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1月1日

 あけましておめでとうございます、古井洋です。
 思いつきで始めたこの「晴読雨読」ですがいつの間にか250回を越えていました。ここまで続いたら適当にやめてしまうことはまずないと思います。
 毎日出すというのはもう意地のようなものですね。
 まぐまぐサーバのメンテナンスで配信がなくなる日と旅行で出ているとき以外は毎日出し続けたいと思います。
 さて、21世紀となりましたが当然のこと、何かが急激に変わるということはあり得ませんよね。1年というのは地球の公転周期に基づいていますが、100年という周期は単に人間が十進法を採用しているから生まれたというものに過ぎません。
 しかし、せっかく周期があるのだから目標を立てたり気分を一新したりするのに使いたいものです。
 占いでもなんでも自分の都合の良い部分だけ信じるようにしています、僕は。
 とりあえず自分の指針としては何事も効率的に、というところでしょうか。効率って大切ですよね。長い時間をかけてトライアンドエラーを繰り返していけば、それなりのものはできるのかも知れませんが、それだけの時間にあった事をしているかどうかというのを常に考えたいと思います。時間は有限ですからね。未来だと思っていた21世紀も油断していたらあっと言う間に来てしまっていますし。
 今年もまたたくさん本を読むのだろうと思います。
 幸いな事に、僕が本を読むペースより読みたい本が増えるペースの方がずっと多いのです。目に付いた本を片端から読んでいくというスタイルが僕は好きで、これは一生続けて行きたいですね。1日1時間の読書も、1年で365時間。人生の4%は読書に使うという事になります。もっと多くの本を読む人も、もっと多くの時間を本に使う人も、もっと深く読む人も世の中にはたくさんいるでしょうが、僕にはこれでいいのです。
 読んで書く。そしてそれを見て下さる方がいるというのはとても幸福な事だと思います。
 じっくり読んだり、深読みしたりせずにさっと読み流していただくのが書き手としての理想です。誤字脱字も論旨の矛盾もたくさんありますが、それも合わせて晴読雨読だと思って下さい。もちろん、そういったものは出来るだけ無くしていくように努力はしますけどね。
 今年一年、よろしくお願いいたします。

1月2日

 年賀状って何通くらい書きますか?
 僕は郵便で3、40枚。ネットで40通くらいです。
 いつもパソコンを使って年賀状を作成するので、絵柄などはまったく変わりません。入れるメッセージはメールで送るものの方がずっと長くて、たいてい3倍くらい書いてあります。
 メール年賀状のデメリットはお年玉くじが無いことくらいでしょうか?
 グリーティングメールサービスなどを使うと豪華なプレゼントなどが当たったりしますね。自作の年賀状を置けてさらに当たりクジがつくようなサービスがあればほとんど負けなくなるでしょう。
 それでも、やっぱり手書きの年賀状をもらった方が嬉しいような気がします。例え後で読み返したりしなくても、実際に手で触る事ができ、束ねれば厚みが出るという存在感はメールの年賀状にないものです。
 もっとも、これはあくまで人間の感情移入能力に依存するかも知れません。最初から電子メールのある環境で育った場合、送られてくる電子メールなどにも郵便物と同じくらいの感慨を感じられるようになるかも知れませんね。
 メールが手紙に負けてしまうのは、手間がかからないというだけではありません。
 電子メールの場合、表現力ってどうしても不足します。
 もちろん、HTMLメールなどを使ってきれいに飾り付けたメールを送ることはできますが、これって手紙で言えばきれいな便せんを使っているというだけですよね。
 手紙の場合って、何より目立つのは手書きの文字でしょう。
 僕自身は想像を絶するほど字が下手なので、あまり手紙は書きたくありません。それでもプリンタを使わずにボールペンで一枚一枚宛名を書いていくのは、それを書かなければ電子メールなどの方が優れていると思うからです。
 字には心がこもると言いますが、どんな気持ちで書いてもパソコンは一定の文字しか打ち出しませんよね。
 もちろん、感情は文章に込める事ができるでしょうが、表現の多彩さという意味では手書きの方がずっと上です。
 もっとも、表現するには訓練がいりますけどね。
 僕はまだまだ訓練不足なので、いつも年賀状にはメッセージをそえるだけにしています。

