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9月16日
書感です。
「ストーム・ドラゴン作戦 ステルス艦カニンガムII」
作:ジェイムズ・H・コッブ
訳:伏見威蕃
刊行:文春文庫
初版:2000年8月10日
女性艦長であるアマンダ・ギャレットを初めとして優秀なクルーに恵まれたステルス性ミサイル駆逐艦カニンガムが中国での内戦勃発により迫る核戦争の危機を防ぐため、単身敵地に潜入するミリタリーアドベンチャーです。
世界的な危機、困難な任務にも関わらず高い志気を誇りあらゆる状況を臨機応変に切り抜けていくという展開は胸を躍らせ、爽快感もあるはずなのですが、どうしても「アメリカの正義」というのが鼻につくのは僕だけでしょうか?(笑)
スタートレックのように架空の組織が活躍するものならば素直に見られるのでしょうけどね。もっとも、ミリタリー小説というのは実際の世界であり得そうな題材でなければ意味がないのかも知れません。
それでも、台湾軍による中国侵攻とか憲法をくつがえしての自衛隊作戦参加などは読んでいてあまり気分の良いものではないですね。どうもアメリカ人作家は戦争を遠くのものと考えている節があるような気がします。今回も中国の内戦に合衆国が関与したりして周辺各国にしてみれば「余計なお世話」というところでしょう。アジア各国のリーダーシップをとって中国内戦を止めるという展開も自分が合衆国に人間なら手放しで面白く読めるかも知れませんが日本人としては複雑です。
まあ、言ってしまえば勧善懲悪の時代劇などど同じ感覚なんですね。こういった軍事小説を楽しむにはあまり深いことを考えてはいけないのです。
次回作はアフリカが舞台だそうで、今までだったらあまり気にしないで読めたのかも知れませんが、日本近海が舞台の今作であまり愉快な気分ではなかったので複雑ですね。悪役になる国の人はもっと嫌でしょう。
さて、いろいろ書いてきましたが、小説としての出来はなかなかだと思います。最新の軍事技術を解説しながら物語を進めて、様々な要素を検討しながら中国軍の意図を見抜く前半部分は推理小説の様な趣で、中国軍の作戦を阻止するため第七艦隊と行動を共にする後半部は冒険小説のスリルが味わえます。
この手の小説にはつきものですが、主人公たちとは全く別に外交交渉に当たる者、ワシントンで情勢を見守る者など、様々な視点から戦局を見せていく手法もスマート。
あと、余談なのですがこの作者は日本のアニメとか好きですね。登場する海上自衛隊の潜水艦「はやしお」の艦長が一条晃で副長が柿崎速雄。これは合衆国でも放映されたアニメ「超時空要塞マクロス」の登場人物と同姓同名。向こうの人にとっては日本人の名前って難しいらしく、創作するとたいてい変な名前になっていますがそのまんまとるのはどうかと思いますね。
ちなみにこの本は叔父が読み終わったのをもらいました。
つまり、手元に置いておきたいほどではないということですね。それなりに楽しめましたが次回作をどうするかはわからない、といった程度でしょうか。
ミリタリものが好きなら割とお薦めです。
9月17日
ついにドラゴンクエスト7をクリアしました。プレイ時間が75時間。発売からだいたい3週間なので1日3〜4時間やっていたことになります。本当は1日1時間ずつ進めて長く楽しもうと思っていたのについつい……という感じです。ここだけの話、寝不足でバイト行ったりもしました(笑)
ゲームをやるのは本当、久しぶりです。ゲームそのものに飽きたというよりはドラクエが出ると思うと他のゲームをする気がしなかったというところです。
ドラゴンクエストはRPG、ロールプレイングゲームに分類されるゲームです。自分が主人公を捜査して情報を集め、様々な事件を解決します。その過程で敵と戦ったりするわけですね。ドラゴンクエストはファミコンなどの家庭用ゲーム機で最初に出たRPGで、今でも最初の雰囲気を踏襲しています。
近年、ゲームは段々と派手になっていく傾向にありますがドラゴンクエストの魅力はグラフィックでなく、全体のバランスにあります。特に、出てくるキャラクターの台詞は説明文など一つ一つにとても暖かみがあって、大量に書かれいるものとはなかなか思えません。
今回から採用されたシステムで一番良かったのは仲間と話せるシステムでしょう。今までは仲間になると戦闘のコマと化してしまいなかなか個性が発揮できなかったのですが、今回は自分から話しかける事ができます。そのリアクションが面白いので今回も何かが起きるたびに話かけたりしてました。
街や村にいる人々にも一人一人話しかけてしまいますね。だから余計にプレイ時間が長引くのかも知れません。
このゲームの売りってリアルさではありません。どちらかといえば漫画的な、コミカルなノリです。キャラクターデザインが鳥山アキラというのも関係あるかも知れませんが、同氏の漫画の持つほのぼのさに近いものがあると思います。
また、リアルさを追求したときに大きなマイナス要因となるシステマチックな面もドラクエではむしろ微笑ましいです。
例を挙げると、誰かのせいで強引に物語が進んでしまうとき、普通のゲームでは勝手にとんとん拍子で話が進んでしまいますがドラクエだと「はい/いいえ」の選択肢が出ます。
「いいえ」を選ぶと「そんなこといわないで、助けてくれますよね」みたいな発言が出てまた選択に戻ります。結局のところどっちを選んでも変わらないのですが、しつこく頼まれて根負けしたという気がしてしまいますね。あと、例えば村がモンスターに襲われて大ピンチなどという場面でも教会でセーブができたり店で買い物ができたりします。制作者側もゲームだからと割り切ってしまえばそれまでだし、プレイヤーには不便でもそういった施設が使えないようにしてしまうという手もあります。でも、このゲームだと「た、大変だ!
