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3月1日

 書感です。

「夜の風見鶏」
 著者:阿刀田高
 出版:朝日文庫
 定価:500円
 初版:1999年3月1日

 阿刀田高のエッセイ集です。この人の本を読むのは初めてなのですが、どう紹介していいのか困ります。読みやすく、面白く、まさにエッセイのお手本のような存在です。新聞の日曜版に掲載されていたというのも実に納得。週に一度の楽しみとして読めそうです。
 だからこそ、何を取り上げていいのかわかりません。名人芸を素人が語るのは難しいという事かも知れませんね。
 作家ってやはり交友関係や住んでいる社会などが一般人と違うので、日常生活を書いていくだけでも読めるものになるのでしょうが、阿刀田高は本当に普通の人の視点で書いていると感じられます。本が好きな面白いおじさん、というところでしょうか。
 近くのものを面白く書ける人にはいつもあこがれます。
 面白く書ける、というのは本人がそういったものを面白く感じているのは当然の事。そして、それを人に伝えるだけの力がなくてはいけません。
 日常にはいくらでも面白いことが転がっているんですね。新聞を読むにしてもテレビを見るにしても、その内容を受け止めるだけではなくちょっと突っ込んでみるだけで、逆に自分の世界に取り込む事ができるわけです。
 エッセイは人を読むものだと昔から思っていますが、阿刀田高に関しては広すぎると言うか、自分を出さずともこういうものが書けてしまうような気がします。まだまだ得体が知れない人ですね。
 とりあえず次は代表作の「ナポレオン狂」あたりを呼んでみようと思っています。
 さて、書き忘れていましたがタイトルの「夜の風見鶏」は、あちらこちらにくるくると視線が向くという意味の風見鶏らしいです。「夜の」には全く意味がないと事ですが、暗くなって誰も見ていないところでもきょろきょろとしている様子を想像してしまいます。

3月2日

 書感です。

「あずみ 21巻」
 著者:小山ゆう
 出版:小学館ビッグコミックス
 定価:505円
 初版:2001年4月1日
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 小山ゆうの絵はどうも好みではないのです。この人の絵って昔から全然変わりません。うまくはないと思います。コミックは絵の好みって重要ですよね。それでも買い続けてしまうところがこの作品の魅力の高さを示しているのでしょう。

 隠密として北国の内乱を事前に治めるため、派遣されたあずみ。平和だった土地に戦なしでは生きていけない侍達、理想の国家を作るという野望を持った若者、そしてカリスマを持ったキリシタンの少年……。主導権を握っているのはいったい誰なのか?

 あずみは天下の平安を守るという大義名分の元、隠密として派遣されます。しかし、そこであずみはあまりに無力だった。
 自分が何を信じ、何を守るべきなのか、何が正しいのか。それまで敵か味方かしかなかったあずみにはそれを判断することが難しい。何がいけないことなのかはわかっても、何がいい事なのかはわからないのです。
 かつての友、俊二郎が権謀術数によって理想の国を作ろうとする姿に衝撃を受けながらも刀により理想の実現とどう違うのかと問われれば反論することはできません。
 毎回、絶望的とも思えるほどのピンチを迎えているため、物語を呼んでいく上でどう切り抜けるのかという興味はなくなってしまっています。ですが、あずみの葛藤に決着がつく事はありません。一つのエピソードが終わっても、それは止むことなく積もっていきます。
 だからこそ、次も呼んでしまうのでしょう。

