いのは、頭の良い人間が多く出てくるということでしょう。
 推理小説などでは探偵の頭脳の冴えを際だたせるためにわざと周囲には鈍い人間を配置したりしますが、アーチャーの小説では頭のいい人間がでていて駆け引きを繰り広げるわけです。
 もちろん書くのはそちらの方がずっと難しいのでしょうが、読む楽しみは何倍にもなります。
 ある状況下でとっさに効かせた機転に感心する事もあれば、それまでに主人公がとっていた行動の意味がわかって驚くこともあり、最後に唖然としたりほっとしたりとパターンも豊富です。今回の作品群の中でとりわけ特徴が強いのは最後の一編である「焼き加減はお好みで…」でしょうか。
 これは話の途中で途切れ、4つの結末が用意されているという一風変わったもの。「お好みの焼き加減で選んでください」ということでレア、バーント(黒こげ)、オーヴァーダン(焼きすぎ)、ア・ポワン(ミディアム)の四種類あるのですが実は作者、明らかに最初から順番に読むことを見越して書いています。バーントはレアを読んでいるとより楽しめるし、オーヴァーダンを読んだ後のア・ポワンは格別。前のを読んでいれば思わずにやりとするような趣向が凝らされていたりします。
 いつもそうですが、良くできた短編集ほど得な気分になるものはないですね。

8月5日

 書感です。

「最終兵器彼女 1〜2」
 高橋しん/小学館
 定価:505円
 初版:2000年7月1日
 ISBN4-09-185681-0

 SMAPの草薙剛主演でドラマ化されたこともある「いいひと」の原作者、高橋しんのラブストーリー「最終兵器彼女」
 正直いうと僕は「いいひと」が好きではなく、書店で見かけたこの作品にもまるで興味ありませんでした。
 ところが大学の先輩がこの作品を絶賛。かなり厳しい意見を言う人だったので信用して読んでみることにしたのです。
 元々「ラブストーリー」と銘打たれていたし、扉絵のキャラクターなども淡い感じでの描かれているので、トロくてドジな女の子が出てきて様々な失敗をするけどその一途さはが最終兵器、みたいなものを勝手に想像していましたが読んでみて予想とあまりに違うのでびっくり。
 舞台は北海道、札幌の近くの小さな街。無愛想なシュウジはのろまなちせに告白されてつきあいはじめるが、何しろペースが違いすぎてうまくいかない。いろいろな経緯で「つきあう」ということから始めてしまった二人だが、やがて心が通じ合う瞬間が訪れ、それが好きという感情に変わっていく……というのが第一話。これを連載で読み、続いて第二話も読むことができた人は幸運と言わざるを得ません。なぜなら「普通の」物語が展開するのはここまでなのです。
 もし、すでに読んでもいいと思っているならばここから先は本を読み終えてから見て下さい。予備知識なしに読んだ人の方が何倍も衝撃は大きいはずです。
 第二話で札幌へ買い物に出ていたシュウジが目撃するのは、爆撃機の編隊。日本はそのとき、戦争に突入したのです。破壊される札幌の街に死んでいく人々、迎撃に出た自衛隊機はあっさりと全滅。しかし、遅れて飛来した謎の飛行物体が一瞬にして爆撃機を撃墜してしまいます。何かを感じたシュウジがその影を追ってみると、そこにいたのはちせ。
「あたし、最終兵器になっちゃったんだけど……」
 ここから、話は衝撃の展開に突入します。
 平和な日常のようで「非常時」の日本。情報統制が行われ、テレビも新聞もない生活。自分たちの未来もわからず、それでも日々を過ごすシュウジたち。ちせは自衛隊からの呼び出しに応じて戦場に向かい、そこで多くの人の生死に関わり、精神のバランスを崩していく。それでも「好き」という感情だけが二人を結びつけ、設定とアンバランスなほど切ない心理描写が繰り広げられます。
 この二人だけではなく、人類やこの星自体に破滅の匂いが漂うこの作品ですが、その中心にいるのは間違いなくちせ。
 ちせの存在がどういうものなのかはシュウジもちせ本人も読者もほとんどわかりません。ちせは最終兵器で経験を積むほどに強くなり、凄まじい破壊力を発揮するということだけです。
 もしかしたら人類を滅ぼすのはちせかも知れない、という恐怖を本人も感じています。
 第一巻のあとがきで、この話は最後まで考えてあって短く終わらせるつもりだ、と言うこと。おそらくは5巻くらいで完結するのだろうとは思いますが、この話をどう導いていくのか楽しみにしながらも、二人には幸せがやってくるのかどうか不安になってしまいます。