大変だけど……でもこんなときだから」といいつついつものように相手をしてくれるんですね。バカバカしいことではありますが、制作者がプレイヤーと一対一で対話しているという感覚が楽しいです。
今回のドラクエは、過去の世界に行って様々な伝説の発祥を目撃するといった趣向。過去と現在が複雑にからまって、やがて主人公は世界の英雄へと成長していきますオープニングからエンディングまで一気にかけぬけずにはいられない密度の濃いゲームでした。8が出るかどうかはわかりませんがひとまずこの余韻だけで十分ですね。
9月18日
書感です。
「毎日は笑わない工学博士たち」
作者:森博嗣
出版:幻冬舎
初版:2000年8月10日
関連書感はこちら
推理小説家森博嗣がネット上で連載している近況報告をまとめたものが本書。この前に出ていた「すべてがEになる」の続編とでも言うべきものですが、内容的にはこの「毎日は笑わない工学博士たち」の方が先です。
森博嗣の代表作と言われるデビュー作のタイトルが「すべてがFになる」なので「すべてがEになる」を買おうとした人は書店でかなり苦労しただろう、と思っていたらこの「毎日は笑わない〜」の前書きにしっかりそのことが書いてありました。
このタイトルは森作品である「笑わない数学者」と「冷たい密室と博士たち」を合わせたもので、これなら間違いはないでしょう。
内容的には日記で、その全てはネット上で読むことが出来てしまいます。だからわざわざ買わなくても……と思っていたのですが、ネット上の日記ってわざわざ全部読み返すのはたいへんですよね。と、いうわけで購入しました。やはり活字の方が読みやすいですね。また、新たに付け加えられた注が面白いです。日記は3年前のものですが、注をつけたのは最近なのでいろいろと変かが見られますね。
さて、このエッセイ集(?)を読んで思うのが、森博嗣は文章それ自体に魅力があるということです。独特の味があると言うか、思考が文章ににじみでているというところでしょうか。
論理的でありながらウィットに富み、思考のランダムさを巧妙に文字で表現した文体は学問と趣味に生きる森博嗣そのままだと感じます。
ちなみに表紙は漫画家の山本直樹で、森博嗣との交流を描いた短編漫画つき。また、付録に森博嗣自らの4コマ漫画もついています。と、書きながら本を手にとってみたらカバーの裏にも短編漫画を発見して少し得した気分です。余談ではありますが、この本はそういう細かいところがいろいろと凝っています。横書きなのでネットに載せられている雰囲気そのままで読むこともできます。
まあ、森博嗣ファンでなければ読まない本かとも思いますが、本屋で見つけたら少しめくってみて下さい。
面白いと感じるならきっと森作品と波長が合うはずです。
9月19日
先日、新宿に行ったとき少し時間が空いたのでさくらやホビー館に寄りました。そのとき、何気なくパンフレットを一枚取ってきたのですが、後でじっくり読んでみたらなかなか興味深かったです。
パンフレットはキーエンスという会社のラジコンを宣伝するもので、表裏がそれぞれラジコンのトレーラとヘリコプタ。僕は昔から車も飛行機も好きだし、動くおもちゃは一通り好きです。余談ですが僕は電池を買ってきて代えるという行為が大嫌いなので模型はゴムやぜんまい動力の方が好み。大規模なものだったら乾電池じゃなくてバッテリーの方がいいですね。
それはさておき、僕が小学生の頃にはラジコンがけっこうはやりました。もっとも、市販のセットにはそれほど性能のいいものってなくてとりあえず走ると言った程度。田宮あたりから出ていた組み立て式のものはチューンナップもできるし走らせると迫力もまるで違いました。バッテリー容量の関係で数分しか走りませんでしたけどね。
パンフレットに載っていたトレーラの模型は全長190mm、全幅29mm、全高46mmと小柄ですが、ボディの造りはかなり精密。
プロポ(操縦機の事)はダイヤル式で前輪を動かすタイプで、スロットルは超低速走行も可能だとか。だからデモを見ると小さいのにラジコンらしからぬ重量感があったようです。
僕は割とものぐさなので、完成品の方が好きなんです。
でも、出来は良くないと満足しません。だからあまり興味をそそられないことが多いのですが、このトレーラはかなり欲しいと思いました。しかし、値段は39900円。う〜ん、それだけあったら別なものを買いますね。