3月3日

 書感です。

「月下の棋士 31巻 歴史」
 作者:能條純一
 出版:小学館ビッグコミックス
 定価:505円
 初版:2001年4月1日
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 ついに始まった氷室と滝川の名人戦。
 コミックスにして30巻、作品内時間で6年。長い道のりを経てようやくここまでたどり着きました。
「月下の棋士」にこれまで登場した棋士たち一人一人の将棋にかける人生はそれぞれ強烈でしたが、物語の一瞬一瞬を輝いた彼らに対し、氷室と滝川は自らを燃やし続けてきています。
 目の前に何があっても、二人の目標はお互いを倒す事です。
 誰よりも将棋を愛し、将棋に愛されている氷室は勝ち続けることに意味があり、将棋に限っては負けることで得る物はないと言い切ります。途中、幾度も将棋というものを見失い、その度に駒の声を聞いて復活してきた氷室は、直前の佐伯宗光との戦いにおいて。それまでの将棋を一つ越えたと思えるほどの強さを誇っています。
 常に自分の全てをかけているからこそ、相手の全てを変えてしまうほどの将棋を打つ氷室。定石を無視した打ち方や傍若無人な態度は作戦や駆け引きではなく、ただ自分というものを貫き通した結果なのです。
 一方の滝川は名人は神だと言います。
 だから名人は負けない。怒りも恐れもない。そして自分こそが名人だと最初から確信しているのです。
 しかし、実際の滝川には怒りも恐れも、悲しみもあります。
 そういったものを押し殺し「名人だから」と自分に言い聞かせて生きているのです。
 滝川の強さは凄まじく、氷室以外の人間を寄せ付けることすらありません。かつて一度だけ二人は対決していますが、圧倒的に不利な状況からも最後は滝川が執念で勝ってしまうのです。その様子はまさに奇跡と言う他ないくらいでしたが、滝川はいっそう自分が神だと確信します。
 氷室は対決するとき、常に相手を自分と同じ所に立たせようとします。将棋に賭けていない人間には賭けさせる、将棋を愛していない人間には愛させる。
 果たして、氷室は滝川をどうするのでしょうか。
 これまで語れていない滝川にとっての将棋というものも気になります。次の巻がおそらく最終巻になるのでしょう。
 これまでの締めとして、能條純一はきっと驚くべき結末を用意しているはずです。

3月4日

 書感です。

「Sedney!」
 著者:村上春樹
 出版:文藝春秋社
 定価:1619円
 初版:2001年1月20日
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 村上春樹がシドニーオリンピックの大会期間中当地に滞在し、見聞したものを書いたのがこの「Sedney!」です。
 連載されたのはスポーツドキュメント誌「Number」
 ジャーナリストではない氏がちょっとひねくれていながらも一般人に近い視点でオリンピックを語ります。
 冒頭には1996年アトランタオリンピック女子マラソン銅メダルの有森裕子の独白風レポートとシドニーオリンピック男子マラソン日代表、犬伏孝行へのインタビューがあります。
 選手達のオリンピック、現地シドニーの人々が見るオリンピック、そして村上春樹のオリンピック。
 どの視点からでもオリンピックというものが巨大なイベントであることに変わりはありません。しかし、その感じ方はまるで違うのです。
 選手達にとっては毎日が競技生活です。毎日、競技のために練習を重ね、試合を繰り返して人によっては世界と戦います。
 オリンピックの種目になるような競技は当然のこと、世界に広がっているし世界大会も定期的に行われているわけです。
 しかし、オリンピックは4年にたった一度。その時でなければ人々が見向きもしない種目はいくらでもあります。
 一般的に「オリンピックには魔物が住む」と言います。
 いつもの競技生活と同じように力を発揮し、オリンピックでメダルを取れるような選手は稀です。何故オリンピックが特別なのか。強い者が勝つというごくシンプルな世界であるはずなのに、オリンピックを見る人はそこにドラマを求めます。
 常勝のはずの選手が調子を崩したり、注目されていない選手が突然にメダルを取ったり……。
 本来は大会の一つに過ぎないはずのオリンピックは、時に人の人生まで変えてしまいます。
 そういったものを村上春樹は報道とは違う立場で見ていきます。期間中には選手へのインタビューなどもまるでないので、多くの部分は想像だったりもします。しかし、逆を言えば普通の視聴者であっても出てくるかも知れない考えですよね。
 氏は、オリンピックは退屈の連続だと言います。
 どこを見ても、様々な競技で勝った負けたが繰り返される。
 競技を知らない人々がそれを見て騒ぐ。
 しかし、見る価値がないわけではないのです。
 4年に一度の特異点。圧縮された時間と空気。
 退屈ではあっても、それは日常の退屈とはまったく違うのですからね。
 さて、この本はもう一つ、オーストラリアの観光レポートのようでもありました。かなりいいところだという印象を持ちました。
 でも、行くなら駆け足の観光ではなくて何週間か滞在してみたいものです。

3月5日

 書感です。

「MONSTER CHAPTER 16. WELCOME BACK」
 作者:浦沢直樹
 出版:小学館ビッグコミックス
 定価:505円
 初版:2001年4月1日
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 逃亡者、ケンゾー・テンマ。
 9年前に救った子供が、おそるべき「怪物」に成長していると知った彼は無実の罪に追われながら「怪物」ヨハンを追い続ける……。