8月6日

 書感です。

「ヒカルの碁 8巻」

 原作:ほったゆみ
 漫画:小畑健
 監修:梅澤由香里四段
 定価:390円
 初版:2000年8月9日
 ISBN4-08-872894

 院生となり、プロ試験を目指して腕を上げてきたヒカル。
 8巻ではついにプロ試験の本番が始まります。物語の冒頭で千年前の囲碁名人、藤原佐為に取り憑かれたヒカルはその指導によって成長してきたわけですが、初期の頃は佐為が様々な相手と碁を打っています。それがヒカルの実力だと勘違いされ、多くの人間が彼を注目しているのですが、現在の彼はまだプロ試験に緊張して打ち損じたりする程度の実力でしかありません。一方、ライバルの塔矢アキラはプロ試験に合格してから八戦全勝。すでに将来の名人という呼び声も高く、ヒカルとの格差は開く一方のようにも見えます。
 それでも囲碁を始めてたった一年でプロ試験という舞台に立っているのは驚異的。
 背後霊にとりつかれて名人を目指すようになるという設定はいかにもジャンプ的という気がしますが、それを派手に描かずあくまで地道な成長をさせるための一要素として使っているところがこの作品の成功の理由でしょうか。天性の才能があったとは言え、なかなか子供が碁に興味を示したりはしないでしょうし、ましてプロをという目標を持つことはまずないと思われます。偶然に取り憑いた佐為という存在が囲碁会の様々な人間を引き寄せ、それに触発されたヒカルが徐々に自分の才能を発揮していくというストーリー展開は緻密で、見事です。
 凄みのある人間や天才少年などを連発してしまえばその場その場で盛り上がってもやがてインフレ状態になってしまうことは間違いありません。対称的なのは「月下の棋士」で向こうは癖のある人物しか出てこないし、将棋はまさに命をかけた勝負として描かれています。言ってしまえば「月下の棋士」は将棋界を舞台にした勝負師もので、「ヒカルの碁」は囲碁というスポーツをテーマにした正当派少年漫画というところでしょう。
 普通に囲碁を楽しむ学生、碁会所で打つ大人たち、プロを目指す院生、プロで活躍する一線級の棋士たち。それぞれの世界をきっちり書き分け、棋士たちの通っていく過程とその日常を描写していくというところがまた面白く、これを読んで囲碁を始める小中学生はたくさんいるでしょうね。
「ヒカルの碁」を語るうえで描かせないのが作画担当の小畑健です。派手さはあまりないもののシンプルできれいな作画をする彼は「日常」というものを描く能力に長けています。一見簡単な日常描写こそ誰もが目にするものだけに実は難しいというのが持論。美少年ばかりでなく、年輩のプロ棋士や碁会所の大人たちまで、キャラクターの書き分けも細かく、好感が持てます。ジャンプよりどちらかと言えばサンデーに連載されている作品のような印象を持った「ヒカルの碁」は先の破綻の心配をせず、安心して読める良質作品ですね。

