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8月17日

 今日、家に荷物が届いたと思ったらサントリーのカラダバランス飲料「DAKARA」の24本セットでした。一ヶ月くらい前に学校の生協の自動販売機にアンケート用紙がついていたのでそれを書いて大学生協で応募したんですが、それが当たったらしいです。
 僕はけっこうマメにそういうの応募します。映画の試写会なんかでも大規模ものは何百名と募集するのでけっこうな確率で当たったりします。あとはバッジやストラップなんかが競争率低いです。雑誌でもあまり人気のなさそうなものを狙うと競争率が一倍を割ったりするらしいです。最も、欲しくないものをもらっても意味がないのでそれなりのものしか応募はしませんが。
 ちなみにiMac、VAIO、PS2は山のように応募していますがまだ当たってません。あれって倍率1000倍とか行ってそうな気がします。もっとかな?
 まあ、出さなければ当たらないのでそれでも出すのですが、最近はネットの懸賞に応募する事が多いです。切手もハガキもいらないのでお手軽です。しかしお手軽と言うのはそれだけ競争率も高いと言うことですね。
 だから結局あちこちで同じプレゼントを狙ったりします。
 いろいろ出しているので正直言って、どこに何を出したのか憶えていません。だからもし当たっても「えっ?」って感じかも知れませんね。当選発表って2ヶ月後とかがほとんどです。
 忘れた頃に欲しい物が届いたら嬉しいでしょうからそれはそれでいいのですが。
 懸賞ではないですが、パソコンショップなどでもよくいろいろな抽選会ってやってます。パソコンの周辺機器やメモリ、時にはパソコン本体が当たったり安値で購入できるものなどがありますね。ゴールデンウィークにけっこういいものが出ていたので何度か足を運びました。行ってみると商品一つに応募書は20人〜30人くらい。やはりその場にいないと当たらないという形式だとそんなには集まらないらしいです。それでも全部外れてしまったのですが、目の前で別な人が欲しかったものを持っていくと悔しさ倍増ですね。
 さて、同じ店から今度はPS2が5人に当たるという抽選会のハガキが来たので先月末に行ってきました。5台当たるにしても人間が5倍になるわけではないだろう、という予測の元に張り切って行ったのですが、ふたを開けてみれば5倍どころか新宿の通りを埋め尽くすほどの大人数。見た瞬間にほとんどあきらめてました(笑)
 3時30分までに抽選券を出して4時から抽選ということになっていましたが、いざ抽選が始まっても当選者がいなかったりします。その時は再選となるのですが、これがまたドキドキするんですよね。結果的に5台とも僕には来ませんでしたが、ただでさえ暑い夏に余計な汗をかいた日でした。
 懸賞は今でも出し続けています。もちろん簡単に出せるものだけですからね。忘れた頃に何か当たったらここでも報告するつもりです。

8月18日

 映画を見てきました。

「京極夏彦 怪 〜7人みさき〜」
 原作:京極夏彦
 主演:田辺誠一

 京極夏彦原作の時代劇「怪」の劇場公開版です。
 旅を続ける御行の又一(田辺誠一)が立ち寄った城下町で、若い女性が次々と惨殺される。人々はそれを「七人みさき」というたたりだと恐れるのだが、その噂に疑問を持った物書き(佐野史郎)や人形使い(遠山景織子)はそれに疑問を持ち、調査を始める……。
 自然現象や人の情念など形を持たないものを具体的に説明するため「妖怪」が生まれたというのが京極作品に共通する思想ですが、昭和を舞台にする京極堂シリーズと違い、こちらは江戸時代。妖怪や祟りに対する人々の恐れは大きく、又一たちの「妖怪退治」もまた大きな力として扱われるわけです。当時の人々には本当に怪異でも現代人の視聴者だからこそ理解できる解決がこの作品のポイント。それをどう映像かするかが一番の注目点だったのですが、映画と言っても、WOWOWで放送されていたものの劇場版なのでクオリティがあまり高くないのが残念でした。全体的にいろいろと安っぽさが漂い、衣装などの高尚にも少し疑問があります。
 普通の時代劇という固定観念を打破したかったのかも知れませんがあまりはまりこむことができませんでした。
 シナリオの展開も遅く、得に台詞の多い京極夏彦の原作をうまくアレンジできなかったようで長台詞が続く場面なども多くて退屈。終盤の解決も又一がどんな仕掛けを使ったのかまったくわからないまま訳の分からない映像の連続で終わってしまいました。
 そんな内容ではありましたが、田辺誠一や佐野史郎などの役者陣の好演によってなんとか救われたといったところです。
 御行の又一は「嗤う伊右衛門」などにも出てくる京極江戸時代の案内人といった人物ですが、原作を読んでいる限り見にくい外見というイメージ。それを二枚目の田辺誠一が演じるというのは違和感があったのですが、事件解決のために仕掛けを始めるとき被っていた頭巾を脱ぐといよいよという感じで映像的には映えていました。
 又一の一人称「やつがれ」を始めとする独特の口調も最初は不自然な印象だったものの、ドスの効いた口調で話し始めるとなかなかの迫力。京極台詞を役者が喋るというだけでも楽しめます。
 全体としての出来はまったく良くない作品でしたが、京極夏彦ファンが作品を別な視点から楽しむという意味ではまあまあです。時間とお金のある方は行ってみてもよいのではないでしょうか。