1月3日

 正月って一番暇な時期のような気がします。
 まとまった休みがあれば、普通はどこかに遊びに行ったりするものですが、お正月っていまいち出かける気になりません。
 ぶらぶらと街を歩くにも開いている店は少ないし、友達も帰省している人が多いです。だから、だらだらとテレビを見たりゲームをやったりして過ごしています。
 もっとも、正月から有意義な事をしようなんて思わない方がむしろ健康的かも知れません。
 いつもは31日の夜から1日にかけて明治神宮へ初詣に行くのですが今年は友達などと予定が合わず、紅白歌合戦を見ながらだらだら過ごし、1日はその勢いでサッカー天皇杯を見忘れてしまいました。
 仕方ないのでスポーツニュースで結果を見ようと思ってチャンネルを回していたのですが、どうにも映りが悪い。僕の部屋のテレビは4年ほど前にアルバイトして買ったもので、最初からそんなにいい製品ではありません。
 そんな事を考えながら1日の新聞に入っていた近くのコジマ電器の広告を見ていたら、なんとお正月福袋として21インチテレビとMDラジカセのセット2万円という商品が!
 ちょうど両親がMDラジカセを欲しがっていたので、互いに1万円ずつ出して購入することにしました。
 コジマ電器は10時に開店となってますが、それよりかなり早く並ばなければ限定10セットの2万円福袋は無理だろうと考え、7時起きして8時には並ぶことに。
 なんだかんだで1日は夜更かしをしてしまったものの、予定通り7時に起床して朝食を食べ、急いでコジマ電器へ行きました。途中、コジマ電器と並んで同じく大手量販店のヤマダ電機があるのですが、ちょっと見たら並んでいるのは10人くらいだったので一安心と思いながら先のコジマ電器まで行ってみたらなんとそこは大行列でした。一番後ろまで行って整理券をもらうと200番近く。どう考えてもセットは買えそうもないのであっさりあきらめて帰りました。
 その後、もう一度広告を見てみると24800円で21インチステレオフラットテレビがあったので、結局それを購入しました。で、今日一日を振り返ってこれを書いているわけですがなんとなく乗せられたような気もします。
 まあ、正月らしいようにも思えるからまあ、いいか。
 ちなみにそのテレビでドラマ「宮本武蔵」を見ましたがテレビの画面ってイメージ的に部屋の一部なのでかなり違和感があります。
 そう言えば、肝心の読書をしていませんね。
 やっぱり暇だと読書をしない性質なのかも。
 本年度最初の読書は森博嗣の「工学部水柿助教授の生活」になる予定です。

1月4日

 3日は高校時代の先輩と会っていました。
 完全な寝正月とはならず、ちょっと満足。
 結局、正月はみんな暇なんですね。
 中学高校の友達は、地元が違うかも知れないけど会えないほど遠くはないし、連絡をとってみればけっこう会えそうです。
 もっとも、昨日の今日でよく会えたなって気はします。
 同級生と合わせて3人で新宿に行き、6時間で喫茶店2件、消費金額2000円という財布に優しい会合でした(笑)
 僕は中高一貫だったので、中学1年のときにも部活だと高校3年の先輩がいます。年齢差って5歳です。この差って中学生の頃の僕にはかなり大きく、入学当時は先輩がかなり大人に見えたものですが、自分が高校3年生になってみると大した事はないんですね。
 それでも後輩の前ではしっかりした顔ができるから不思議なものです。高校3年の頃の担任は、僕が中1の頃、大学を卒業したばかりでした。つまりは今の僕とほとんど変わらないわけえですが、自分が中学1年生50人の担任になったりするかと思うとかなりぞっとします。当時、いろいろとうるさい先生だと思っていましたが、やはり生徒と対するのがなかなか大変だったのだろうと今ならわかります。
 先輩からは転職したという話を聞き、他にもしばらくあっていない先輩や他の部活仲間の消息などで盛り上がったのですが、みんな各方面で活躍しているのでほっとしました。
 だいたい、みんな「なるほど」というような分野に行っていますが、高校時代の部活仲間ってみんな割となんでもできるタイプなので何をやっていても納得してしまうかも知れません。
 さて、話は変わりますが、教職をとっている人間がみんな考えるのが、母校で教鞭をとる自分の姿だそうです。
 元々僕の出身校は、卒業して大学で教職を取り、教師として戻ってくる人間が多いのです。部活の先輩が教育実習として事業をすると言うこともあります。
 ただ、思い返すと中学高校では受験勉強が中心だったので学問的にこれというような授業ってほとんどなかったんですね。
 好きな先生はたいてい、人間的に好きという感覚で、授業がどうだったかはあまり記憶になかったりします。
 そうやって考えると、母校では教育者としての教師の役割ってけっこう希薄だったかも知れません。
 それでも一緒にマラソン大会を走ったり競歩大会を歩いたりして、行事などでも競い合った中です。今思えば、教師に対しても同じ学校の仲間というような感覚がありました。
 先輩とは数年ぶりにあったのですが、他の部活仲間と会うときと同様、久しぶりという感覚はまったくありませんでした。
 本人が変わらない、というのもありますが、根底に流れているものがみんなを結びつけているのかも知れません。
 例え学校がなくなってしまってもそれは変わらないだろうと思います。