 決して表に出ず、静かに広がっていくヨハンの力。
 彼の持つ「怪物」は恐怖と安心によって人の心を支配してしまいます。その目的が何かはまったくわからないまま、テンマはヨハンの足取りをたどります。
 一方、ヨハンの双子の妹、アンナもまた、自分の過去を追うことでヨハンに追いつこうとし、アンナとテンマの足跡を追ってまた多くの人々が真実を追い始めています。
 天才外科医であるテンマは、人を救うためにメスを握っていました。しかし、その技術は人のためでなく病院のために使わされているということに気づいた彼は、VIPの手術よりも、先に運ばれてきた瀕死の少年を助けます。
 生命は平等だという想いから助けた少年が、多くの人間を操って恐ろしい世界を作ろうとしていると知った時の彼の苦悩はまた、自信をも変えてしまいます。
 気の優しい気弱な人間だったテンマはいつしか隙のない、眼の鋭い人間になっていました。しかし、彼はやはりぎりぎりのところで冷徹にはなりきれません。たとえヨハンを殺すためでもそれ以外のいのちを奪うことはできないし、目の前で失われようとする生命を放って置くこともできないのです。
 ヨハンの「怪物」が多重人格の一つであるかも知れないという疑惑のある今、果たして彼は本当にヨハンを殺せるのでしょうか?
 一方、ヨハンを追うことで自分の過去を少しずつ思いだしていくアンナ。彼女もまた、ヨハンと同じ「怪物」をかかえているかも知れないのです。
 長く続いてもまったく飽きさせず、緊張感を失わずに物語を展開していくのはさすが浦沢直樹。これを書きつつ、20世紀少年を連載していたというものまた凄まじい話です。
 MONSTER、まだまだ続きそうですね。しばらくは楽しませて欲しいと思います。

3月6日

 ゲームのレポートです。

「Z.O.E & METALGEAR SOKID 2初体験版」
 機種:PS2
 販売:コナミ
 ジャンル:ロボットアニメシミュレーター
 価格:オープンプライス(6280円で購入)

「メタルギアソリッド」で大ヒットを飛ばしたKCEJのアクションゲームです。

 22世紀の木星コロニーで起こった軍事組織と連合宇宙軍の戦闘に巻き込まれた少年は、偶然乗り込んだオービタルフレーム「ジェフティ」と共に戦いの中へ乗り込んでいく……。

 ロボットもののゲームが好きで、スクウェアの「フロントミッション」や「機動戦士ガンダム」「アーマードコア」などずいぶんいろいろやっています。今のところ「アーマードコア」シリーズを越えるようなものはないと思っていますが、操作の爽快感で言うならこの「Z.O.E」はかなりのもの。
 簡単なボタン操作ながら3次元の空間を自由に飛び回り、敵を倒すのが楽しいです。
 キャラクターデザインがやや古くさいとは思いますが、独特の味があるメカや世界観などがいい雰囲気を醸し出して、ゲームの世界に浸れます。
 ストーリーなどもややありがちという感がありますが、総合的にはかなりの高得点です。
 どちらかと言えば細かいテクニックを駆使するゲームではなくて、反射神経と感覚によって間断なく戦い続けるという方向です。ただ倒すだけではなく、民間人が残っている建物を避けて被害を押さえるというファクターもあります。
 ただ、あまりに残念なのが短すぎること。
 クリア時間はわずか2時間30分です。「鬼武者」もそうですがシステムを作るのに精一杯なのでしょうか。ストーリーも途中で終わってしまっているのでおそらく次回作はそれなりのボリュームで出してくると思われます。でも、2時間半のゲームに6000円以上出すのはちょっともったいないですよね。
 さて、同梱されているのが「METALGEAR SOLID2」の体験盤です。ムービーを使わず、あくまでゲーム中のポリゴンキャラだけでゲームを作っていくという方針は前作と同様なのですがそれがPS2になって大きく進化しました。もはやゲームということをまったく感じさせません。PS2のポリゴンだけで映画が作れそうです。ゲーム的にも自由度が上がっているしより「潜入ミッション」という感覚が楽しめるゲームになっていると期待します。
「Z.O.E」質は高いのですが、ユーザーの満足と言う意味ではまだまだでした。これからに対する先行投資と考えたいところですが、これで他のゲームが売れなくなったらいやですね。