8月19日

 続けて映画の話。

「M:I-2」
 監督:ジョン・ウー
 主演:トム・クルーズ

 言わずと知れたトム・クルーズ主演作品です。
 蛇足ながら解説しておくと「Mission Impossible 2」の略ですね、題名は。不可能とも言える任務に挑む最高峰のスパイ組織「Impossible Mission Force」通称IMFに所属する若き工作員、イーサン・ハントが殺人ウィルスをばらまきそれを治療するための特効薬で一儲けしようとする製薬会社と対決するアクションストーリーです。
 見た感想を言えばこれぞアクション映画、という感じです。
 映画の楽しみというのはいろいろありますよね。演技を楽しむ、演出を楽しむ、映像を楽しむ、ストーリーを楽しむ。もちろん全部あれば言うことなしですが、この映画はやはり圧倒的に映像がすごいです。まず映像があり、それを楽しませるためにストーリーは存在します。細々と言えば疑問点はたくさんあるし、おいおいって思うほどイーサン・ハントの活躍は激しいですがそれでも2時間を全く飽きることなく楽しめます。
 さて、この映画は元々ドラマ「スパイ大作戦」のリメイク。
 原作は様々なスパイ小道具やゴムのマスクを被った変装などで有名ですが、特にこの変装を特撮技術でやってしまうのが圧巻でした。皮膚を掴んで剥がすと全く別な人物というのはルパン三世のようなアニメでも良く見ますが、トム・クルーズの顔の下から悪役が出てきたりするとわかっていても驚きです。
 この映画の魅力の多くはやはり主演のトム・クルーズによるものでしょう。僕はこれまでハリウッドで一番かっこいいのはブラッド・ピットだと思っていましたが、この映画を見て大逆転。野性味溢れるピットに対して、トム・クルーズは笑顔がいかにも優男で、やわな感じがしますよね。作品中で「アホ面」とまで言われたこの甘い笑顔ですが、ひとたび真剣になったときの表情がなかなかです。特に、必死になったときの顔は女性を惹きつけること間違いないでしょう。それだけの表情を引き出すのはもちろんヒロインなのですが(笑)
 ヒロインの女泥棒ナイア・ホール役のサンディ・ニューマンは前にインタビュー・ウィズ・ヴァンパイアでトム・クルーズと共演しています。アクション映画のヒロインと言うとボンドガールが思い浮かぶのですが、このナイアというキャラはなかなか個性的。芯が強く、自分なりの戦い方ができる人間でありながら角度によっては少女のようにかわいらしく見えるところが良いです。
 アクロバットやバイクチェイス、スピード感あふれる格闘などを全編に盛り込み、観客を退屈させない映画に仕上がっています。爽快感を味わいたいならば最高です。アクション映画好きの人にはお勧めの一作でした。

8月20日

 書感です。

「魔女の森」
 作:C・W・ニコル
 役:今井宏明
 講談社
 定価:900円
 初版:1995年9月15日

 冒険家、C・W・ニコルの文章はいつも優しく、本人が日本びいきということもあって親しみやすい人です。この作品は本人の青春時代を半自伝的に小説として書いたものらしいですが、全体に漂う暗いムードと知的な人間でありながら暴力的な衝動を抑えきれずにいる主人公に驚かされました。
 自然を愛し、あちこちへ冒険を繰り返しているニコル氏には大自然の持つ厳しさと優しさのようなものを併せ持った人間というイメージがあります。フィクションと銘打たれているとは言えこの主人公、マイケルは作者の投影と感じられる部分が多くあります。
 北極で事故に遭い、頭を打って記憶喪失になったマイケルはイヌイットに助けられ、共に暮らすもののやがてイギリスに戻るのですが、友人だった人間の事は皆忘れてしまい、性格も変わったと言われてしまいます。
 イギリスでの暮らしに常に違和感を覚え、北極に帰りたいという彼は家族からも悲しみを含んだ目で見られ、大学の授業もつまらなく感じてしまうのです。
 そんな環境の中、彼は狩りに行った先で「魔女」と呼ばれる女性、ローダと出会います。マイケルを助けたイヌイットの老人と同様のものをローダに見いだしたマイケルはやがて一人の男性としてローダに執着するようになり、ローダもマイケルの心の奥深くをのぞき見るに従ってマイケルを愛するようになります。人間は誰もが心の奥に、自分の知らないものを持っています。それを見てしまうのが「魔女」ローダ。マイケルはその力によって自分の奥に潜むものを戦います。そうして、彼が何を取り戻したのか、この解釈は読んだ人次第。
 これは、居場所を失ってしまった青年マイケルが自分の場所を求めて心の旅をするという物語。それは物理的な旅であり、登場する様々な人間との交流です。
 狩りをし、学んだレスリングを活かしてプロレス巡業に参加し、女性を愛し、鉱夫として働き……マイケルは実に多彩な青春を送ってきますが、その多くは苦しみに終わります。
 悲劇と言うのではなく、人が生きていくというのはこれほどまでにうまくいかないものなのだと、作者が語っているように思えるストーリーなのですが、それだけに現在のニコル氏と照らし合わせたとき、この結末が幸福なものであるように感じるのです。
 C・W・ニコルという作家を知っている人と知らない人ではこの小説に対する印象が大きく変わるかも知れません。もし作者をよく知らずにこの物語を読んだならば、他の著作も読んでみてほしいですね。