さて、ヘリコプタの方も同じ39900円なんですね。これは僕のイメージとしてはかなり安いです。ラジコンヘリとか飛行機ってかなり高価だと思ってました。ローターが350mm、全長290mm、全高102mm、全幅48mmという小型サイズなので室内でもとばせます。飛行時間は無線で3分、優先で電源につなげれば30分近く動くそうです。空飛ぶ模型ってあこがれます。昔はゴム動力の飛行機模型とか作って飛ばしたりしました。でも、ヘリコプタのラジコンは飛ばすの難しいらしいですね。ヘリコプターは傾けることによって移動するわけですが、ラジコンの場合は本人が乗っていないので平衡感覚があまり働かないので当然と言えば当然です。こっちの方が興味惹きますね。なかなか高価な趣味ではありますが。
どうやらこのラジコンヘリ、ビデオが出ているようです。フライト完全マスタービデオっていうのがカタログに載っているのですが、これだけ見てみたいかも。
9月20日
さて、引き続きラジコンの話題。
車、飛行機といろいろなラジコンがありますが、操縦できるロボットってあこがれます。鉄人28号はちょうどラジコンのようなものですね。確か、レバー操作じゃなくて脳波で動かすような設定だったと記憶しています。ジャイアントロボはコントローラがなくて音声で動いていました。どっちも原作は横山光輝です。今はロボットに人が乗り込むという作品が多いですが、人型だから自律して動くという発想が最初は普通だったのかも知れませんね。ロボットに人間が乗り込むことの利点と言えばやはり平衡感覚を肩代わりできることでしょうか? 欠点は挙動の限界が内部の人間によって制限されてしまうことですね。強いGがかかれば操縦者が気絶してしまいます。
さて、前置きが長くなりましたが、ちょっと興味を惹かれるおもちゃがあります。日曜日の朝7時30分からテレビ朝日系列でやっている戦隊ヒーローシリーズ最新作「時空戦隊タイムレンジャー」に登場する「ブイレックス」です。
恐竜型のロボットが主であるダーティーヒーロー、タイムファイアのブレスレッドから音声で命令を受けて人型に変形し、戦います。タイムファイア関連のおもちゃはとにかく音声で命令するというのが売りらしく、変身ブレスレットや銃などにも音声命令を受けて音がなったりする機構がついているのですが、その極めつけがブイレックス。
ブレスレット型のコントローラーに声で命令すると変形したり武器を発射したりするわけです。気分はジャイアントロボの草間大作です。もっとも宣伝だけで実物を見たことないので何とも言えませんが、そういうものがあるってだけでも楽しくなってしまいます。特に電動で自動的に変形するってのはすごいです。それだけ変形のメカニズムが単純かつ、あまり形は良くないのかも知れませんが、番組中では人の手を借りずに変形するわけですからおもちゃでもそうであって欲しいと子供は思うでしょう。僕も当然、そう思います。
昔からロボットのおもちゃは好きでしたが、変形するときに部品を外して付け替えたりするのが嫌いなんです。一度バラバラになってから組み替えるロボットも好みじゃないですね。
全体がしっかりつながっていてなおかつ変形前と変形後のどちらも洗練されていないと不満ですね。いかにも変形するという不格好なのつまらない。
小学校の頃に持っていた「超時空要塞マクロス」の戦闘機バルキリーは出来が良くて、ロボット形態でも戦闘機形態でも非常に完成されたフォルムでした。イメージ的には未だあれを越えるものはないです。
最近はさすがにおもちゃを買ったりすることはないですが、日経産業新聞などを読むと技術の発展がおもちゃにも反映されているのがよくわかりますね。興味を持ったら店頭で探してみたりします。そういうものに小さい頃から触れている世代はそれが当たり前になってメカに興味を持たないのか、逆に機械好きに育つのか、興味深いです。
9月21日
書感です。
「不死蝶」
作者:横溝正史
出版:春陽文庫
初版:1996年7月10日
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横溝正史は2冊目。前の「金田一耕助の冒険」は短編集だったので本格的な金田一ものを読むのはこれが初めてです。
舞台は信州。その昔、敵対する二つの名家に生まれた若い男女が恋に落ちるが引き裂かれ、それが殺人事件へ発展する。それから23年、再び同じ悲劇が繰り返される……。
過去の因縁、鍾乳洞、底なし井戸や教会のある村。これこそ金田一シリーズに抱いていたイメージです。
あいかわらず変人ぶりを発揮する金田一はよれよれの着物に袴、すずめの巣のような頭にソフト帽をかぶって登場。
町に滞在しているブラジル大富豪の養女の母が、かつて悲劇の中心となった人物かどうかを調査して欲しいと呼ばれた金田一は現代の殺人事件に巻き込まれます。
前の短編でもありましたが、金田一シリーズは捜査中に殺人事件が重なって無念の思いをするのが定番らしいですが、読者にもなかなか歯がゆいです。依頼されて調査される職業探偵だけに、感じる責任も大きいでしょうが、逆に金田一が調査に来たと言うことで事件が大きく動いたりもします。
