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4月1日
書感です。
「夢判断」
著者:阿刀田高
出版:新潮文庫
定価:880円
初版:1983年3月1日
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阿刀田高の短編小説集です。
前に原田宗典の「どこにもない短編集」を読んだときにエッ
セイの陽気な感じと小説の不気味さのギャップに驚いたもので
すが、この「夢判断」に対する感想もそれに似ています。
「夢判断」は日常になんとなく疲れたとき、浮かんでくる妄想
のような話です。それは決して幸せなものではなく、日常の谷
間に落ち込んでしまって二度と戻れなくなるような類の話。
しかし、それでも毎日繰り返される平凡な日常よりも奇怪な
非日常を人は選ぶのかも知れません。
自分の夢が予知夢なのではないかと思っていて、精神科医に
コメントを求める若者。同じように生活しているのに電気の消
費量が引っ越す前より多いと電力会社に訴える老主婦。毎月、
1000円と共に「あの人を殺してください」という手紙が送られてくるサラリーマン。
皆、きっかけはそんなに大きな事ではありません。でも非日
常の扉は確実に開いています。開放的な感じのするエッセイと
反対にこの短編集は閉鎖的な感じがします。出てくる人間は起
こった出来事を自分の中で処理しようとします。誰にも話さ
ず、異常事態を自分の理解できるような形で納得させ、元の日
常に戻そうとするわけです。それこそが、周囲とのディスコミ
ニケーションなのではないでしょうか。そしてその結果はろく
な事になりません。
元々、ホラーなどに出てくる人間は自分勝手で独善的な人間
が多いですよね。それはその方が話の進行に都合が良いからな
のでしょうが、ここでは話の不気味さを見せるよりもそういっ
た人間の破滅を描くのが主になっているような気がします。
この短編集は初出が1979年でもう20年も前のものですから阿刀田高の作風も今とは違っているかも知れませんね。他にもいろいろ読んでみようと思っています。
4月2日
書感です。
「最終兵器彼女 4巻」
著者:高橋しん
出版:小学館ビッグコミックス
定価:505円
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突然に始まった戦争。どこと戦っているのか、日本がどうなっていくのかわからないまま日常は続く。そんな中、恋に落ちたシュウジとちせ。だが、ちせは日本の命運を握る「最終兵器」だった。戦争が続くにつれて不利になっていく戦局。戦場と学校という大きな環境の違いに、二人の心は引き裂かれていく……。
常にシュウジの過去形で語られる「最終兵器彼女」
もう二人がデートすることもないし、ちせが学校に出てくる事もないと読者は知っています。だからこそ、二人が過ごす時間がどれだけ貴重に見える事でしょう。
3巻で、心のすれ違いから恋人ではなくクラスメイトに戻ろうと約束した二人。
「恋人」というのがどういうものなのか「つきあう」というのがどういうことのなのか、その答えが出ないまま離れてしまったのに、どちらも相手の事ばかり考えて生活しているのです。
お互いに相手の事を想っているのにすれ違うという展開が恋愛ものでは一番嫌いです。でも、この「最終兵器彼女」のような状況だったら、納得してしまいます。逆に、心が通っていながらどうしようもないとわかってしまうのが何より辛いかも知れません。
日常と戦争という二つの世界を行き来するちせ。しかし、戦争は段々と日常を浸食していきます。戦場での最終兵器としてのちせにシュウジが出会ってしまう日も近いかも知れません。
1巻のあとがきでは3巻くらいで終わらせるつもりだったという混作ですが、まだしばらくは続きそうな雰囲気。最後には待っているのが悲劇以外とはどうしても考えられません。
しかし、シュウジとちせの結末がどうなるのか、見届けたいと思っています。
4月3日
書感です。
「Papa told me 1〜24巻」
作者:榛野なな恵
出版:集英社ヤングユーコミックス
定価:505円
新刊が出たら紹介しようと思っていたのですが、なかなか出ない……と思ったらいつの間にか23、24巻が出ていたということに友人からの指摘で気づき、久々に「Papa
told me」を読むことが出来ました。
この「Papa told me」はこれまでに読んだ漫画作品の中で3本の指に入るくらい好きなものです。
小学生の知世ちゃんは作家のお父さんと二人暮らし。日常の中に楽しいことを見つける名人の知世ちゃんの生活は楽しいけれども、何も知らずに父子家庭を「不幸」と決めつける大人たちは嫌い。
そんな知世ちゃんを取り巻く人々の素敵な物語。
知世は「ちせ」ですね。先日紹介した最終兵器彼女のヒロインもちせでした。元々その話を友達としていて23、24巻が出ているのを知ったので奇妙な縁です。