8月21日

 マクドナルドなどのファーストフード店ってきまり文句がありますよね?
「店内でお召し上がりですか?」
「ご一緒にポテトはいかがですか?」
 などです。後者の方は最近あまり聞きません。ほとんどセットで頼んでしまいますからね。500円でバリューセットを頼むよりハンバーガー2つとチーズバーガー1つ、そしてSサイズの飲み物を頼むときには「ご一緒に〜」を言われる事もあります。
 さて、こういうのって一日に何度も言うので頭の中では完全にパターン化しているのでしょうね。
 僕はよく「フィレオフィッシュのナゲットセットを持ち帰りで、飲み物はコーラ、ソースはマスタードでお願いします」というような頼み方をします。同じやりとりを毎週聞くのが面倒だからです。しかし、これを言っているのにも関わらず「店内で〜」と「ナゲットのソースは〜」は毎回聞かれています。
 おそらく新しい客がレジの前に立った時、頭が言うためのモードになっていて切り替わっていないんでしょうね。
「いらっしゃいませ、何になさいますか」を言い終わってはじめてお客の注文を聞く頭になるのだと思います。
 これはおそらく、コンビニのレジやファミリーレストランのフロアなどでも同じなのではないでしょうか?
 店員さんはお客と会話をしているわけではないですからね。
 これが居酒屋だと割と会話をしている気になる事が多いです。こちらの方が接客業という感じがしますね。おそらく酔っぱらって人間はルーチン的な対処で間に合わないからだと思います。ファーストフードに行くときなどは、店員さんだけでなくお客の方もビジネスライクになっていますよね。マクドナルドの店員さんと世間話をする人などはまずいないでしょう。
 言ってしまえば、マニュアル化、ルーチン化というのは人間の自動販売機化に等しいわけですが、わざわざ人間を使ってこれをやるというのはまだまだ人間の方が優秀で、安価な労働力であるという証ですね。
 受け答えと言えば僕は寝ているときに電話が鳴ってもかなりの早さで電話をとり、普通に受け答えをしています。これは特技と言っても差し支えないくらいで、相手に寝ていたと気づかれる事はまずありません。最も、これは頭で考えないで受け答えをしているので「寝てた?」と聞かれたら「今起きたところ」と答えます。電話を切ったらまず間違いなくまた寝てしまうので30分後にもう一度電話して「寝てた?」とでも聞けば寝ていたかどうかわかるでしょう。
 人間の行動は脳が支配しています。だからイメージトレーニングなんてものがあるわけですね。サッカーなどをやるときは頭でいろいろな事の基本がわかっていても、実際にその技を繰り出そうとするとうまくいきません。これは運動能力の問題ではなく、身体で身についていないからですね。筋肉を動かすために脳は多くの情報を処理するのですが、イメージの中ではそこまで想像できないのでギャップがあるわけです。
 話はもっとずれますが。例えば機械がうまく作動しないとき、つまりはボタンを押し間違えて違う動作をしていたり、止めたいのになかなか止まらなかったりするときってあります。
 これってある意味、人間的ではないでしょうか?
 機械は元々人間の作業を肩代わりするために作られたわけだから当然と言えるかも知れませんが、将来的に機械の失敗を笑う時代が来るのかも知れませんね。