さて、横溝正史って文体がとても優しいです。丁寧に書いているというか、子供にも読めるくらいの文章なんですね。
ミステリを一般に普及させようという試みだったのか知りませんが、当時(昭和中期?)の口語表現がうかがえます。
「おちゃぴい」なんていう単語が出てくるのには苦笑したりしますが、内容的にはあまり古い気がしないですね。推理小説はしばらくの間、この横溝正史を越えられなかったのではないかと思います。
惜しむべくは金田一の「推理」というのがあまり見られなかったことでしょうか。事件の一部始終を追うことは追うのですが、活躍はあまりないという感じですね。ホームズものにもこういったパターンはありますが、推理というよりは事件ものでしょう。
しかし、真実をカンパできるのは金田一耕助ただ一人。
誰も知らない結末は彼が握っています。凡庸な推理小説と思っていたこの「不死蝶」ですが結末にはドキッとしました。
これは今の推理作家にはなかなか書けないものかも知れません。古いと言えば古い作品ですが、それはマイナスでないということですね。
9月22日
最近、旧ジャンプ作品がいろいろと復活してます。
キン肉マン2世や銀牙などの次の世代が活躍する内容ですが、その中でも僕が一番気になったのは「リングにかけろ2」です。「リングにかけろ」は「聖闘士聖矢」の車田正美が描いた初期の作品です。僕がジャンプを初めて読んだときにはすでに「聖闘士聖矢」が連載中でその前は「風真野小次郎」であったことを考えると「リングにかけろ」はかなり古い漫画です。
僕は基本的に車田正美の漫画って好きです。設定が大げさだったり絵の構図が決まっていたり、台詞が妙にキザだったりといろいろあるのですが、車田漫画には勢いと言うか、根底に流れるパワーを感じます。多少の欠点があっても、その流れに乗ってしまえば楽しめるんですね。
さて、リングにかけろは文庫化されているのでこれを機会に読んでみました。
そして、かなり古さを感じる絵柄ではありますが、やはり車田漫画っていうのは他にない輝きを持っていると再確認しました。
暴力を振るう父親に嫌気がさして上京した高嶺菊とその弟、竜児。弱虫だった竜児はやがてボクシングを始め、生涯のライバル剣崎と出会って成長していきます。ジュニアの全国大会を戦った彼らはアメリカ代表との団体戦を経て世界規模の大会へ。敵として出会ったボクサーたちが味方になり、友情を深めていく展開は後のジャンプ漫画に多くの影響を与えたはず。
まあ、こう書くと割とまともなボクシング漫画のように思えるかも知れませんが、この漫画の魅力はなんと言ってもフィニッシュブロー。後の「聖闘士聖矢」でも聖闘士たちの一撃で何十メートルも吹っ飛ぶ描写がありましたが、この作品でも竜児の「ブーメラン・テリオス」や「ウィニング・ザ・レインボウ」、剣崎の「ギャラクティカ・ファントム」をくらって比喩ではなく100メートルくらい人間が吹っ飛んだりしています。
最近のコミックは絵もきれいだし、ストーリーも緻密だったりしますよね。しかし逆にこういういい加減さって言うか破天荒なものが懐かしかったりもします。
練り混まれた漫画は例えば実写でドラマ化しても面白かったりします。しかし、そうなると漫画のアドバンテージってなんだろうって事になりますよね。映画やドラマのように予算や手間暇をかけないで見せられるエンターテインメントってだけではないはずです。
しかし、この「リングにかけろ」はとてもドラマ化なんて無理でしょう。ストーリーだって陳腐です。しかし、コミックとして読んだら間違いなく面白い。小説や映画と比べてはいけないんですね。久々に「漫画」というものを楽しんだ気分です。
9月23日
オリンピック、みなさんはご覧になっていますか?
僕はテレビの前にかじりつくというほどではないですが、やはり結果は気になります。
一番注目しているのはサッカー、次が柔道でしょうか。ソフトボールは連戦連勝に驚いています。野球もメダルを取って欲しいです。サッカーはアルバイト中に試合をやっていたので友達に頼んで携帯メールで結果を送ってもらったりしたくらいです(笑)
さて、見ていて不満に思う事が多いのは柔道です。
まず、外国選手の試合運びですね。明らかに一本を取るつもりのない技をくりかえしては腰を引いて防御をかため、うまくいけばポイントが取れるという感じ。これでは柔道の面白みがまるでないです。日本選手は一本を狙いすぎるから負けるという意見も見られましたが、そもそも柔道は一本を取るのが目的なのでこれはおかしいですね。
もっとも、オリンピックは国にメダルを持ち帰るというのが大きいため、勝ちたいと言うよりは負けたくないという心理が大きいのではないでしょうか?