さて、「Papa told me」の魅力はなんと言っても主人公の知世ちゃんにあります。お父さんと二人という環境のせいか、いろんな大人達の会話が彼女の耳に入ります。知世ちゃんは彼女なりにそういった大人の世界を理解している。でも、大人達は子供の世界をまるで理解していません。知世ちゃんは普通の子供よりもずっと多くの事を知っているし、思考も複雑ですが自分が子供であることを自覚しています。
だからこそ無邪気に楽しむところを楽しむ事ができるのでしょうね。様々な事を自分で背負い込もうとはしません。
理解のあるお父さんでさえ、時々は知世ちゃんが子供であるということを忘れそうになります。子供あつかいされるのは嫌いでも、お父さんにだけは自分が子供であることはわかって欲しい、そんな知世ちゃんなのです。
この作品のキーワードは「幸福」と言うこと。様々な視点からそれを考えさせます。家族が揃っているということがそれだけで幸福なのか。結婚が幸福なのか。恋人がいるということが幸福なのか……。
結局すべては自分しだいなのです。知世ちゃんのように好奇心一杯で過ごしていればどこにでも幸福は見つけられます。それは時々、現実を離れてファンタジーの世界に入ってしまったりもしますが、そういうものって案外その辺に転がっていて見つけられるかどうかはその人次第なのかも知れませんね。
お父さんと知世ちゃんだけでなく、登場人物はみんな素敵だと思える人ばかりです。それぞれがそれぞれの幸せを持って生きています。それが最高だとは言い切れなくても、確かに幸せなんですね。
「Papa told me」は読むと元気が出るとか幸せな気分になれるというのとはちょっと違うかも知れません。ですが、今の自分の環境をもっといい形で受け入れたり、何か新しい事が始まるような気分になったりできます。
文庫版の総集編も出ていますから是非、読んでみて下さい。
4月4日
書感です。
『解体屋外伝』
著者:いとうせいこう
出版:講談社文庫
定価:700円
初版:1996年7月15日
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いとうせいこうの「ノーライフキング」は世界を救うという使命に目覚めた子供達の戦いを描いたSF作品でした。そこに本当に危機があったのかどうか作品中ではわかりませんが、彼らが勇敢に戦ったという事実を読者は忘れません。
そう、結果よリ戦ったという事が大切なのです。
この「解体屋外伝」もたぶん根本のテーマは同じです。
主人公の仕事は「解体屋(デプログラマー)」
この世界には企業や宗教などが雇った「洗濯屋」によって洗脳された人々が大勢います。彼らにかけられた洗脳を洗濯屋と同じ技術で解き、反対に自分たちのために利用するのが解体屋です。
しかし、洗濯屋達の勢力もそれらを支配する力もあまりに大きい。解体屋の戦いは常に孤独です。
一人の解体屋が洗濯屋との戦いに破れ、意味不明のテキストを吐き出すマシーンと化しているところから物語は始まります。
精神病院で働くソラチャイ少年の言葉で復活した解体屋は自分が何と戦っていたのかすらわからず、自らの思考さえ洗脳されたものかも知れないと思いながら少年と共に「敵」を探します。
「我思う故に我あり」という言葉がありますが、自分の思考すら信じられないならそれを疑う「自分」はいったい何なのか。冗談なのかと思えるほど思考の堂々巡りは繰り返されます。
主観ひとつで世界は変わってしまう。それを「洗脳」と考えるのか、人間の当然の変化と考えるのか、それも主観ひとつです。
解体屋は世界と戦っている。しかし、様々な人間がいてその数だけ思想があり、それがネットワークを通じてあふれる今、自分を守るというのはそもそも果てしない戦いなのかも知れません。
確かなものなど何もなく全ては自分次第というメッセージは突き離しているようでむしろすがすがしいように思えました。
4月5日
書感です。
「ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン 6巻」
作者:荒木飛呂彦
出版:集英社ジャンプコミックス
定価:390円
初版:2001年4月9日
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自分と母を捨てた父、承太郎を憎んでいた徐倫だが、命がけで彼女を救った行動に「父」を感じる。承太郎から奪われた記憶と能力のうち、能力のディスクを取り戻した徐倫は父の身体が保管されるスピードワゴン財団に届けるため、サヴェッジ・ガーデン作戦を展開する……。
刑務所という閉鎖空間に生きる徐倫。しかし、そこでも彼女は行動しなければいけません。父、承太郎のディスクを届けるために中庭へ行けば彼女の刑期は延びてしまう。