3月7日

 さて、花粉症の季節がやってきました。
 去年のメールを読み返してきるとやっぱりこの時期に花粉症云々という事が書いてあるので毎年恒例ですね。
 花粉症、もうくしゃみと鼻水なんていう生やさしいものではありません。
 鼻がつまって呼吸はしにくくなるし、眼がかゆくて視界がゆがみ、頭が熱っぽくてぼ〜っとし、下手をすると真っ直ぐ歩けないくらいになってしまいます。
 もはやそうなってしまうとまともに思考をすることすらできません。ベンザ鼻炎用カプセルである程度は押さえられるのですが毎日飲んでいたら効かなくなってしまうので、やはり医者に行って薬をもらうのが一番です。
 去年、友達から「花粉症には甜茶が効く」と言われていたのですが試さずに終わってしまったため、今年は季節が来る前に買っておきました。
 体質などにもよるでしょうからあまり期待せずに煎じて飲んでみたら、これがあまりに効くのでびっくりです。
 甜茶って聞き慣れないかも知れませんが、味は割と紅茶に似ているかも知れません。砂糖を入れなくてもほんのり甘く、飲みやすいので朝晩に飲むことにしました。
 飲んでいる側から鼻の通りが良くなる感覚があって、本当にそんなに効くものだろうかと疑ってしまうほどです。
 まあ、薬は効くと思えば効くものですし、こういう場合は騙された方がはるかに得です。
 もう一つ効くと言われているのが鼻うがい。
 簡単に言えば、鼻に水を通して鼻を洗浄するわけですね。
 しかし、これはなかなかうまくいきません。あまり積極的に試す気になれないのも事実です。花粉を洗い流してしまえばいいという理屈は最もなのですが、誰しもプールやお風呂で鼻に水が入って苦しい思いをしたことはありますよね。
 以前、さくらももこのエッセイを読んでいたら、どうしても治らなかった水虫がお茶の出涸らしで治ったという話がありました。あまり深く考えずに害がなさそうなものは片っ端から試してみるのっていいかも知れません。僕も早いうちに甜茶を試していたらずいぶんと時間を無駄にしなくて済んだのに……と今さら言っても遅いですけどね。

3月8日

 書感です。

「黒祠の島」
 著者:小野不由美
 出版:祥伝社ノンノベル
 定価:886円
 初版:2001年2月20日
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 小野不由美、待望の新刊です。今回はミステリ。
 ちなみに小野不由美と綾辻行人は夫婦で、考えてみればすごい組み合わせですよね。

 行方不明となった作家、葛木志保の足取りを追った仕事上のパートナー、式部剛は「夜叉島」という小さな島にたどり着いた。そこは、明治政府の祭政一致政策にも取り込まれなかった黒祠神社の信仰が残る土地だった。
 嵐の夜に発見された死体。パートナーは果たして誰に殺されたのか?

 古い因習に阻まれながらも式部は捜査を開始する……。
 孤島や古い因習、島を支配する一族……。まるで横溝正史の世界ですね。今時、こういったものを書こうとする人はかなり珍しいのではないでしょうか。横溝の書く金田一のような世界はもはやファンタジーです。
 しかし、小野不由美の手にかかれば、そのファンタジーは現実感を伴った世界に書き代わります。
 ホラー小説「屍鬼」でも山奥の村を舞台にそこを蝕む存在をリアルに描いていました。小野不由美が作り出す人間関係はキャラクター単体ではなく、複雑な人間関係を綿密に描写することによって、集団として生きてきます。
 主人公の式部剛には強い個性がありません。彼はあくまで読者の代理であり、得に鋭い推理をするわけでもなければヒロイックな言動をするということもないのです。
 とにかく地道に島をまわり、話を聞いて自信の推理を組み立てていきます。
 この小説の主人公は、むしろ島の方かも知れません。式部はあくまで視点を提供するに過ぎないのです。古い因習に支配された島、という設定は取り立てて新しい物でもなく、推理小説の常道として読み流されてしまう可能性もあります。
 しかし、式部の眼を通して一つ一つ丁寧に語られるとそういったものをばかばかしいと思いつつも、それに対してだんだんと逆らいがたい迫力を憶えるようになります。
 純粋に推理小説としてみたとき、多少物足りないものはありました。前半の方で読者が感じるであろう疑問に式部がまったく気づかず、最後の方になってようやく思い当たるというのが読んでいてまどろっこしかったです。
 しかし、殺人事件ではなく島そのものの謎を追うという方向性で見れば見事な最後に仕上がっていると思います。
 夜叉島は現在まで生き残ってきましたが、こうした事がこれまで日本の各地で起こっては消えてきたのかも知れないと想像してしまいます。