8月22日

 久々に部屋を片づけました。
 僕は喘息持ちだったので埃が苦手なため、掃除機はいつもしっかりかけています。が、部屋の片方にある主に書籍などの山を反対側に移して掃除機をかけ、それを元に戻して掃除するというパターンなので、部屋の散らかり様はだんだんひどくなっていくわけです。
 特に書籍は増える一方なので、計画的に本棚に収めていかなければならないのですが、まとまった時間がないと難しいのでなかなかできません。
 結局、誰かが部屋に訪ねてくるまで何もしないというのが常になっています。
 日曜日に叔父が部屋に来ると言うことを前々日に聞かされたので急に部屋を片づけなければならなかたのですがタイミングが悪いことに本棚を整理しようと思って本棚の本を全部出してしまったところだったんです。単に早くきれいにするんだったら本棚を元に戻してしまえばいいのですが、これまで数日やっていたことが無駄になってしまうのでそれは避けたいと思い、本格的にやることに。
 結論から言えば、意外とあっさり終わりました。それまで何日かかけてもなかなか片づかなかったのは、本を整理しているとついつい読みふけってしまうからなんですね。
 前に本棚の整理をしたときはアーサー・C・クラークの宇宙の旅シリーズを前作通して読んでしまったりしました。もちろんですが12時間くらいかかります。もう片づけをしている時間なんてありません(笑)
 今回も友人に貸していた小野不由美の「十二国記」シリーズを戻そうとして思わず一冊目から読んでしまうところでした。
 特にこの「十二国記」は何度も読んでいて細かい部分まで憶えているのですが、主人公の心理状態や世界観にどっぷりつかることができる名作なのではまり始めると一気に読んでしまいます。ちなみに新潮文庫から出ています。かなりお薦め。
 話がそれましたが、本棚を整理するにはいろんな方法がありますよね。作者別に並べるのがベストなんでしょうが、どうせ自分の本棚なので何がどこにあるかはわかるので、僕はたいてい見た目がきれいになるよう文庫別に並べています。当たり前ですが繰り返し読んだり人に貸したりするものは前、あまり読まない物は後ろにまわしています。あとはジャンル分けでSFやミステリといった分類にしていますね。
 これが繰り返し出し入れするうちに段々と崩れてくのでまた整理が必要になります。僕に本を買うペースは実はそれほどでもないのですが、実は再読したり貸したりちょっとした事を調べたりすることが多いので本棚の出し入れは頻繁ですね。
 本当はレールがついて左右に動かせるような本棚が欲しいのですが高いので夢です。
 自分が家を建てる事があったら絶対に図書室は作ろうと思っています(笑)

8月23日

 書感です。

「黒鍬 〜ブラディ・ドール5〜」
 北方謙三/角川書店
 定価:500円
 初版:平成3年3月25日
 ISBN4-04-161210-1

 ハードボイルド小説、ブラディドールの第5巻です。
 舞台となるN市は今や第1巻「さらば、荒野」の主人公、川中良一の街と言っても過言ではありません。街のあらゆるところで起こる事件が彼の耳に入り、時には首を突っ込み、時にはそれを傍観します。バー、ブラディ・ドールを始めとするいくつもの店のオーナーを勤め、川中エンタープライズを大きく成長させた彼はこれ以上、何も望むものはないのです。裏の世界に関わりながらも染まらず、かと言って表の世界で生きて行くには知りすぎた男、川中。そんな彼に魅力を感じ、様々な人間が集まってきます。
 5巻の主人公、叶は殺しを請け負ってN市にやって来るのですがふらりと立ち寄ったブラディ・ドールでかつて有名だったピアニスト、沢村の演奏を耳にし、バーテンに頼んでソルティドッグを届けさせます。たったそれだけの事で二人の間に生じた人間関係がブラディ・ドールの面々を動かし、やがてそこに叶を取り込んでいくことになるのです。
 ここに出てくる人間は孤独を抱えている事が多いです。
 孤独な者が何人集まってもやはり孤独な事には変わりない。
 彼らは仲間や友人というのとはまた別な絆を持って川中のブラディ・ドールに集まっています。
 川中、支配人の藤木、バーテンの坂井、弁護士の宇野、ホテルを経営する秋山。皆、まっとうに生きることができたはずの人間ばかりですが過去に何かを抱えてしまったたまに道を外れています。叶もそんな彼らに同じ匂いを感じ、だからこそ近づきたくないという思いを抱きながらいつの間にかその中心に来てしまうのです。ブラディ・ドールの主人公たちは皆そう。
 わずかな時間のやりとり、好みの酒、車の乗り方。そんなところにお互いの生き方を発見し、それを認めることから交流が始まるのです。
 ベタとも言えるほど気障な会話のやりとりが時には笑いを誘うころもありますが、それは作中の人物たちも十分にわかってやっていること。それを真面目にできてしまうところに、人生の厚みがあるのです。
 この小説はとにかく気障。台詞も独白も行動も、これでもかと言わんばかりに格好つけたものばかりです。笑えると思いながらも、どこかであこがれてしまう。現実離れした格好良さだからこそ感じる魅力というものがあります。
 どこまでも読ませてくれるようです、このブラディ・ドールシリーズは。