8月7日

 書感です。

「頭文字D 19巻」
 しげの秀一/講談社
 定価:505円
 初版:2000年8月4日
 ISBN4-06-336887-4

 関東最速の走り屋チームを作るという高橋涼介の夢を実現させるために結成されたプロジェクトD。各地で記録を塗り替え、HPで公表することによって新たな挑戦者を募る彼らの標的は「東堂塾」
 かつての藤原拓海のライバル、須藤京一も所属してたこの走り屋集団はプロの技術をたたき込むマニアックなチームで、その実力は他を凌駕するという噂。地元ではプロジェクトDがこてんぱんに負けるとまで言われる中、高橋兄弟と藤原拓海は乗り込んで行く。
 さて、各地を転戦するプロジェクトDを中心にした第二部ですが、レース前の人間関係や車に関するこだわりなどが秀逸だった第一部に比べると車一辺倒で漫画としての面白さはイマイチ減少しています。
 また、最初から高い実力を持ちながら、レースを重ねるごとに驚異的な成長を見せ、天才ぶりを発揮する藤原拓海もいいかげん技術が完成されてしまった感があり、車もほぼ最高のチューンが施されているためにそういう部分での面白さはあまりないです。
 チームリーダー、高橋涼介の立てた作戦に基づき、その思惑通りに事が運ぶという様は見ていて腹立ちすら憶えます。作者が高橋涼介を天才的頭脳の持ち主として描こうとしているのはわかるのですが、思惑と違う事が起きて臨機応変に対処したりという展開も見せて欲しいところ。
 レース展開としてはあまり不満がないのですが、それ以外の部分にも様々な魅力があった作品だけにそういう部分が見られなくなったのが残念です。最も、この巻で高橋涼介の天才ぶりを見せつけるのはこの後の展開に対する布石なのかも知れませんが、レベルの高い相手を出しすぎてそれを越えるために凄腕ドライバーのインフレを起こすのだけはやめて欲しいですね。
 この巻でポイントとなるのは藤原拓海の相手、二宮大輝。
 限界までチューンナップされたホンダのシビックEK-9を駆り、限界ギリギリのブレーキングでタイムを伸ばすその実力はこれまで出てきたキャラの中でもトップクラス。キャラクターのデザインも一見平凡なようでありながらどこか凄みがあり、絵で表現することの難しい実力者独特の雰囲気を醸し出していました。
 この19巻、つまらないというわけではないんですがこれまでの頭文字Dを考えると少し物足りないです。20巻で面白くなるといいのですが。

8月8日

 書感です。

「ストーンオーシャン 2巻
 (ジョジョの奇妙な冒険 65巻)」
 荒木飛呂彦/集英社
 定価390円
 初版4-08-872899-8

 無実の罪で15年の刑を科せられた徐倫は、父親にもらったペンダントで指を傷つけたことにより、不思議な能力を身に付ける。しかし、その能力……スタンドを身に付けたのは徐倫だけではなかった。生き物を小さくするという能力、グェスの「グーグー・ドールズ」を自らの「ストーン・フリー」で撃破した徐倫の元に面会人が……。
 刑務所という閉鎖空間ながら、徐倫の服役するグリーン・ドルフィン・ストリート刑務所は広大な敷地を持ち、徐倫にとっては未知の空間の多い意見な場所です。水族館という異名の通り、様々な囚人がそこにひしめいています。その「石の海」から自由になるという意味を込めて徐倫が名付けたのが「ストーン・フリー」
 自由になりたいという願望、母親を恋しく思う気持ち、自分と母親を捨てた父に対する怒り、失恋の悲しみ。そういった感情の豊かさは歴代ジョジョでも一番ですが、そういう繊細な面を持っているからこそ深い慈悲を発揮してりもします。強さと優しさを兼ね備えた新しいジョジョの活躍はまだ始まったばかりです。
 さて、この徐倫は第三部の主人公、空条丞太郎の娘です。
 およそ生活感のない彼が結婚して娘までいるというのは大変な驚きですが、父親になってもそのクールさは全く変わっていません。彼の態度は冷たいともとられがちですが、人を守るためにどこまでも冷静に判断を下し、理不尽な事には誰よりも怒るという性格はやはりジョースター家につらなる人間。
 思春期の徐倫にとってクールな父親を理解することはまだまだできないものの、反発しながらも絆を感じ始めているようではあります。
 ジョジョの奇妙な冒険はジョースターという一族を追い続けた大作で、現在なんと65巻。現在第六部で主人公も六人目となりますが同じラインに沿った物語でここまで長いものはなかなかないです。自らの作品の中に歴史と伝統を作りこんでしまうというのは長編描きにとって夢でしょうね。