日本人の場合は、ただ勝つのではなく一本勝ちを皆が望んでいるわけです。守りに入った相手に対して一本取るのはかなり困難ですが、それをやってのけるのが日本選手というわけですね。
さて、大いに憤慨したのは篠原の決勝戦。
見事な返し技でどうみても篠原の一本勝ちと思ったのになんと逆にフランスの選手に有効が入ってしまいました。
審判のレベルが低いと言ってしまえばそれまでですが、今回のオリンピックは特に審判の判定に疑問を憶える事は多いです。結局、柔道というものに対する認識が違うと思わざるを得ません。僕も柔道をやっていて、一応初段を持っていますが日本の柔道人口ってやはり圧倒的ですよね。
僕自身は柔道のルールから有効とか判定をなくして一本と技ありのみにするべきだと思います。時間は無制限というのが理想的でしょうが、それはちょっと難しいですね。判定になるとあまり今と変わらないかも知れませんが、それでも有効や指導で勝負が決まるよりいいかも知れません。少なくとも一本取るまでは勝負がはっきりしないでしょうからね。
今や国際柔道はポイント勝負なのだからそれに合わせた柔道をするべきと言われますが、それは違うと思いますね。
柔道発祥の国である日本が本来の道を外すわけには行きませんよね。ポイントをとりつつ一本を狙うのが理想的なんでしょうが結局それは圧倒的に強いっていうこと。難しいですね。
9月24日
千葉県の成東で行われた森博嗣の講演会に行って来ました。
成東図書館第一回文化講演「ミステリィで会いましょう」というイベントなのですが、やはりこれは成東図書館に森ファンがいて呼んだのでしょうね。
講演は2時からだったのですがかなり遠いので11時過ぎ最寄りの西川口から電車に乗って京浜東北線で秋葉原へ。そこで総武線に乗り換え、錦糸町で総武線快速に乗って千葉で総武本線へ乗り換え、成東へ行きました。ちなみに成東は「なるとう」と読みます。成東駅で降りると、なんとなく海沿いの街という作り。最初、講演が出来るような建物があるのだろうかと心配したのですが地図の通りに歩いて行ったら成東図書館を発見しました。かなり「のぎくプラザ」という立派な建物です。
僕は作品は作品として受け止めるので作者自身にはあまり興味ないです。1対1で話ができるならともかく、作者の性格や生活を知りたいとは思いません。と、言いつつ森博嗣のファンクラブに入っていたりするのは何故だろうと考えてみたのですが、大学の先生ということで親しみやすいの、文章から作者本人の持つ面白さがにじみ出ている、ファンクラブはインターネット上のものなので簡単に入れる、という3つが思い浮かびました。ちなみに後に行くほど比重が大きいです。
2時になると成東図書館、館長のあいさつなどがはじまり、それはいいから早く森博嗣出て来ないかななどと思いつつ見ていました。講演の舞台に出て来た森博嗣は思ったより小柄でしたが、服装などの大学助教授らしくなさが想像通り。しゃべり方などは……まあ、普通でした(笑)
元々大学での講義に慣れているせいか淡々と、なおかつ聴いている方が興味を失わないように話しているなという印象。
「ミステリィで会いましょう」というタイトルの通り、ミシテリィについてのお話が中心……のはずでしたがいろいろと話題転換してジョークの分類や数学、力学などの話も出ました。数学の整数論などは大学の専門とも重なるので実を言うとあまり新鮮ではなかったのですが、話を聞いていて森博嗣も数字が好きなんだな、と感じました。
ちなみに森博嗣は講演会の際、できるだけあちこちに話題を展開して終わった後に何の話をしたのかわからなくするそうです。ネット上にある森博嗣の講演内容に関してのレポートなどが話した内容と違っていたりするらしいですね。確かに個人的なレポートは記憶を頼りに書くものですから細部があいまいになったり勘違いしたりしますよね。しかし、講演の著作権は話した本人にあるわけですから、それを公開するのはまずいと言えばまずいわけです。公開されたものに関しては何もおっしゃらないそうですが、僕はやめておきます。しかし、そんなにわかりにくい講演ではありませんでした。話題は飛んでもハイパーリンクしている、というところでしょうか?
僕は所用があって途中退席したのですが、ちょうどそのころに作品に関する話題が始まっていて「一番聞きたかったところなのに」と悔しい思いをしながら会場を出ました。しかし、なかなか有意義で刺激的な時間を過ごすことが出来て楽しかったです。
9月25日
書感です。
「殺人方程式 -切断された死体の問題-」
作者:綾辻行人
出版:光文社文庫
初版:1994年2月20日
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綾辻行人と言えば「十角館の殺人」などの館シリーズで有名です。同氏の作品はミステリィとして反則すれすれの大技でその魅力は大きいです。映像化不可能なミステリィ小説の代表でしょうね。
さて、この「殺人方程式」はその大技を敢えて封印し、「普通の」ミステリィを書いてみたという感じです。
では、ストーリー紹介から。
新興宗教の教主が教団ビルから離れたマンション屋上で首なし死体となって発見された。その妻である教祖は半年前に飛び込み自殺を図っている。
なぜ死体はそこにあったのか?