3月9日

 書感です。

「ヒカルの碁 11巻」
 原作:ほったゆみ
 作画:小畑健
 出版:集英社ジャンプコミックス
 定価:390円
 初版:2001年3月1日
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 ついにプロ試験も大詰めとなった「ヒカルの碁」
 これまで共に歩んできた院生の仲間たちとの対極は熾烈を極めます。塔矢アキラという大きな目標の前に、プロ試験では全員がライバル。共に碁会所を回って鍛えた和谷、先輩の伊角と戦績は横並び。強い物が残るというルールが重く彼らにのしかかります。
 家の碁盤に憑いていた平安時代の棋士、藤原佐為の霊に鍛えられ、ヒカルは驚異的な実力を身に付けていきます。
 対局の中で相手の打ち筋を見極め、相手の気持ちになってその手を読むヒカル。そして、自分の手に詰まると今度は佐為の手を考え始めます。
 元々、ライバル塔矢アキラを打ち負かしたのはヒカルに憑いていた佐為の方です。塔矢はそれによってそれまで以上に碁に打ち込み、真人ながら20連勝という記録をうち立てます。
 プロ試験の段階で苦戦し、本戦でも3敗しているヒカルとの差は大きい。しかし、それでもヒカルの碁は塔矢アキラに意識させるだけの何かがあるのです。
 さて、無知な少年が碁を学ぶという漫画から本格囲碁漫画になってしまった「ヒカルの碁」ですが、ちょっと気になるのがヒカル自身の碁に対する想いですね、
 塔矢アキラに対するライバル意識から碁に打ち込むようになった彼ですが、徐々に碁の面白さを理解するようにはなります。しかし、プロにまでなろうとしているのに、ヒカルがどれだけ碁が好きか、という事はほとんど語られません。
 この漫画はつい「月下の棋士」と比較してしまうのですが、あちらの主人公、氷室将介は何よりも将棋を愛する人間です。
 将棋を愛するが故に強い相手を求め、プロ最高峰の名人を目指す氷室に比べると、ヒカルの動機は薄弱にも思えます。
 これからプロデビューし、思うようにいかなくなったらそうしたことで一つの壁に突き当たるのかも知れませんね。
 その辺は作者に期待します。

3月10日

 パソコンを使う人なら、企業のユーザーサポートを利用したことあるかも知れませんね。僕はそれなりにPC関係は強いですが、ある程度考えてわからないことはサポートに問い合わせるようにしています。こちらの状況などを詳しく説明すればけっこうきちんと答えが返って来きます。
 サポートは新入社員が研修でやったりする事など多いらしいですね。どんな質問やクレームが来るかということを知っておくと役に立つでしょう。
 さて、最近そのユーザーサポートにお世話になりました。
 実家で古い(7年くらい前の)Macを引っ張り出して母親がメールをすることになりました。当然ですがOSもソフトも古いです。設定も面倒だったりします。それでも昔使っていたものなのできちんとできるはずでした。昼から父親が設定をしていたはずなのですが、夜9時前にアルバイトから帰ってみるとまだ苦戦していました。僕も一通り確かめてみたのですが、どこも間違っている様子がありません。時計を見たら8時55分だったのでそこは迷わず、so-netのユーザーサポートに電話してみることにしました。
 サポートセンターっていつ電話してみてもつながらないという印象があるのですが、一回でつながり、ガイドにしたがって番号を押していくとMac担当の人が出たので、こちらの状況を説明しました。ログインは出来るのにメールサーバに接続できないという現象で、すぐ答えが返ってくるかと思ったのですが向こうにも手順があるらしく、一つ一つこちらの設定を確認してきました。
 たぶん、データべースのようなものがあって、様々な状況下での設定画面を出していたのだと思います。相手は中年の男性で、かなり丁寧で落ち着いた印象。若い人が出ると思っていたのでかなり意外。向こうの言う通りに操作し、再起動などしていると待ち時間には細かい解説などをしてくれます。当たり前と言えば当たり前ですがかなり詳しいです。マニュアルを見て答えているというようなものではありません。
 結局のところ、設定ファイルの一つが壊れていたために正常にメールサーバにアクセスできなくなっていたようです。
 こちらの設定ミスではなかったのでわからなくても仕方はないですが、電話で状況を判断しながら的確に対処法を判断していく手順にはかなり感心しました。
 サポートセンターって地味で大変な仕事かも知れませんが、何かあったときには企業の顔となるので実は重要ですよね。
 僕自身はODNを使っているのですが、今回の件でso-netに対する評価が格段に上がりました。
 もちろん、全員が全員こういった優秀な人ではないかも知れませんが自分の経験が一番信じられますからね。
 プロの仕事というものを体験した30分でした。