1月5日

 久々の書感です。

「工学部助教授水柿助教授の日常」
 著者:森博嗣
 出版:幻冬社
 定価:1500円
 初版:2001年1月10日
 関連書感はこちら

 この本は小説です。
 実を言うと、この本を購入するときに持っていた予備知識はそれだけです。水柿助教授というのがどんな人物かも知らないし、どんな内容が書かれているかは調べようとも思いませんでした。そして定価を見ればわかる通り、この作品はハードカバーです。僕は基本的に本は図書館で読む質なので、あまり買いません。増して、ハードカバーならなおさらです。
 それでも購入した理由は、森博嗣という作家の信頼性がそれだけ高いと言うこと。第二に本の装幀が良くて、手に取ってみたかったと言うことです。
 さて、主人公は大学助教授の水柿君。彼と奥さんの須磨子さんが送る日常をユーモラスに描いたのがこれです。いや、実を言うと作者が意図してユーモラスに仕上げたのではないかも知れません。日常を観察して素直に描写すると第三者には笑えるものになるのかも知れない、と思わせるような文章です。
 ファンなら知っている事ですが、森博嗣は大学助教授。専門はコンクリートで、趣味は模型機関車とラジコン。そう、どう読んでも水柿君=森博嗣なんですね。
 文中でしつこいくらい「これは小説」と断っているのはもちろん、内容が必ずしもフィクションではないことを匂わせるためでしょう。
 大学に就職し、奥さんと結婚したころの作者の生活は今まであまり語られる事はありませんでした。ここで水柿君という半架空の人物を使っているのは作者の照れのようなものでしょうか?
 もっとも、森博嗣の事ですから半分ノンフィクションと思わせておいてほとんどフィクションだったりするのかも知れません。一応「日常」という題名ではありますが、物語の進行過程で水柿くんはミステリという言葉をキーワードに様々な思考を巡らせます。それがやがて、ミステリ作家水柿君を育てる……ということになります。
 ファンが解釈するならば、これはミステリ作家森博嗣の誕生物語というところでしょうか。誕生秘話、と言うとちょっと大げさになりますね。
 一応、この本は森ミステリを何冊か読んでいるうえに小説以外からも氏の知識を得ている人にのみお勧めします。
 もしかしたら何も知らずに読んでも面白い可能性は十分にありますが、僕は十文意予備知識を持っているのでその辺の感覚はわかりません。
 ファンなら絶対に買いの一冊であることは間違いないですけどね。