なぜ死体は切り取られていたのか?
教団に起こった二つの事件は関連があるのか?
その謎に警視庁の刑事、飛鳥井叶とその双子の兄である響が挑む。
綾辻ミステリィは舞台も登場人物もエキセントリックなものが多く、読むときも「さあこれからミステリィが始まるぞ」という興奮があるのですが、殺人方程式はわざとありがちな設定と展開にしてみたという雰囲気。しかし、綾辻流にどこかですごいどんでん返しがまっているのだろうと期待して読みすすめたのですが、割と最後までその調子で続いてしまいました。
刑事の双子というのも変わっているかも知れませんが、二人がそれぞれの能力を発揮して事件を解決するというわけでもなく有効に活用しきれていない気もします。
トリックはけっこう大技なのですが「本当にこのネタだったのか」という程度でそんなに驚きはありません。
どうも厳しい評価が続いてしまったようですが、館シリーズは呼んだときの衝撃が並じゃなかったのでいろいろと期待してしまうんですね。つまらない、というわけではないのですが。
一つ一つの要素はそんなに悪くないような気もするんですが特に優れたところがない小説でした。
どうも逆に館シリーズが読みたくなってしまったようです。
9月26日
推理(妖怪?)小説家、京極夏彦の個展に行って来ました。
「魍魎の筺」や「鉄鼠の檻」など奇々怪々な事件を妖怪になぞらえ、それを「祓う」という一風変わった推理小説を展開する同氏だけに妖怪にも造詣が深いわけです。
作品中のイラストなどまで自分で描いてしまうというなかなかのマルチぶりを発揮する京極夏彦はドラマに出演したりアニメの声優をやったりと大活躍していますね。
個展の開催場所はギャラリー・アート・ギンザ。三十数枚の作品がリトグラフで展示されていました。
京極夏彦の描く妖怪は、日本に古くからある妖怪画の画風を残しながらもどこかユーモラス。それでいてやはり不気味にこちらをうかがっているような生々しさがあります。作者がいかに妖怪というものに親しんでいるか、そして恐れているかということが伝わってくるようです。
ちなみに会場ではリトグラフを一枚58000円で販売していましたが買っていく人が多いのにはびっくり。女性が多かったです。京極夏彦は雑誌などでも写真が掲載される事、多いです。
確かになかなかかっこいいと思うのですが、本人も自信あるんでしょうか? おまけにいつも黒ずくめで黒い手袋を外さないという懲りようです。ミステリアスなのかミーハーなのか微妙ですが、あれだけの小説を書き、絵を描き、マルチにあちこち出たうえに女性ファンが多いなんてさすがですね(笑)
会場には同時に京極堂シリーズの文庫版表紙となっている模型が展示されていました。実はこれ、前からどんなものなのか気になっていたのですが張り子だったようです。造形といい雰囲気といいこっちの方が欲しい、と思ってしまいました。
さて、絵を買うかどうかという話は別にして、現代社会において妖怪というものを取り上げた京極夏彦はやはり特異な視点の持ち主ですよね。
京極夏彦の定義ならば、妖怪は確かに実在します。それは雨や風が実在するのと同じで現象としてしか感じることができます。人間の精神状態や自然現象などに人格を与える事によってわかりにくかったものがわかりやすくなるのが本来の妖怪。しかし時代と共にそれは一人歩きしてしまい、いつの間にかよりわけのわからないものになってしまっているんですね。
妖怪と言うのは人の恐怖の象徴です。しかし、妖怪の由来がわからなくなっている現代において、妖怪はより恐ろしい存在と化しているのではないでしょうか?