3月11日

 書感です。

「崩れる ー結婚にまつわる八つの風景ー」

 著者:貫井徳郎
 出版:集英社文庫
 定価:533円
 初版:2000年7月25日

 この本、北村薫の「謎のギャラリー」で推薦されていました。推薦された作品は山のようにあるのですが、たった一語のこのタイトルが印象深かったのでメモしておいて図書館で借りました。と、いうわけで作者に関しては何の予備知識もありません。まったく余談ですが、文庫版のカバーデザインには京極夏彦 with Fiscoとあります。
 さて、サブタイトルの通り「結婚」をキーワードにした8つの短編が収録されています。
「結婚」という言葉からはいろいろなドラマが想像できますよね。世間でも色々話題になります。しかし、現実に溢れているだけに書くのは難しい題材でしょう。
 表題作の「崩れる」はその名の通り、過程の崩壊を描いた作品。誰もが想像する通りの筋なのに、主人公の主婦の心理を読んでいくと冷や汗が出ます。他にも昔の恋人から電話がかかってくるという「怯える」や公園デビューで悩む主婦を描いた「誘われる」など題材は多彩。不倫やストーカーなどを扱ったものもあります。
 全体的に言えるのが、作者は男性なのにも関わらず、女性を主役にした話の方が臨場感があるということです。「崩れる」と「誘われる」はどちらも主婦の孤独や不安を描いたものなので、読んで恐ろしくなるのは男性の方かも知れませんね。
 8つの短編ってどれも結婚の恐ろしさがテーマのような気がします。著者が独身かどうか気になるところです。小説すばるに作品が載ったのが95年前後。著者が1968年生まれですから書いた当時は26、7歳くらいですね。微妙な年齢です。
 そのくらいの歳だと同年輩の人間が結婚したりしなかったりといろいろあるでしょうから、聞いた話などを元にいろいろ考えたのかも知れません。
「崩れる」が怖いのは、描写が克明なためです。恐怖に形はありませんが、ホラーやサスペンスは作中の人物だけでなく読者に恐怖を与えなければならないので、できるだけリアルに書いて読者に想像させるのが良いのでしょう。
 もっとも、「結婚」がテーマでは読んだ後も現実に戻ってほっとするというわけにはいかないでしょうけどね。

3月12日

 携帯電話を機種交換してきました。
 実を言うと1ヶ月ちょっと前にDOCOMOのP501iからNM502iに変えたばかりです。一応、数字の大きい方が上位機種という事で性能が良いはずなのですが、パナソニックのP501iに比べるとNOKIAのNM502Iはあまりに使いにくい。キーが押しにくいなどの機械的な事に加え、メニューの並びも工夫されていないし通話時の音も悪いです。携帯電話って実機で操作感覚を試してから使うというわけにいかないので、こういう事があり得るわけですね。NM502iの唯一の利点は、赤外線通真によって僕が常用しているPalm互換の携帯端末、VISOR DELUXEとアドレスやメールなどのデータをやりとりできることでした。また、NM502Iはモデムなどを必要とせず、単体でPalmをネットにつなげることもできます。
 ところが、1月に出たDOCOMOのP503iも赤外線ポートを装備していてネット上のレポートを読むとやはりPalmとアドレスの交換ができるとの事。こうなると、NM502iに変えたのがバカバカしくなってしまいます。値段が3万円前後と高いうえに、使用10ヶ月未満だとさらに料金がかかるのがネックだったのですが、3月31日までは1ヶ月以上の使用で移行できると聞き、結局は機種交換してしまいました。携帯電話って毎日使うものなので、操作性が悪いとほんとにストレスが溜まります。
 前のP501iはかなり使いやすかっただけにNM502iがなおさらひどく感じました。
 さて、機種交換に当たってとりあえず503iシリーズを一通り調べました。パナソニックのP503iはシンプルで小型軽量が売りです。他機種に比べて液晶の表示能力や反応の早さに劣っていますが、使いやすさは抜群で、Pシリーズの伝統とも言えます。富士通のF503iはPと似た感じ。こちらは富士通のサイトから503iの特徴であるiアプリ(携帯電話用プログラム)が100本ダウンロードできるという事でしたが、あまり興味を惹かれなかったのでパス。NECのN503iは二つ折りの人気機種。ボタンが平べったいので、苦手な人もいるかも知れませんが、店頭のデモで触ってみた感じでは悪くないです。メニューなども昔より改善され、液晶の表示色数が多いため見やすく、かなり使い易そうです。同じ二つ折りだとSONYのSO503iが発売されたばかりで、こちらも店頭デモを触ってみました。SONY特有のジョグダイアルで素早い操作ができる上、日本語入力にPOBOXという予測変換機能がついています。POBOXは僕もPalmで使っているのですが、読みを一つ一つ入れていく従来の方式に比べて「こ」と入れただけで「こんにちは」などの候補が上がり、選択すると「今日は」「、」「○○です」など続けて使いそうな文章が並ぶので便利です。液晶も65536色と少々無駄かと思えるほどの性能で、このSO503iと比べるとどうしてもN503iは見劣りします。純粋に欲しいと思ったのはSO503iでしたが、前にも書いた通り赤外線通信が使いたいのでP503iに変えました。
 NM502iはかなり無駄な出費でしたが、P503iは長く使っていきたいところです。しかし、新しい機器とか持っているとなんとなくうきうきしてしまいます。僕だけ?