8月24日

 インターネット上でのトラブルっていろいろありますが、最近知人が引っかかったのでその話題。
 これはけっこう有名な話ですが、アダルトサイトなどには「この先を見るには専用のソフトが必要です」などの記述があって、それをダウンロードして実行するとその先まで行けるようになるそうです。確かに接続はできるそうなのですが、実はその先はインターネットではなく国際電話でつながる海外の独立サーバになっており、後で多額の電話料金が請求されてくるわけです。
 国際電話の請求は日本の国際電話会社から来るわけですが、その通話料の何割かは回線使用料として海外の電話会社に支払われます。得に経済格差の大きい国ではこれが大きな収入となるわけです。だから現地の会社がサーバを構築した人間と契約を結び、回線使用料の何割かをマージンとして支払っています。日本でもダイヤルQ2を利用した同種のトラブルが多くありましたが、トラブルが相次いだために現在では難しくなっているため、海外への電話というパターンに変わっているそうです。最近はこの手口が有名になっているため、引っかかる人もないだろうと思っていたのですが、初心者だった知人は見事に引っかかったわけです。
 まあ、これでインターネットを怖いと思ってしまうと何もできません。基本的には怪しいところに近づかなければ何の問題もないわけです。何かのソフトをダウンロードし始めたら警戒するべきですし、ダウンロードされたソフトをむやみに動かしたりしてもいけません。Windowsでは拡張子がexeとなっているものが実行ファイルなので、例えば知らない人からのメールに添付されていた場合などもダブルクリックして起動させるとトラブルの元になります。
 この電話の他には、クレジットカードの番号を入れたりしなければ突然請求が来たりすることはないわけです。
 個人的にはネット通販などは便利だと思うし利用したいとも思うのですが、インターネットではこういうトラブルが起こるというイメージが定着してしまうと他のものに対するイメージも低下しますよね。
 こういうトラブルって自分とは無縁と思っていましたが、身近なところで起こったのを見てまだまだたくさんあるんだろうなと思いました。
 初心者、得に男性の方(笑)はご注意を!

8月25日

 書感です。

「無間人形 〜新宿鮫IV〜」
 大沢在昌/光文社ノベルズ
 定価:840円
 初版:1994年7月31日
 ISBN4-334-07098-1

「新宿鮫」と呼ばれる刑事がいる。
 本当に強い者はやたらと吠えたりはしない。
 ただじっと隙をうかがい、獲物の最も弱い部分に牙を立て、食らいついたら絶対に離れない。
 主人公、鮫島はまさにそういう男です。
 今回の事件は覚醒剤がらみ。アイスキャンディという軽い麻薬が安価で若者の間に出回り、それを知った鮫島は何者かがそこから巨額の商売をしようとしていることに気づきます。
 鮫島が最も憎むのは、覚醒剤、麻薬、シンナーなど常習性のある薬物を売りつける人間です。それは服用した人間を破滅に追いやるだけでなく精神に異常を来した常習者が無差別に犯罪を犯し、二次的な被害を広げるためです。
 裏で動いている組織をつかまえるためには多少なりとも犯罪の事実を見逃してしまうことも時には必要。しかし、一匹狼の鮫島はそれを良しとせず、末端を押さえつつ上も叩きたいと思っています。それが精神、肉体共に特別にタフなわけではない鮫島がヒーローである由縁です。
 麻薬取締局のなわばり争いなど犯罪と戦うだけでは済まないうえに署内でも応援もほとんど得られず、本当にたった一人の捜査を彼は続けて行きます。
 今作で恐ろしく書かれているのは、麻薬や覚醒剤を扱う暴力団組織。人間をいとも簡単に廃人にしてしまう薬を扱う理由はもちろん、金になるからです。あくまでビジネスとしてあらゆるテクニックを駆使する彼らの恐ろしさは暴力ではなくその知識と頭脳、そして組織の団結力にあるわけです。まずいとわかっていても従わざるを得ない状況に追い込まれたらもうそのまま着いていくしかなくなってしまいます。しかし、その売人たちもまた日常的に麻薬や覚醒剤と接しているため、中毒になりやすい存在です。作中でもだんだんと覚醒剤に溺れ、おかしくなっていく人間の描写がリアルでした。
 さて、今回はあとがきがついていたのですが、それがなかなか面白い。大沢在昌は最初から新宿鮫をリアルな刑事小説として発表しようとしていたわけではないようです。
「かっこいい刑事が恋人を助ける小説を書こう、恋人はロック歌手にしよう」という発想には苦笑しました。確かに新宿鮫の最初の作品は要約するとそうなってしまいます。
 作者も述べているように概要は「誰でも考えつく作品」しかしそれを緻密な取材と描写力によって非凡なものに仕立てあげた作者には脱帽です。