話は戻りますが、京極夏彦の描く妖怪は本気で怖いものがあります。一見のかわいらしさはありますが、家で夜中に向かい合いたくはないですね。なぜなら、氏の描く妖怪はそれぞれ人格を持っているからです。お払い済みというシールは貼ってありますが(笑)
9月27日
書感です。
「文学がどうした!?」
作者:清水良典
出版:毎日新聞社
初版:1999年6月5日
定価:1500円(税別)
文学とは何かと言われるとなかなか答えにくいですよね。
僕は見境いなくいろんな本を読んでいますがいわゆる文学作品とはあまり縁がないです。
読んでみればそれなりに楽しめるのですが、いまさら何を読めばいいのか迷ってしまいます。本との出会いって何かきっかけが必要です。
この本の中には文学作品との出会いが数多くありました。文学史の解説という面も大きいのですが、退屈さはまるでなく、作者が思いつくままに語っているという雰囲気に親しみが持てました。
予備知識も必要なく、むしろ知らないまま読めばいろんな作家について興味を覚える事ができるでしょう。それだけわかりやすく丁寧に書いてあります。女性作家の系譜や文豪と呼ばれた作家たちの分析、現代作家の傾向など幅も広いです。
文学を難しく考えず、とにかく楽しもうという姿勢があって文学そのものに興味がなくてもエッセイとして面白く仕上がっています。
こういうものを読むと学校の授業などのように系統的に教えたりするのが必ずしも良いというわけではないと実感します。
系統立てるというのは学問の基本ではありますが、それは全体を把握している人にとって有意義なものでも、これから学ぼうとする人間に有益なものとは限りません。むしろ細々としたものによって全体を見失ってしまうかも知れないです。
この本が見せてくれるのも文学の断片でしかないかも知れませんが、生き生きと語られた文学体験はそのまま読に根づき、好奇心を栄養にして新しい芽を出すのではないかと思います。
元々は毎日新聞に連載されていたコラムらしく、一つの章は短いのですがまとまっているしそれぞれが興味深い話題で、文学を語ったものでこれほど楽めたのは初めてです。
やはり、作者自身が文学好きなんでしょうね。清水良典は本職が批評家らしいですがその前は高校の国語教師。
小説家の北村薫や歌人の俵万智など、国語教師出身の人が僕は好みらしいです。言葉に対しての鋭さだけでなく、人が文学に対して感じるものに敏感なんだと思います。
現代作家は小説というものにこだわるより既成の枠を越える文章を書くべきという意見には何よりも共感しました。
ある意味、国語教師というのは最先端の現場とも言えますよね。文学を育てる役割の一端を担っているわけです。
なんとなく図書館で手にとってみただけだったんですが、良い本に出会いました。これはお薦めです。
9月28日
先日の「文学がどうした!?」の著者、清水良典は国語の先生だったと言うことは少し書きましたよね。氏は作文の授業を改善しようと四苦八苦したそうです。例えば、反省文を書かせる先生っていますが、これいうところで作文=罰としてのイメージを植え付けているわけです。そもそも、それを出す先生自身が作文を苦行だと考えているわけですよね。
僕も今でこそ文章を書くのは好きですが、小学校時代の作文の授業はなかなか苦痛でした。
「思ったまま書け」と指導はするものの、実際に考えている事をストレートに教師に伝えるのは勇気いります(僕だけ?)
例えば遠足に行った時の作文は、出発前のわくわくから始まって行くまでの景色の移り変わり、バスを降りてからの様子、目的地に着いたときの感動と景色の描写、お弁当、そして帰路で軽くまとめるのが定番という感じでした。
が、しかし。けっこう書いてる事って嘘だらけ、というか後付けの想像がほとんどでした。そのとき、そのときに考えている事なんか次々忘れてしまうし、目的地まで歩くのだって面倒で疲れるだけと思っていても作文にそうは書きにくいです。
なんとなく小学生はこうあるべきっていうようなものを書いてしまうんですね。教科書などには模範的な作文しか載っていないませんし。
考えてみると嫌な子供だったような気がしますが、素で子供らしい新鮮な文章を書ける人ってどのくらいいたんでしょう?
仮にそういう感性を持っていたとしてもそれを文章で伝える事って難しいですよね。そもそも、書いた文章が小学校で批評される事ってなかったような気がします。感性ばっかり問題にされるような……。
ちなみに僕は想像で書いた偽感性の作文によってよく誉められていたので、子供心におかしいなと思っていました。なんだか決まり悪いですよね。
余談ですが、注意される点と言えば数字が多い事でした。山の高さとか歩いただいたいの距離とかとにかく数字で書くんですよ。高さなどは憶えていればいいのですが、歩く距離あたりは自分の主観だったので割と適当です。先生もあんまり具体的な数字を並べると興ざめと言うか、文章の雰囲気を壊すので注意していたのでしょうが「そういうもの」としか教えられなかった事を憶えています。今でも僕は数字にこだわる方ですが三つ子の魂百までというやつですね。
話は戻りますが、作文って二つの要素があります。文章そのものと内容ですよね。しかし、文章そのものって感性に依存するのでとやかく言われても困るわけです。だから余計な事を言わずに文章そのものの書き方だけ教えていけばいいのではないでしょうか?