1月6日

 書感です。

「家族の絆」
 著者:鈴木光司
 出版:PHP研究所
 定価:1238円
 関連書感はこちら

 言わずと知れた「リング」「らせん」「ループ」の鈴木光司が家族について語ったエッセイ集です。
「マッチョなフェミニスト」を自称する鈴木光司は家で家事と子育てをこなしながら作家をする主夫です。
 エッセイというのは小説家にとって副業であると思っているので、軽く流していろいろな話を楽しめればと思って読むのが普通なのですが、この「家族の絆」はタイトルから見る通り、非常に真面目に書かれたもので、いろいろな事を語ってみようというよりは明確なメッセージを持って書かれたものです。
 鈴木光司がこだわるのが「父性」というもの。
 子供を育てるのが女性の役目、と言うのはもう古い考えだと誰もが知っていますが、それでもいざ、男性が子育てに参加するのは難しい。思春期になってからいろいろ話を聞いたりというのではなく、赤ん坊の頃から面倒を見なければならないというのが鈴木光司の主張です。
 もっとも、働いていて帰宅が夜10時になってしまったりする日本の社会ではなかなか実現できないこと。しかし、日本に前向きな力を与え、明るい社会にするためには子育てを支援するために社会そのものが変わらなければと言います。
 こういうことに関しては、様々な人が意見を持っているのでしょうが、やはり自分で実践している鈴木光司の言葉には説得力あります。
 さて、もう一つ面白かったのは鈴木光司の生い立ちです。
 小学生の頃の初恋の相手とついには結婚したり、中学生の頃に作家になろうと決めて本当に作家となってしまったり、端から見ると奇跡のような人生です。しかし、読んでみるとそれは運がいいだけの話ではなく、目的のためにはるか先を見て津腰ずつ努力をしていった結果なんですね。
「どうせうまくいかない」のではなく「うまくいくように努力する」という根本姿勢が「リング」や「らせん」などのヒット作をも生み出しています。
 人間にはそれぞれの生き方があります。だから鈴木光司のような生き方が必ずしもお手本になるとは限りませんが、少なくとも一つのあこがれであることは間違いないですね。

1月7日

 正月は暇だったのでゲームばっかりやっていました。
 せっかくなのでその紹介。

「WINBACK」
 機種:PS2
 製作:コーエー
 定価:7800円
 関連サイトはこちら

 あまりメジャーなゲームではないのですが、コーエーという会社には地味でも一定のクオリティのものを作るという安心感があるので暇つぶしに買ってみました。

 テロ組織CryingLionに奪取された攻撃用軍事衛星GULFを奪還するため投入された対テロ特殊部隊S.C.A.T.は作戦開始前の事故により、集合できなくなってしまう。独自の判断で単独潜入せざるを得なくなった隊員達。主人公、であるエースコマンドーのジャン=リュックの活躍が始まる……。

 ジャンル分けするならこのゲームは「ガンアクション」でしょうか。銃型のコントローラーを使うガンシューティングと潜入行動が主になる「メタルギア・ソリッド」のようなゲームの中間といった印象です。
 もともとポリゴンを使った3Dのこういったゲームは細かい操作が難しく、主人公視点でとにかく銃を撃ちまくるといった内容になりがちなのですが、このゲームは主人公の後方視点にすることで主人公のアクションと射撃戦をうまく両立させています。射撃&潜入という内容ではNINTENDO64に「007ゴールデンアイ」というゲームがありましたが、とにかく隠れながら消音銃で一人一人倒していくという「007」と違って「WINBACK」は中腰で障害物の影から影へと移動し、敵兵と遭遇したら物陰に隠れながら激しい銃撃戦を繰り返すアクション映画のような楽しみ方があります。
 操作は割と単純なのですが、壁にはりついたり障害物から飛び出したり、銃の弾倉を代えたりと多彩なアクションがあり、動きの良さもなかなかです。視点の切り替えが移動と別なスティックに割り当てられているため、動きながら周囲を見回せるなど工夫もされています。
 ゲームの主となるストーリーモードは難易度がやや高く、何度もゲームオーバーになったりしますが、繰り返すうちに流れるようなアクションができるようになって爽快です。
 ただ、主人公の腰の高さしかない障害物に進路を妨害されたり、敵側にも邪魔になるようなトラップがあったりと悪い意味で「ゲーム的」と感じる部分が多々あります。リアル路線が好きな人には障害かも知れません。
 さて、このゲームで特筆すべきなのはVSモード。
 おまけのようなものだと思っていたのですが、1対1で対戦してもただ打ちまくるだけではなくお互いに有利なポジションを確保して撃っては離れるという奥の深い戦闘ができます。
 ステージもよく考えられているので安全地帯などがなく、常に緊張が強いられて良いです。
 友達が何人か遊びに来たときに、マルチタップを買って4人で対戦してみたのですがかなりはまりました。
 なかなかこれといったゲームがなかったPS2ですが最近は新作ラッシュでいろいろ出ていますね。これはNINTENDO64からの移植作ですが、グラフィックもきれいで作りこまれた良質の作品という印象でした。