8月26日

 知人に貸したのをきっかけに、山下和美の「天才柳沢教授の生活」を読み返しています。Y大学経済学部の教授である柳沢良則教授は4人の娘のうち3人が結婚して家を出、末の娘と奥さんとの3人暮らし。老人と言える歳になりながらも未だに好奇心は衰えず、自分が疑問に思ったことや興味のある事は徹底的に追及しようとします。
 交通ルールなどの細かい規則も律儀に守り、道路は常に右側通行。行動する前にはかならず起こることを検討し、最も良いと思われる方法を模索しなければ気が済まない。
 かと言って頭の固いガチガチの人間ではなく、失敗や勘違いは素直に受け入れようとするキャパシティを持っています。
 固さと柔らかさの絶妙なバランスが柳沢教授という人物を魅力的なキャラクターに仕上げているのです。
 山下和美はこの主人公を、実の父親をモデルとして描いたそうです。柳沢教授を中心としてどんどん広がっていく人の輪を見ていると、作者もまた人間関係に恵まれた人なのではないかと思ってしまいます。
 若い人間が老人を描くのは難しいことです、しかしそれを逆手にとって「素敵なおじいさん」にしてしまうのが想像力と言うもの。普段は少女漫画を描いている作者としてはこれが異色の作品なのでしょうが、時にはコミカルに、時にはシリアスに、そして時にはロマンチックに話を進めていくストーリーテリングは女性漫画家独特のものと言えるかも知れません。
 教授という職業は大学に所属し、自信の研究を進めると共に教育者として学生を導く仕事です。しかしながらこの柳沢教授、作中では非常に学生からの評判が良くありません。授業やレポートに対する評価も厳しく、学生からすればうるさい先生の一人に過ぎないのでしょう。読んでいるときにはこんな教授がいたら絶対熱心に勉強すると何度も思ったものですが、見方を変えてみれば僕らも作中の学生たちのようにその先生の本当の良さを理解していないのではないかという気もしますね。
 何巻も重ねていくと、60年近い人生を生きている教授には様々な過去があり、それがエピソードして豊富に語られています。表題に「天才」とあるように、若いころこそ、その天才は目立ち、非人間的と言えるまでに感情が表に出なかった少年時代や、クールだった青年時代なども描かれているのですが歳と共に教授が魅力的になっていうのが何より面白いです。
 この作品は学問ということに限らず、様々な事に触れ、それについて考える事の楽しみを教えてくれます。
 そして楽しむことが人を成長させるならそんなに幸福な事はないですよね。派手さはないですが、じわっと面白く、何度でも読めてしまうこの作品、きっとこれからも時々は読み返すだろうと思っています。

8月27日

 テレビを見ているときって、CMは鬱陶しいものですが、たった15秒、30秒のCMでも楽しめるものってありますよね。父が広告関係の仕事をしているため、家には広告批評などの雑誌が昔からあるのですが、分析的にCMを批評する姿勢がなかなか面白いですね。そのせいか、実際にテレビCMなどを見てもいろいろと考えてしまいます。
 CMのポイントは

1.眼を引く
2.何の宣伝かわかる
3.印象を悪くしない

 でしょう。3番は1、2を満たしてもイメージが悪くなるのでは意味がないからで、「良い印象を与える」でないのは基本的に番組を中断するCMというのは印象が良くないものだからです。1、2を満たしているのに何の宣伝だったかは印象に残らないものもありますね。ヨーロッパの爽やかな風景などで好印象を与えていても終わってみると「あれ、何の宣伝だったっけ?」っていう。
 例外的にあえて2を無視したものもあります。インターネットと連動し、強い印象を残して最後にURLだけ残します。気になった視聴者がそこを見に行くと初めて実際のサービスや商品などの広告を出すというもの。最近東日本でやっているSMAP扮するガッチャマンのCMはかなり強烈なイメージでした。渋谷の街を舞台にデジタル合成を使ったガッチャマンが飛び回る様子はハリウッド製のバットマンを思わせます。余談ですが、日本の特撮技術はそういう点で十分にハリウッドのレベルにあるという事がよくわかりますね。しかし、映画に十分な予算を裂かないので一定クオリティのものが作れないわけです。それでも広告には莫大な予算をつぎ込んでいます。ちなみにSMAPのCMについてはNTT東日本のHP
http://www.ntt-east.co.jp/
 で見られます。
 SMAPと言えばドラゴンクエストVIIの宣伝にも出ていましたね。子供の身体にSMAPの顔がついていて、子供声でドラクエについて語るという内容でした。ドラクエくらいのメジャーなソフトでもそれだけ宣伝するというのは不思議な気もしますが、総予算を考えれば広告かける割合は他のソフトよりもむしろ低いかも知れません。
 車の宣伝なんかはたいてい似たりよったりですよね。何故かヨーロッパの街を爽やかに走るものが多いです。だから、どれがどの宣伝かってほとんど見分けがつきません。
 テレビ番組に本来CMなんていらないんでしょうが、15秒という限られた時間で作るCMというのはまた一つの表現方法であり技術ですよね。完全になくなってしまったら少し寂しいかも知れません。