例えばこのメルマガを書いているときだって、文章表現的に疑問を持つことはたくさんあるわけです。文章を書く人なら必ず思うであろう疑問だったりするのですが習うことはないので最初から試行錯誤。小学校のときの授業ってなんだろうと思います。
結局、参考になるのは既存の本ですね。これまでに読んだ蓄積が自分の作文に活かされます、国語はどれだけ読むかが勝負って言う面もありますが、国語教師はどれだけ文を生徒に書かせるかが勝負でしょうね。
9月29日
書感です。
「鉄道模型を愉しむ・総合編」
著者:水野良太郎
出版:東京書籍
定価:2000円
初版:2000円9月7日
さて、いきなり趣味・実用本です。
最初に断っておくと、僕には鉄道模型の趣味はありません。
よほどの事がないと始めたりはしないでしょう。
それなのに何故、こんな本を読んでいるかと言うと、図書館の新着図書のところに並べてあったのと、表紙のSL模型の写真が素晴らしかったからです。もう一つ言えば、ミステリィ小説家の森博嗣が鉄道模型を趣味にしていて、日記に話題として出てくる事が多いからですね。
作者の水野良太郎という人は漫画家、イラストレーターで実を言うとあまり知らないのですが、鉄道模型へのこだわりぶりはすごいです。
それを懇切丁寧に解説し、全く予備知識のない人にでも理解できるような本として完成させているところがただのマニアではないですね。海外では鉄道模型の趣味って一般への認知度が高いですが、日本ではそんなに知られたものではないです。
完成度の高い解説本っていうのは読んでいて非常に面白いものです。知らない世界を垣間見るというのは非常に刺激になります。そこでなにより重要なのは、書いている人がどれだけその内容を好きかということですね。
鉄道好きと鉄道も系好きってまた少し違ったりします。もちろん本物の鉄道は好きなんでしょうが、鉄道と制作好きが融合して新たな世界を作っています。
自由に運転できるというのもポイントが高いですし、情景を作るジオラマなどには芸術性も発揮されます。どこに楽しみを見いだすかは人それぞれ。床に線路を引いて走らせるだけで満足するという鉄道模型ライフもあります。
体験談も豊富です。自分が満足できるような模型を求めて世界中の模型メーカーの情報を集め、あちこちを渡り歩いて様々な物を買い集めながらも多くの失敗を繰り返し、結局はシンプルなものに落ち着いたりと、ただ多くのお金と時間をかけただけの自慢話ではないのが好感持てます。
本文中に入っている写真は筆者がデジタルカメラで撮影し、フォトプリンタでパソコンを通さずに出力したものだとか。
また、写真では迫力が伝わらないと思うようなものに関してはそもそも写真撮影をしなかったりというような話もありました。そういった手作り感覚が、生の声をうまく伝えるんでしょうね。鉄道模型という特殊なテーマではありますが、語るということにかけて非常に高度な能力を感じさせる本でした。
9月30日
書感です。
「鉄道模型を愉しむ 実践・応用編」
著者:水野良太郎
出版:東京書籍
定価:2000円
初版:2000年9月7日
前回紹介した「総合編」に続いて、具体的な鉄道模型の愉しみ方を紹介しているのがこの「実践・応用編」
その造形を楽しんだり、情景模型を作ったりするのもありますが、やはりメインとなるのは走らせるということ。
鉄道模型はお金も時間もかかる趣味です。趣味のために家族をないがしろにしてコレクションを捨てられてしまった人や奥さんに出ていかれた人もいたとか。いくら熱中すると言ってもスペースを絞り、費用を節約して楽しむのが現実ですよね。
もっとも、この作者は鉄道模型のために稼いで、専用のマンションまで持っているので普通の人とはレベルが違います。
それでも金に任せて高いものを集めたりはしていないようです。結局、費用に見合うだけの外観と走りを持っていなければ不満だとか。同じマニアでもそういう人でなければ本を書く意味がないでしょうね。
秋葉原にある交通博物館などを初め、大規模な鉄道模型を展示しているところってけっこうありますよね。家の近くの児童文化会館にも6畳ほどの鉄道模型が展示してあり、土日には運転していますが子供にはかなり人気。僕も小さい頃はよく見に行きました。
しかし、大規模なものほど掃除も大変なわけです。鉄道模型はレースから送電するので常に磨いておかなければならないし、車両がたくさんあればそれも点検しなければなりません。
だから、個人でやるのって大変です。この筆者も最初は車両を大量にコレクションしていたのですが、走らせないものを持っていても仕方ないので走行が良い物を除いて手放してしまっています。
また、狭いスペースでレイアウト(情景模型の中に線路を敷くやり方)を作るテクニックなどの紹介も多数ありました。線路もただ円形に並べるのではなくひょうたん型にしたりすることでカーブを増やし、列車がS字を曲がる様を楽しむとか。間に橋を入れたり、トンネルを挟んで街と山にしたりとバリエーションを増やすレイアウトなどなかなか楽しそう。
僕はあまり根気がないので、こつこつと模型を作っていくような事は苦手なのですが、あこがれはします。自分の思い描いた通りに物を作り上げていくっていうのは面白いですよね。
僕は数時間で完成するプラモデルがせいぜいです。
小さい頃、Nゲージという小型の鉄道模型が欲しかった時期もありましたが、鉄道模型を一生の趣味としてはまりこんでいる人もいるんですね。今の自分の趣味で一生続くものがあるのかどうか、興味深いです。
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