8月9日

 書感です。

「黄金色の祈り」
 西澤保彦/文藝春秋
 定価:1810円
 初版:1999年3月10日
 ISBN4-16-318400-7

 西澤保彦と言えばミステリ作家として有名ですが、この本を一言でミステリと片づけてしまうことはできません。
 こういう本を読んだとき、ジャンルというのはあくまで便宜的なものに過ぎないのだなと思います。
 北村薫の小説はミステリ指向の人間も文学指向の人間も楽しむ事ができるものが多いですが、この「黄金色の祈り」も同様で読んだ後に深い余韻を残しました。
 主人公は中学時代に吹奏楽部に所属していたが、ある日テューバからトランペットへのコンバートを命じられる。
 それまで脇役だった彼はそこから主役に踊り出た、と大喜びするのだが、結局それも人生の浮き沈みの中にある小さな奈美の一つに過ぎない。そこをスタート地点として、主人公の二十数年に渡る人生を書き連ねたのがこの作品。これほどまでの時間をかけて人生の謎に挑んだ作品は少ないでしょう。
 西澤保彦の書く「僕」ははっきり言ってイヤな奴です。
 それは露骨に意地悪をしたり人に嫌なことを言ったりする嫌さではありません。普通、人間の内心を覗くことはできないけれども主人公の一人称で書かれたこの作品では物事に対する主人公の姿勢というものがストレートに描写され、そのエゴイズムは読者の気分を重くさせることは間違いありません。主人公は誰にも少なからずあるマイナス面を残さず持っているため文中で一度は自分との共通点を見つけてどきっとするでしょう。
 考えてみれば、人は誰でも謎を持っているものですね。主人公が中学時代に関わった人間みながそれぞれに劇中の事件をきっかけとして変わったり人生を切り開いたりしていきます。
 主人公もまた、様々な転機を迎えて変わろうともがき、しかしそこから逃げてしまったり失敗したりというような事の繰り返し。三つ子の魂百までと言いますが、人生を左右するようなマイナス点がいつまで経ってもそのままというのはけっこう怖いです。
 中学時代の事件はきっかけでも原因でもなく、象徴的な一つお出来事に過ぎないですが、主人公がそこに自分の全てを見てしまうのはやり直したいという気持ちが強いからなのでしょう。何十年も経ってから後悔ばかり残らないように生きていきたいものです。
 最も、人生最後までわかりません。結局何を手に入れ、それをどう思うかは人それぞれなのですから。

8月10日

 書感です。

「りんごの涙」
 俵万智/文藝春秋
 定価:1200円
 初版:1989年11月15日
 ISBN4-16-343820-3

 歌人、俵万智のエッセイ集です。
 この人はエッセイというか短文を連載以外でもあちこちで掲載しています。
 この本は定期的な連載を集めたものもありますが、本当にあちこちから引っ張ってきたという感じで、文章の長さもテーマも全然違うんです。こういうランダムなものを読むときこそ、作者の顔が見えるという気がします。
 あいかわらずこの人の使う日本語は、優しいです。俵万智の短歌がみなそうであるように、エッセイも話し言葉というものを大切にして書かれたという印象があります。
 書き言葉の利点は何度も見直してきれいな文章にしたりわかりやすいように直したりといったところにありますが、論理性や整合性が優先されて失われていくものもあるわけです。
 話し言葉はよくよく考えてみるといろいろとおかしなところがあるはずなのですが、普段の会話で理解に困ることはありませんよね。俵万智はその話し言葉に含まれる言霊のようなものを劣化させずに文章にしてしまう名人だと僕は思っています。
 タイトルの「りんごの涙」は収録されたタイトルの一つ。
 センチメンタルな印象を受けるこの言葉ですが、作者が実際に出会った人から聞いた言葉だそうです。
 我々は皆、日本語を使って生活しています。だから日常には山のような言葉を紡いでいるし、耳にもしているわけです。
 心に残る言葉というのは、向こうから来るのではなくきっと見つけるものなのでしょう。言葉を気にして生きている人は敏感になるし、同じように言葉を大切にする人と巡り会えるのではないでしょうか。
 短歌を作るという行為は一見、浮世離れしたようにも感じますが少なくとも俵万智にとっては日常の「言葉探し」の延長なんですね。インスピレーションよりも何よりも、普段から言葉を愛している人は言葉にも愛されるのだと思います。
 人は年齢によっていろいろな言葉を持っているけれど、俵万智は未だに少女の言葉を持っていて、20代の言葉も30代の言葉も持っています。これから10年、20年と過ぎたら40代の、50代の言葉をそこに加えていけるのでしょう。
 今持っている自分の言葉を過去に置いて来ないように、そのときそのときの言葉を大切にして生きたいものです。