8月28日

 新聞などでも話題になっていますが、26日に大作ロールプレイングゲーム、ドラゴンクエストVIIが発売されました。
 しばらくゲームはやっていなかったのですが、僕は8ヶ月前に予約していたので発売日に並ばず購入。本当は去年の12月末に発売だったはずなのですがどんどんずれ込んで結局8ヶ月以上も遅れたわけですね。
 これだけ心待ちにしたのですから、面白いゲームに仕上がっていて欲しいと願っていたかいもあって、かなり満足な仕上がりだと思います。まだ最後までクリアしていないのでなんとも言えませんが、仲間と一緒に冒険をしているという感覚においてドラクエは他の追随を許しません。
 ドラクエは全体的に地味なゲームです。ファイナルファンタジーのように息を呑むようなムービーもないし、演出もどちらかと言えば地味です。映画など、他の映像ジャンルに近づくことでゲームの枠を越えようとするファイナルファンタジー(以下FFと表記)に対し、ゲームという枠の中でより完成されたものを目指そうとするのがドラクエと言うところでしょうか。
 ドラゴンクエストの初回の作品は文字通り、世界を支配しようとする竜王を倒すまでのストーリー。今のゲームだったら序章くらいにしかならないボリュームでしたが、敵と戦っているという感覚が非常に強いゲームでした。ドラゴンクエストIIでは一人の冒険ではなく、仲間という要素が加わって戦略性が増したのとともに、冒険の楽しさというものが味わえるようになりました。IIIは現実の世界地図に近い世界を船で巡る物語で旅先の様々な文化を表現し、IVでは複数の主人公の章を遊んだ後に彼らが一同に会するというシチュエーションに感動しました。Vは主人公が子供から青年へ、そして親へとなっていく異色作で、発売当時は非常に違和感を覚えたものですが、最近プレイしてみたところ、年月というものが非常にうまく表現され、冒険という人生を味わうことができると気づきました。
 VIは今までで一番好きな作品で、夢の世界と現実の世界という二重の世界を行き来し、おとぎ話のような事件を主人公が解決していくというもの。
 振り返ってみると、概要にすると実に多彩です。画面はVIIまできた現在でもIで表現された伝統的なドラクエ世界を忠実に守っています。これは保守的とも言えますが、箱庭的な世界を表現するために絵柄を単純化し、その分、造りに凝っていると解釈しています。
 さて、今回のVIIはシリーズ初の3Dダンジョンです。
 最初は不安もあったのですが、やってみるとドラクエの世界は2Dのマップにおいても立体構造を大事に作ってきているのでこうなるのは必然という感じですね。CD読み込みによるストレスもなく、メニューなどにも職人的な使いやすさを感じます。
 クリアしてみるまで総評はなんとも言えませんが、今のところすばらしく満足な出来になっています。
 伝統という言葉は、この作品にこそふさわしいものです。

8月29日

 皆さんは睡眠時間ってどのくらいですか?
 ネット知人には睡眠時間が足りてない人、多いような気がします。深夜の方が電話料金が安いのと、夜11時から朝8じまでが定額になるテレホーダイのせいですね。
 僕は今月末からフレッツISDNのサービスで24時間定額制になるので深夜生活とはおさらばです(笑)
 ちなみにこのメルマガは午前0時前後に書いていることと配信直前の17時半ごろ書いているのがほとんどです。
 用事のない日は直前に書き、家にいないときは前日夜に書いています。たいてい書く直前までネタはないです。
 それはさておき、僕は睡眠時間は90分単位で取るようにしています。45分ごとのレム睡眠とノンレム睡眠、つまり夢を見る浅い眠りと夢を見ない深い眠りを繰り返しているわけです。人間が必要としてるのはこのノンレム睡眠の方なのでノンレム睡眠からレム睡眠への過渡期、つまり眠りが浅くあるときに目を覚ますと楽に起きられるという理屈ですね。
 一時間半単位と言っても、実際は寝つくのにそれなりの時間が必要なので30分は余分に睡眠時間を考え、例えば朝7時半に起床だったら午前0時や午前1時半ごろ眠るようにします。
 ちなみにこの知識を仕入れたのは中学生の頃で更新もされていないので実際にどうかはわかりませんが、中途半端(と自分で思っている)な時間、睡眠をとってしまうとどうにもだるいことが多いです。
 しかし、例えば起床までに一時間しかないというような時は少しでも寝た方が後々楽ってこともありますよね。電車の中の15分の睡眠でずいぶん休んだ気になったりするものです。
 ちなみに僕の睡眠時間は6時間が基本。7時半起きなら1時に寝ます。性格には1時に布団に入ろうとするって事ですね。
 とく枕元に本が置いてあったせいで読みふけってしまう、寝るタイミングを逃したりします。6時間睡眠は無理なので4時間半に切り替えようとして、そのまま1時間半以上過ごしてしまうことありますね。よく考えてみれば過ぎたと思った時点で寝て、4時間半で起きれば何の問題もないのですが、だらだらと過ごすのが心地よいのでついつい……というパターン。
 90分サイクル睡眠もこれではまったく逆効果です(笑)
 さて、現在の時刻は0時20分。明日は少し遅めで8時20分に起きるのですが、前日寝不足なので多めに寝ます。よって0時30分には就寝予定。
 と、言うわけでおやすみなさい!