3月13日

 書感です。

「孤島パズル」
 著者:有栖川有栖
 出版:創元推理文庫
 定価:680円
 初版:1996年8月30日
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 有栖川有栖のデビュー第二作となる作品だそうです。
 第一作の「月光ゲーム」で著者は二作目が書けるかどうか心
配していましたが、どうやらそれは杞憂だったようです。

 推理小説研究会の紅一点、有馬麻里亜の親戚が持つ何回の孤
島の別荘へ招待された有栖川有栖と部長の江神二郎。島の各所
に立てられたモアイ像は隠されたダイヤの在処を示すと言う。
 宝探しに張り切った彼らだったが、またもや殺人事件に巻き
込まれる……。

 前作「月光ゲーム」ではずいぶんと目立たないキャラクター
だった有栖川有栖ですが、今回は麻里亜という華やかなヒロイ
ンとコンビニなっているせいかずいぶんと出番が多くなってい
ます。ワトソンというにはかなり繊細な神経の持ち主である有
栖は、江神のような推理力を発揮することはあまりありません
が人間観察の視点が鋭く、ドラマの語り手としては面白いかも
知れません。
 中心となるのが推理小説研の面子であるだけに、日常会話に
も様々なミステリからの引用があり、殺人事件が起こってもそ
こにミステリでのケースを当てはめて考えます。読者にとって
それがうらやむような状況であるかどうかはさておき、感情移
入がしやすい事は間違いないですね。
「月光ゲーム」に続いて、この作品も青春路線と言えます。有
栖も麻里亜はラブロマンスのようなものを演じる事はなくても
存在そのものが若さの象徴と感じられます。対称的なのは部長
の江神で、留年を繰り返す万年四年生の彼は常に飄々として感
情を表に出さず、思索にふけっています。
 時には兄のように有栖や麻里亜をはげまし、事件が起こった
ときには鋭くなって解決に力を発揮します。江神自身は、解決
以外のドラマにはほとんど参加しません。一人輪の外から眺め
ているために、彼には全体像が見えるのかも知れません。
 このシリーズ、探偵は江神先輩でありならが、主人公はやは
り有栖なのです。彼の視点がなければ、おそらくこの物語は平
凡な推理小説になってしまうでしょう。有栖が見たり、聞いた
りしたこと、そこから感じる疑問や矛盾。ただ事実が不可解と
いうだけではなく、感情的に整理できないところをまとめてく
れる超越者としての存在が江神先輩なのです。
 有栖川の書くホームズとワトソンはどちらが主でも従でもあ
りません。そのあたりにミステリ作家、有栖川有栖の魅力があ
るのでしょう。