1月8日

 正月はいろんな特番がありましたが、中でも僕はNGを放送する番組が好きです。プロスポーツの珍プレー好プレーなども好きなので要は人の失敗を見るのが面白いということですね。
 テレビ番組のほとんどって録画、編集されているわけですが放送されるまでにどれだけの失敗があったかと思うと普段見ているだけでもいろいろ想像していまいます。この長台詞はNGたくさん出しただろうな、なんて考えながら見るのは邪道でしょうか?(笑)
 ジャッキー・チェン主演の映画を見に行くと、エンディングテーマと共に撮影中のNGシーンが出てきます。これもかなり好きなのですが、笑えるものばかりではないですね。失敗が即大怪我に繋がってしまうようなものばかりなので、映画を作るまでの苦労がしのばれます。
 ドラマ撮影で台詞を間違えたり、順番を間違えて喋ったり間が空いたりというのがスタンダード。たまに全然違う言葉が出てきたりするのが自分としてはかなりヒットです。
 日常生活でも言おうとして全然別な言葉が出てしまうことってないでしょうか?
 そういうときって、自分の思考過程を追ってみたりします。
 間違えたからにはなんらかの理由があるんですよね。そういうのを追っていくと、なんとなく自分の脳がどういう神経回路を持っているかわかるような気になれます。人の間違いの場合も同じです。何故間違ったかというのを想像するととても楽しい。そういう意味ではプロスポーツの珍プレーなどってその場で終わってしまいますけどね。あちらの場合は、肉体が完全に思い通りにはならなところが面白いわけです、たぶん。
 NG大賞と言っても、見ていてどれが大賞を取るかって全く興味の対象外です。気にしている人っているのでしょうか?
 まあ、ただNGを流しているだけでは番組に閉まりがなくなってしまうからでしょうね。閉会のあいさつなどと同じようなものだと思ってます。
 さて、実は20世紀の最後に期待していたのはNHKのNG公開。
 NHKってそういう番組をやったことはないですが、せっかくだから20世紀のNGを厳選して放送して欲しい。
 特に大河ドラマとか朝の連続テレビ小説、あとはNHKニュースなんかがいいですね。NHKならお笑い番組やNG番組などを作っても一工夫してくれるんじゃないかと思うのですがどうでしょうね。

1月9日

 年賀状をきっかけに、小学校の時の同窓会の話が進んでいます。僕は中学が地元じゃなかったので、地元友達の交流ってほとんどなく、もし同窓会をやるなら十年ぶり以上になる人がたくさんいます。僕の小学校の卒業生はみんな同じ中学に進むので中学で同窓会などがあると、小学校のメンバーがみんな集まってしまうんですね。だからあまり小学校の同窓会というのは需要がないわけです。
 年末は高校の部活仲間と会ったりしていましたが、なんとなく高校のメンバーとのつきあいってこれから先もずっと続いてしまうような気がするんですね。みんなネットをやっていて、メーリングリストなどを作っているため連絡も簡単に取ることができます。
 もちろん、小学校のときの同級生なんかすぐ近くに住んでいるわけですから会うのなんて簡単。偶然に会ったりもするだろうと思うのですが、これが意外と会わないんですね。僕の家の向かいにも一人同級生が住んでいるのですが、もう何年か見ていないような気がします。家の入り口が向かい合っていればずいぶん確率も上がるんでしょうけどね。
 それはさておき、僕と同じように地元の中学に通っていないクラスメイトがいるのでその人と相談してミニ同窓会を企画中です。みんなが今、どうしているのかってけっこう気になっていますね。あと、小学校の時の想い出話などするのがとても楽しみです。しかし、思い返してみるとその頃の事ってそんなにいい想い出はないかも。恥ずかしくなるような事がたくさんあります。そもそも、子供時代の自分って人間として恥ずかしいですね。どこにだしても恥ずかしくないような子供ではなかったような気がします。
 当時は自分で大人っぽくふるまっていたつもりでも、実際先生なんかの目から見たら生意気な子供に過ぎなかったんでしょうね。それを考えると昔の話は怖いです。同窓会に先生なんかが混じるとよけいに。
 これから何年か先、例えば今の事を思いだして恥ずかしくなるような自分ではいたくないものですね。子供の頃には未来に自分が過去を振り返るなんて考えもしませんでしたが、今は先の自分の目を意識しているので少しはましかも知れません。

