書感です。
「ふたたびの、荒野」
著者:北方謙三
出版:角川文庫
定価:583円
初版:1993年6月10日
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ハードボイルド小説「ブラディ・ドール」の最終巻です。
地方都市、N市にあるバー「ブラディ・ドール」は何かを無くしてしまった男達が集う場所。オーナーの川中良一は急速に発展するN市で、図らずも抗争の中心となっていく。政治家、大河内の手が伸びて多くの人間が死に、川中の最後の戦いが始まる……。
1巻の主人公、川中良一が再び主人公「私」となる今作は、出だしで流れた歳月の長さを実感。2巻以降、川中は街の中心人物として主人公たちを惹きつけてきました。これまでの主人公たちが人なつっこい笑顔の裏には暗さを秘めていると表現した川中の内心が一人称でダイレクトに書かれると、これまでの物語で川中が失ってきたものの大きさに気づかされます。
自分の店を持って成功し、釣りをしたりポルシェを飛ばしたり、好きなことをして過ごす生活。彼がそういったものを心から楽しんでいることは間違いないのですが、それでもどこかに違和感があるのです。
ハードボイルドというと、とにかくかっこいい男が出てきてかっこいい台詞を言うというイメージです。この「ブラディ・ドール」シリーズはまさにそれ。酒や車にこだわるように自分の生き方にこだわり、理屈では割り切れない事をする。
短い強烈な言葉で人生を語り、死んでいく。
一歩間違えればキザなだけになってしまうのに、彼らが格好良く見えるのは「様になっている」からなのでしょう。
ポーズではなく、本気でそう思っているからこそ踏みとどまったりこだわったりができるのです。
作品中に出てくる女性に「バカな男」と言われるのが彼らの誇りであるかも知れません。
この「ふたたびの、荒野」は政治家、大河内との対決を描いたものです。しかし、大河内は最初からブラディ・ドールの世界に存在していたキャラクターではないし、川中の宿命のライバルと言うわけでもありません。
ただ、悪には一流の悪の大物がいるという事を示した人物なのでしょう。それまで、何が起こっても「あしらってきた」というのにふさわしい川中が、今度ばかりはすべてをかけて対決に望みます。
彼にとって「すべてをかける」というのは「命をかける」ということではありません。どんな時でも、命はかけていて、それはポルシェで海沿いの道を飛ばすときさえそうなのです。
そういう生き方が、同じように無茶をする男達を魅了します。「死ぬときは死ぬもの」という考え方を持つ人間ばかりの作品なのに川中だけは「死ぬとは思えないし、死んで欲しくない」と願われています。
どのキャラクターも、いつか何かで簡単に死んでしまいそうな雰囲気を持っています。だからこそ読者の立場でも、一瞬一瞬の活躍を大事に思います。いつも生還するヒーローではなく、運が悪ければ死んでしまう。西部劇のような世界がここにはありました。
「決着」というほど決定的なものは、物語の中にありません。
しかしこの巻以降「ブラディ・ドール」の周辺にもう死者は出ない、という気がします。
12月30日
「頭文字D 20巻」
作者:しげの秀一
出版:講談社ヤンマガKC
定価:505円
初版:2000年12月26日
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深夜枠でアニメ化もされた「頭文字D」、今度は6月に映画化するそうです。CGによって表現されたバトル部分は多少ぎこちなさを残すものの原作の雰囲気を忠実に際限。レース中のエンジン音の心地よさは他のどの作品にも負けないでしょう。
プロ同然の走り屋集団「東堂塾」に挑むプロジェクトD。
主人公、拓海は高橋涼介の作戦に従って東堂塾のエース、二宮大樹をうち破る。まさかの敗北に色めきたつ東堂塾の二番手は駆け引きに長けた酒井。
高橋啓介のRX-7 FDと酒井のインテグラ TYPE-R TURBO、大パワー、ヒルクライムバトルが始まる……。
市販車をチューンナップして、きついコーナーと激しいアップダウンが連続する峠を走り、その速さを競う「公道レース」
当然ですがこれは大きな危険を伴うし、スピード違反ともなります。これまでのコミックだとどうしても不良ものに傾いていた「公道レース」を頭脳と技術の限りを駆使したスポーツものとして書いたところが成功の理由でしょうか。
第二部のプロジェクトD編に突入してからこれまで丁寧に描いて来た人間関係や主人公の葛藤などがなくなり、ただレースをするだけの話になってきたような気がして不満だったのですがここへ来て、レースの面白さが増しています。
ドライバーとして人間的に未熟なことが弱点ともなっていた拓海は高校を卒業し、いよいよ本格的に成長を始めているのかも知れません。それでもまだ高橋涼介という指導者の下から抜けられていない拓海。一方、チームでのライバル、高橋啓介は見事なまでの成長をっぷりを見せつけています。
さて、東堂塾とのバトルが一段落したと思ったら、次は東堂塾OB、トモとのバトルが待っています。峠を卒業し、プロとして活躍している人間に、高橋涼介率いるプロジェクトDは太刀打ちできるのか?
また、同じ車に乗っている以上対決は無理と思っていた拓海の父親、文太が中古でもう一台の購入を考えているのが気になります。やはり父親は乗り越えていかなければならない壁として存在するのでしょう。高橋啓介、涼介、そして父。彼らとの対決ははるかに先の事かも知れませんが、どういう対決になるのか楽しみです。
12月31日
書感です。
「そして二人だけになった」
著者:森博嗣
出版:新潮ミステリー倶楽部
定価:2000円
初版:1999年6月20日
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森博嗣が新潮社ミステリー倶楽部に書き下ろした長編ミステリです。
日本のA海峡にかけられた世界最大の吊り橋。そのアンカー部分は「バルブ」と言われ、密かに対核戦争用のシェルターが作られていた。その設計に関わった6人の男女がその中で数日間を過ごした。そして生き残ったのは2人だけだった……。
サブタイトルは「Until Death Do Us Part」つまり「死が二人を分かつまで」ですね。
天才数学者である兄、勅使河原潤の影武者として「バルブ」に入った弟、そして姉、森島有佳と入れ替わって勅使河原潤のアシスタントである妹。二人の一人称によって物語は進みます。そういう形式をとっている事に対して、読者は必ずその意味を考えますね。2つの側面を眺める事で、もう1人にはわからない事が明らかになっていき、それが事件の解決につながるというのが普通のパターンでしょう。
しかし、この物語を読み進めていくと、読者は必ず壁に突き当たります。二人の視点を総合すると、必ず矛盾が生じてしまうのです。二人のうち、どちらかが嘘をついていなければ絶対におかしい。でも、何故に読者に対して嘘の描写をしなければならないのか?
それとも、二人とも見えていないところに別な真実があるのでしょうか?
この長編は、恋愛小説でもあります。
バルブの中で、お互い偽物として初めて出逢った二人。
もちろん、最初から偽物だと知っているのは読者だけです。
彼らが好きになったのは、誰なのか?
もし、偽物として別なところで出逢っても好きになったのか。それとも、本物がいてその代わりに偽物を好きになったのか。
それぞれの章には、アインシュタインの相対性理論からの引用がつけられています。絶対的で揺るがないと思っているものでも視点が違えば、それは相対的なものになってしまう。
物理的な事実というのは、一つかです。
しかし、真実は主観によって決まるもの。
そこに人間の解釈を通すことにとって初めて出てくる曖昧なものです。
不安定なのは、人の心ではありません。そもそも、物理の世界にさえ絶対というものがないのです。