3月14日

 さて、今日はホワイトデーですね。
 バレンタインデーは紀元3世紀に聖バレンタインが恋愛結婚禁止令に触れたカップルを救って殉死した日とされています。
 その1ヶ月後、救われた男女が愛を誓い合ったのが3月14日ということです。しかし、それを「ホワイトデー」としてバレンタインデーのお返しに飴を贈るとしたのは、全国飴菓子工業協同組合だとか。ちなみに同サイトにもしっかりとホワイトデーの由来が書いてあります。
 日本ではクリスマスといい、バレンタインデーといい、企業の販売促進に使われて定着している行事がいくつもあるような気がしますが、なんでみんな冬なんでしょうね?
 まあ、こういう機会がないとなかなか物を贈ったり贈られたりする事ってないかも知れませんからあって悪くはないと思います。デパートやコンビニでも、必ずホワイトデーの特集コーナーがありますね。でも、飴菓子工業組合が始めたという割に最近のホワイトデーではクッキーやチョコレートが主流になっているような気がします。飴よりバリエーションが色々と考えられるからかも知れません。
 一般的に、男性より女性の方がプレゼントに気を配りますよね。バレンタインとホワイトデーを比べてみるとその差って顕著です。「どうせ義理だから返さないでいいや」っていう男性も多いようですが、義理だからこそ返さなければ。本命だったらそう簡単には応えられないでしょう(笑)
 小学校の時には学校で「バレンタインのチョコ持ち込み禁止」なんて事前に言われたりもしていました。
 お菓子云々と言う前に、そもそも学校でやりとりしていたらもらえない人はいい気分じゃないでしょう。中高は男子校だったのでそういうのとは全く無縁でした。
 さて、話は戻りますが、昔はホワイトデーってマシュマロとかキャンディだったような気がします。キャンディは詰め合わせなど売っていますが、マシュマロって全然見ません。そう言えばマシュマロなんて何年も食べていないかも。火であぶって食べるというのを一度やってみたいんですけどね。
 しかし、「お返しする」っていうのはなかなか難しい立場です。贈る方は好意という事だけで喜ばれたりしますが、返す方は気遣いを問われますよね。あと、もらっていないのにホワイトデーで贈るというのもやり難いでと思います。
 短歌なんかでも、返歌をの方がセンスを問われたりしたんでしょうね。

3月15日

 書感です。

「ペルシャの幻術師」
 著者:司馬遼太郎
 出版:文春文庫
 定価:514円
 初版:2001年2月10日
 関連書感はこちら

 司馬遼太郎と言えば、時代・歴史小説の大家ですが、池波正太郎や藤沢周平との大きな違いはその壮大なファンタジー性ではないでしょうか?
 小説であるからにはもちろん、事実を書き連ねているわけではないのでしょうが、司馬遼太郎の作品はその空想のスケールがちょっと違いますね。
 さて、この「ペルシャの幻術師」は司馬遼太郎の初期短編集だそうです。同氏は直木賞受賞作「梟の城」以前の作品は作家として書いたものと認めたくないそうですが、完成度とかそういう事を論じる以前に司馬遼太郎作品はやはり面白いのだという事を再確認してしまいました。
 表題作「ペルシャの幻術師」は十三世紀、ユーラシア大陸を席巻したモンゴル軍に占領された街を舞台にした短編。モンゴル帝国の将軍と、ペルシャ人幻術師の戦いを描いたものです。
 司馬遼太郎は人智を超越した力を持った人間が好きらしく、この短編集の中でも「飛び加藤」「果心居士の幻術」など戦国時代の幻術使いを主役に据えています。
 また、「外法仏」や「午黄加持」といった作品は法力という形で人外の力を描きます。
 ただ単に超能力者を描くわけではありません。「梟の城」でもそうでしたが、司馬遼太郎は超常能力を持つ人間を、その精神のあり方から常人とは違う者として扱っています。
「下請け忍者」は下忍と言われる末端の忍者を扱った作品で、こちらは常人を超越した力を持ちながらも人間以下の扱いしか受けられない忍者の悲哀を描いています。
「弋壁の匈奴」「兜率天の巡礼」はも歴史異聞といった趣の作品です。どちらも、近代に生きる人間の想像から始まり、歴史の足取りを追って物語が進んで行くのです。前者はモンゴル帝国の創始者、チンギス・ハンの物語。若い時に「世界で最高の女は西夏にいる」と聞かされ、西夏の女を抱きたいという一身で大陸中を荒らし回ったモンゴル帝国をうち立ててしまいます。後者は戦後に教職の地位を追われた法学者が自分のルーツを探っていくという物語。前者を想像した英国軍の大尉はたった一つの小石に歴史の声を聞いたと書かれています。こうなると、学問に対する情熱というものを越えて、半分気が狂っているようなものですが、これこそ司馬遼太郎本人の事なのかも知れませんね。歴史を学ぶだけでは飽きたらず、自分の歴史を作ってしまうわけです。
 司馬遼太郎は特に想像力に秀でた作家だったのだのでしょうね。これだけすごいと逆に読者の想像の余地ってなくなってしまうかも知れません。それだけの力強さがありました。


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