1月10日

 書感です。

「宮部みゆきの謎」
 著者:野崎六助
 出版:情報センター出版局
 定価:1200円
 初版:1999年6月3日
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 これは宮部みゆきの研究書です。
 思えば僕は、デビューしてそんなに経たない頃から宮部みゆきを読んでいました。この本の巻末にある著作リストを見ているとずいぶんと多くの本を出しているものです。決して方にはまらず、様々な趣向を凝らして読者を楽しませる作家です。
 実を言うと、この本を借りたのはちょっと失敗だったかも知れません。著者の野崎六助はけっこうな宮部ファンらしく、批評家と言うよりはファンの立場で本を書いているような印象があります。そうなると同じファン、読んで感じる事も僕とそんなには変わらないし、分類の仕方などもなんとなく似ているものですね。だから、読んでいて当たり前と感じるような部分が多くて隅から隅までは楽しめません。
 それでも、レイモンド・チャンドラーのハードボイルド小説やスティーブンキングと宮部小説の比較など、豊富な知識を持ったプロならではの視点などもあり、面白い部分は面白いです。
 10年前に読んだ作品を懐かしんだり、読み落としてしまった部分に感心したりという部分もありました。
 実は僕は宮部作品を全部読んではいません。基本的に読み尽くしてしまうというのが好きじゃないからなのですが、解説の中にはネタバレしてしまう部分もあるので、そういう部分は飛ばして読んでいます。
 こういう本って基本的には宮部作品をすべて読み尽くしてしまい、何度か再読もしてしまったファンが読むためのものですね。そういう意味では僕はちゃんとしたファンじゃないかも。
 ただ、読んで再確認したのは、宮部みゆきという人が実に多彩で全方向に渡って弱点というものがあまり感じられない作家であるということですね。逆に本格ミステリファンなどにしてみれば物足りない部分があるかも知れませんし、今ひとつ強烈な押しなどはないような気もします。しかし、思いだしてみると話の細かい部分が落ちてしまっていても、作品の根底となる部分はしっかり自分の中に残っているんですね。
 未読のもので読みたくなった本もたくさんあります。
「理由」「クロスファイア」「スナーク狩り」「レベル7」などはけっこう有名な作品ですよね。図書館に行けばいつでも借りられるものばかりなのです。
 再び自分に宮部みゆきブームがやって来るかも知れません。

1月11日

 書感です。

「ニッポンおみやげ紀行」
 著者:泉麻人
 出版:大和書房
 定価:1700円
 初版:1997年7月31日

 コラムニスト、泉麻人が日本の各地でおみやげを買い、それについてレポートした本がこれです。
 読んでいて笑える記事を集めた「B級ニュース図鑑」やひたすら地下鉄について書いた「地下鉄の友」など泉麻人の本はいつも視点が面白いです。一見ばかばかしいと思えるテーマを扱った本はたくさんありますが、そういうテーマだからこそあくまで真面目に分析する作家はそんなにいません。テーマが笑えるというだけでは結局、面白くないんですね。
 この「ニッポンおみやげ紀行」は読んでいて納得したり役に立つと思える部分もありながら、どうも作者が「イマイチ」と感じるようなおみやげを求めているというのが感じられるのがいいです。
 旅行などでおみやげに困る事ってありますよね。
 僕の場合、昔から修学旅行や合宿などではいつも土地の名前が入った提灯を買っていました。食べ物にしないのは残らないのを嫌ったためなのですが、結局のところたいていのおみやげって後で邪魔になるだけです。それだったら、それぞれの土地でお菓子などを買って味わった想い出だけ取っておけばいいわけです。ただおいしいだけでなく、後でまた話題になるようなものがいいですね。
 そんなおみやげを求めて泉麻人はとにかくいろいろなものを買っています。それらの一つ一つにつけられた佃双葉のイラストと解説を見ると、なかなか気になりますね。
 さて、僕は札幌の出身で、北海道のお菓子はおいしいといつも主張していました。地元びいきかなという意識もあったのですが、どうやら泉麻人のコメントを読むと本当においしいらしいですね。札幌と言えば白い恋人が有名で、確かにあれはおいしいお菓子ですが、実際に行ってみるとそんなものはかすんでしまうくらいいろいろな物があり、中でもマルセイバターサンドと六花亭のお菓子、ロイズのチョコレートは絶品です。北海道限定の夕張メロンポッキーなどもあります。
 話を戻しますが、各地の限定ポッキー、プリッツの一覧表も載っていてなかなかマニアックでした。
 こういう本って、何より著者本人が楽しんでいる姿勢が企画を楽しくするんですね。ただ本を出すために何かを考えるのではなく、いろんな事に楽しみを見いだしていける泉麻人のような人は大好きです。