8月11日

 書感です。

「からくりサーカス 13巻、14巻」
 藤田和日朗/小学館
 定価:390円
 初版:2000年7月15日
 ISBN4-09-125638-X

 藤田和日朗の代表作「うしおととら」は小学館漫画大賞受賞作品で、練りこまれたストーリーに迫力のある作画、何より魅力的なキャラクター群と様々な要素が揃った力強いものでした。
 それだけに続く作品となったこの「からくりサーカス」は難しいと言えるでしょう。最初はどうしてもぱっとしないという印象がありましたが惰性で単行本を買っていて、「うしおととら」との相違点ばかりが目についたものですが、作者もいろいろ工夫を重ねているのか段々と面白くなり、14巻まで来た現在は非常にテンションの高い作品になっています。
 殺戮自動人形の集団「真夜中のサーカス」の目的は自分たちの主人を笑わせること。そのために人に近づこう人間の生き血をすすり「ゾナハ病」という不治の病をまき散らして旅を続けます。主人公、マサルを守って瀕死の重傷を負ったもう一人の主役、ナルミは人形たちの血液の源となる「命の水」によって一命をとりとめるものの、人形たちを狩る「しろがね」となって世界を巡る運命に。一方、マサルはサーカスの一員として巡業の旅をしながら成長を続けていきます。
 この物語のキーワードは「笑顔」
 ナルミは元々ゾナハ病の患者で、人を笑わせないと呼吸困難に陥ってしまいます。そのためにピエロなどをして暮らしていたのですが、ただおもしろおかしく笑わせるのではなく他人の幸福を手助けすることで笑顔を得るということを学ぶのです。
 一方マサルは、何があっても笑顔を忘れない人間を目指して特訓中です。弱虫でいじめられっ子だった彼ですが、ナルミの力によって徐々に秘められた力強さを発揮。子供だからと言って決してあきらめず何にでも立ち向かって行きます。
 お互いに大きな存在だったナルミとマサルですが、今は全く別な物語の主人公として活躍中です。ナルミは記憶を失い、物理的にも精神的にも離れてしまった二人なのですが物語は二人の再会を予感させる方向へ向かっています。
 14巻ではマサルとナルミ、二人の側にいる人物にスポットが当たります。マサルを守るために日本へやってきたしろがね(キャラ名)は連載開始当初、人形のように無表情でマサルのためには他の犠牲もいとわない人間でした。
 しかし、それがマサルの心を傷つけると知り、笑うと言うことを意識するようになりました。ナルミとマサル、二人の笑顔を見てきたしろがねはやがて自らも笑顔になれるということを
知るのです。
 もう一人はギイ・クリストフ・レッシュ。「しろがね」としてナルミと共に人形を追う彼はオリンピアという人形を狩り、自動人形を倒す凄腕ですが、あまりに長い間人形を追い続け、人間的感情をなくしてしまっています。常に冷静沈着な彼ですが、それはあくまで「しろがね」としての誇りを持っているからだということが14巻から伺い知れます。ときおり覗かせる人間的感情がなかなか魅力的です。ナルミと出会った事で、本来持っている性質が刺激されたのでしょうか。
 さて、そのナルミは度重なる戦いの中で笑顔を失いかけています。「しろがね」はただ自動人形を狩るために生きる存在。
 誰よりも怒り、誰よりも笑い、誰よりも悲しむことで強さを発揮する彼とは正反対のものです。彼がこれからどうなっていくかが気になるところ。