8月30日

 今のアルバイト先は神奈川県の日吉で、家からだいたい一時間半かかります。そこに毎日、つまり週5日通っているのですが往復の時間を考えると週に15時間。1ヶ月では60時間になりますね。丸2日半、通勤にかけているわけです。
 前々から思っていたのですが、通勤、通学時間って無駄なものに思えますよね。
 しかし僕は読む本のほとんどを電車の中で読んでいるため、もし通学、通勤時間がなくなったら読書時間がほとんどなくなってしまいます。最も時間を作って読めばいいわけですが、毎日決まった時間取るって難しいですよね。特に読みたい本がないときでも通勤、通学時間をぼ〜っと過ごすのが嫌なので仮にお金がなくても図書館へ本を探しに行ったりして無理にでも読む本を作ります。
 無駄に労力を使っているような気もしますが、そのおかげでメルマガで紹介するだけの本が読めるわけですが、本当は通学時間が長いために多くの本を読むようになったのに今は読む本が減ると嫌だから通学時間が欲しいと思っているのは妙です。
 最も、通学時の読書環境って当然ですがいいものではありません。朝の電車は混むので下手すると周囲に迷惑をかけますし自分でも読みにくいです。僕はいつも少し早めに家を出て空いている電車に乗り、読書スペースを確保しています。
 混んでいる電車の中でも自分と同じように本を読んでいる人を見るとちょっと親しみわきます。ついでにどんな本を読んでいるのか気になるものですが、一見してわかるのが京極夏彦の京極堂シリーズ。新書サイズで厚さ4センチなんていう本は滅多にありません。最近はずいぶん増えているような気もしますが、僕も電車の中で読むために持って歩いて苦労しました。
 大学の近くの調布図書館は文庫本がたいへん豊富で、読みたい本の多くのものがそろっています。それに皮のカバーをかけて持って歩くのが習慣だったのですが、学校が休みになっている現在は近くの北区立図書館で本を借りています。こちらはハードカバーが中心なので、例えば朝に5冊借りたりすると荷物が大変。もちろんですが返すときも大変ですし、持って歩くのも大変です。文庫のありがたみがよくわかります。
 なんで多くの本は最初、ハードカバーや新書で出るんでしょうね?
 新書はまだしも、ハードカバーは大変手が出しにくいです。
 それでも買ってしまうような作家も中にはいます。最近買ったハードカバーは森博嗣の「女王の百年密室」でこれは2500円という値段に見合う内容でした。その前は小野不由美の「屍鬼」でこれはなんと上下巻で4500円。もう気軽に買える値段ではありません。この「屍鬼」は絶賛に値する大傑作で、何度も読み返しました。こう思い返すとハードカバーで買って損したと思ったのは「ソフィーの世界」くらいでしょうか。やっぱり値が張ると慎重になります。
 最近は「ハリー・ポッターと賢者の石」が気になるところです。図書館で借りてしまうかも知れませんけどね。

8月31日

 書感です。

「羊たちの沈黙」
 作:トマス・ハリス
 訳:菊池光
 新潮文庫
 定価:640円

 初版:平成元年9月25日
 今、話題のトマス・ハリス最新作「ハンニバル」はこの作品の続編です。これ自体も映画化され、傑作として有名な作品ですが読んだのはこれが初めて。一時期、精神異常者の起こす犯罪ものが叛乱して少し食傷気味だったので手を出さなかったんですね。しかし「ハンニバル」の評判があまりに高いのでついに読んでみることにしました。
 さて、ストーリー紹介から。
 FBIアカデミィの訓練生、クラリス・スターリングは連続殺人事件、通称「バッファロゥ・ビル事件」のヒントを得るため精神科医にして自らも9人を殺害したハニバル・レクターを訪ねる。カニバル、つまり人喰いとも言われるレクター博士はその洞察力と自分の診療経験から事件に関する示唆を与えるが……というのがストーリー。
 いかにもアメリカのヒロインらしいと言うか、クラリスは大変な努力家で上昇志向が強く野心的な人物です。FBIという男性社会で自分の地位を勝ち取ろうとする彼女の執念が彼女を突き動かし、事件の捜査を進める事になるのですが、最終的にはクラリスの女性らしさによって解決するという展開が見事。
 捜査員の中で、被害者、つまり女性の心理を追えるのは彼女ただ一人だけという点がまだ訓練生である彼女にとって大きなプラスとなるのです。
 その彼女にレクター博士が興味を持つのがまた面白いです。最高の頭脳を持ち、圧倒的な分析能力を持つ彼は、人間の心をもてあそび、それを楽しむ異常人格者でもあります。通常の小説ならば対決するべき相手としてレクター博士を持ってくるのでしょうが、それを主人公側に持ってくるのがトマス・ハリスの優れた点です。
 ただ頭脳的に優れているだけではなく、刑務所の最低の環境に耐えながらもその知性を失わず、外の世界の情報を手に入れて策謀を巡らせる彼は魅力的ですが、同時に一度誰かが狙われれば逃れる術がないとまで思える恐ろしさを持っています。
 さて、実を言うとこの作品、期待ほどの面白さはありませんでした。登場人物の設定も話の展開も良くて不満はないのですがやはり事前情報が多かったのと「ハンニバル」の評判があまりに高いのが原因でしょうか。
 しかしながら、これが「ハンニバル」の序章であって「ハンニバル」がこれをしのぐだけの作品ならば大いに期待できます。クラリス・スターリングとレクターはこの作品で出会い、わずかに交流があったに過ぎませんが、明らかにこれでは終わらないという予感を持たせる作品でした。


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