1月12日

 新年ですから、いろいろと番組が変わりましたね。
 僕は新しいドラマをチェックするような熱心さってまるでなくて、たいてい数話目になってから面白いと周囲に言われて見る事が多いです。今までで一番惜しかったのは「踊る大捜査線」を最後の数話しか見なかった事でしょうか。後から再放送があったので一応一通りは見ていましたけどね。
 たいてい新番組がどういうものかも知らず、実家の居間でなんとなく眺めていてそのまま見るようになるのがほとんど。
 何故か大河ドラマだけはしっかり情報が入るのですが、これはNHKを見る頻度が高いためでしょう。
 一時期、あまりテレビを見ないのは新聞が手元になく、その日の番組を調べる事ができないためだろうと思ってテレビ番組の情報誌を買ったのですが、結局それも一度だけ。考えてみればいろいろする事があるのにわざわざテレビで時間をつぶさなくてもいいですよね。
 テレビだけに集中していることって、ほとんどないです。落ち着きのない性格だからか、受動的なジャンルは苦手です。本を読むときは自分の意志で先に進めているからいいのですが、テレビや映画は情報伝達のスピードが実時間に固定されてしまうので好みじゃないのです。
 だから、ビデオで映画を借りて見るって事もほとんどないのですが、映画は見に行きます。周囲は暗いし、動き回る事もできないので映画館では映画に集中します。恐がりの人とホラー系の映画を見に行くといちいち同行者の反応を確かめる事になってしまうかも知れませんが(笑)
 もっとも、僕がテレビに集中しないのは別に面白くないからではないです。面白くない番組だったらそもそも、何かをしながれでも見ません。消してしまいます。
 どうも、何かの最中でも他にできる事があるとそちらに神経が行ってしまうようです。貧乏性なのかも知れません。
 電車の中で本を読んでいても、例えば駅を過ぎてしまったりすることってまずないです。周囲の人が面白い会話をしていればつい聞いてしまいます。
 仕事や勉強に集中しているように見えるときでも、実はいろんな事を考えている事が多いです。ただ、いろいろな事に気が向くよりも勉強をしながら別な考えに集中する(変な言い方ですが)方が効率はいいです。考えていたからと言って、別に勉強がはかどらないわけではありません。
 逆に、考え事が浮かんで来ないような時は勉強の方にも集中していません。
 まあ、自分の性質って自分ではなかなか計れないものなのでしょうから、こういうのって思い込みかも知れませんけどね。
 それでも自分のスタイルからは離れがたいものです。

1月13、14は旅行のためお休みしました。

1月15日

 書感です。

『たけまる文庫 謎の巻』
 著者:我孫子武丸
 出版:集英社文庫
 定価:476円
 初版:2000年7月25日
 関連書感はこちら

 ゲーム『かまいたちの夜』のシナリオや小説『殺戮に至る病』などで活躍する我孫子武丸の短篇集です。
『謎の巻』と『怪の巻』二冊になっており、それぞれミステリとホラーを集めたものになっています。
 我孫子武丸は『殺戮に至る病』のイメージがあまりに強く、容赦ない描写で読者をいじめる作家という先入観を待って読みました。
 そうしたらなんと、想像以上です。
 この人の短篇には安心というものがまるでなく、常にそれまでの状況がひっくり返されるのではないかという緊張感があります。
 ジェットコースタームービーと呼ばれる映画のようですが、2時間映画よりも15分で読み終わる短篇の方ジェットコースターという名にふさわしいかも知れません。
『殺戮に至る病』は緻密に練り込まれたプロットによって最後の驚きヘ導くような小説ですが、こちらはより大きい力で引っ張っていくという感じ。
荒削りなところも未熟さよりエンターテインメント性を引き立てます。
 短篇集は一冊でも作家の色々な面を見せてくれます。しかし、我孫子武丸はまだまだ多くのものを隠していそうです。


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