8月11日

 五人というのはキャラクターに幅を持たせつつそれぞれの個性を強く打ち出すのに丁度良いらしいです。昔からある戦隊ヒーロー物も一部を除いて五人、五色のヒーローが活躍しますよね。熱血漢のリーダー、冷静なサブリーダー、未熟者、ギャグメーカー、紅一点などの組み合わせです。最近は男性二人、女性三人などの組み合わせも多かったですがほとんどは男性四人、女性一人ですよね。
 このパターンが長く続いてくるとそれを打破したくなるようでレッド=リーダーという図式ではない作品もあります。
 リーダーは他にいるものの、物語のここぞというときに活躍するのはレッドという感じですね。サッカーで言えばキャプテンが一番活躍するとは限らず目立つのはフォワード、と言ったところでしょうか。
 特撮ヒーローと言えば主に戦隊ヒーロー、仮面ライダー、ウルトラマンなどのシリーズです。他にも宇宙刑事ギャバンなどのメタルヒーローと言われたシリーズがあります。
 最初のは五色五人のヒーローがチームを組んで活躍するもの、仮面ライダーは悪の組織に改造されたものの怪人にはならず脱走して戦うというもので孤独なヒーローというイメージが強いです。ウルトラマンは巨大怪獣と戦う組織に属している主人公が宇宙人から力をもらったり本人が宇宙人だったりしてその力を発揮して自分も光の巨人ウルトラマンになり戦うというものです。宇宙刑事シリーズは地球に逃げ込んだ犯罪組織撲滅のために宇宙からやってきたヒーローというパターンでした。
 主にチームで戦うヒーローは友情にスポットが当たり、仲間割れしたり友情を深めたりといった話が中心に来ます。仮面ライダーはその正体を知るものすらいなかったりするため非常に孤独ですが、一回ごとに関わっていく人との心のふれあいが描かれる事が多いです。宇宙刑事も孤独と言えば孤独なのですが大きな組織のバックアップを受けているので単身赴任みたいなものでしょうか。ウルトラマンの場合、人間のときは組織の一員として平凡に働いている人間がほとんどです。これは変身していなくなっても気づかれないからという理由があるからかも知れません。
 ウルトラマンはティガ、ダイナ、ガイアという新しいシリーズが放映されていましたが、これは宇宙人ではなく地球の力をもらって戦うというもの。ティガの主人公は非常によく悩む青年で基本的に優しいため、ただ暴れているという理由で怪獣を倒すことにもためらいがあり、その葛藤をV6の長野博が好演していました。ガイアは主人公が天才少年でチームの頭脳となっていたのが非常に珍しいです。特撮番組にはよく万能の博士が出て来ますが、主人公がそれを兼ねているのです。
 これはヒーローが体育会系ではなくなってきたという事なのでしょうか。または一般に戦う男というもののイメージが変わってきたからかも知れません。野球もサッカーも有名選手には知的な印象を与える人が多いですよね。
 一番の変わり種は最近の仮面ライダークウガでしょう。
 主人公、五代雄介は自称冒険家。何にでもポジティブに挑戦する人間なのですが、とにかく悩んだり落ち込んだりしないのです。かと言って何も考えないバカなのではなく、それまでの人生の過程でそういったものを全て乗り越えてしまったような不思議な人間なんですね。
 特撮ものといえばパターンを繰り返すものの王道というイメージがありますが、こんな風にいろいろと変遷があるわけです。時代劇などにも新しい風が吹かないものでしょうか。


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