しかし、彼女は「このディスクを届ける事があたしの人生の目的だ」と言い切ります。命をかける、ということを徐倫たちジョースターの一族は知っています。そのときにしなければならない事に全力を尽くす、そしてそれはただガムシャラに進むのではなく本当に目的を確実に達成するための行動でなくてはなりません。
父親と離れて暮らしていても、彼女は一族の血を確実に受け継いでいるのです。
今回は5巻から続くサヴェッジ・ガーデン作戦の完結、そして数少ない徐倫の中まであるエルメェスの過去と彼女が探し求める姉の仇が物語の主軸となっています。
サヴェッジ・ガーデン作戦で徐倫の前に立ちはだかったのは無重力を操るジャンピング・ジャッック・フラッシュだけではなく、作戦は壮絶な結末を迎えます。中盤の山場というところかも知れません。
4月6日
書感です。
「水車館の殺人」
著者:綾辻行人
出版:講談社文庫
定価:580円
初版:1992年3月15日
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この本は「十角館の殺人」で始まる綾辻行人の「館」シリーズの第二弾となります。僕は他に「人形館」「時計館」「迷路館」「黒猫館」と読んでいるのにこの「水車館」は読んでいませんでした。それぞれ独立した作品でありながら館の設計者と探偵によって微妙なつながりを見せているこのシリーズ、そのセオリーを知ってから読む第二作はなんだか解読しているような気分でした。
建物の周囲に3つの水車を持つ古城、水車館。
過去の事故により仮面をつけて生活する車椅子の主人、その妻である美少女、館のどこかに隠された幻の絵画……。
家政婦の転落死、行方不明の客、バラバラ死体という惨劇から一年後、館に訪れた島田潔がその謎を解明する。
「綾辻以後」という言葉があるように、彼の作品はあまりに衝撃的でした。先に挙げた「十角館」「人形館」「時計館」などにあった刺激を求めて綾辻作品を読むことになるでしょう。
しかし、それを考えるとこの「水車館」は少し辛いかも知れません。舞台仕立てはまるでレトロな海外推理小説です。現実的な事を考えたら日本ではあり得ないようなものばかり。
それを正面から描いていても可笑しくないのは綾辻作品の実力を知っているからです。
しかし、まだ第二作という事もあってか、「館」シリーズとしての方向性があまり定まっていないように思えます。
最初から最後まで興味を失うことなく読むことができましたが、行ってしまうと結末にはそれほどの衝撃がありませんでした。凡庸な推理作家なら傑作でも「館」シリーズへの期待はそれほど大きいのです。
さて「館」シリーズに潜む謎はまだまだ解明されていません。中村青司という建築家の設計した家は必ずと言っていいほど何かの惨劇が起きます。因縁という言葉で片づけないで欲しい、かと言って科学的に説明されてしまっても嫌だ。
綾辻読者はわがままにそう考えているのではないでしょうか。
4月7日
ドラマの紹介です。
「陰陽師」
原作:夢枕獏
放送:NHK毎週水曜日23:00から
主演:稲垣吾郎
夢枕獏原作の小説「陰陽師」のドラマ化です。
平安時代、陰陽道の力によって朝廷と国を見えないものの力から守っていたという安倍晴明をSMAPの稲垣吾郎が演じています。そのクールなイメージがぴったりです。
平安というのは映画や大河ドラマでしかなかなか見られない世界です。少し暗めの渋い画面とゆったりしたテンポで1000年以上前の日本を描写していくのはNHKらしい丁寧なドラマ作りです。
人が暗闇を恐れ、鬼がそこを跋扈した時代。陰陽師というのは陰陽の理を知って得たいの知れないものに正体を与える事によってそれを無力かする者なのだと理解しています。
第一回目でも羅生門に現れる鬼と対決した晴明。鬼は「自分を鬼にしたのはお前達だ」と語ります。異国の力連れて来られ、羅生門に住み着いた彼は人々に恐れられてしまいます。
言葉が人間を縛ると語る晴明の言葉を適用するなら「鬼」というレッテルを貼られてしまったがために彼は鬼になってしまったわけです。
原作を読んだことのない僕は、晴明がもっとその力を使って鬼と対決するようなドラマを想像したいてのですが、それに反して物語はとても静か。人間の情念が渦巻く悲しい物語でした。晴明の力は言葉によって縛られたものを解放するというもの。しかし、それを助けられるかどうかというのは全く別な事なのです。
それを自覚しているからこそ、安倍晴明はクールなキャラクターとして描かれているのでしょう。
これから毎週見ていきたいと思います。
4月8日
ゲームの紹介です。
「決戦II」
ジャンル:歴史ドラマシミュレーション
機種 :PS2
メーカー:コーエー
定価 :7800円
「三國史」や「信長の野望」など歴史シミュレーションを送り出しているコーエーのPS2作品です。
時は漢帝国末期。
戦乱の世を平定しようと兵を起こした帝国の士官、曹操と人々に慕われ、愛する者を守るために立ち上がった青年劉備。
二人は運命に導かれるように何度も激突を繰り返す。
天命は曹操にあり、劉備はそれにうち勝とうと戦う。
二人の決戦は中国全土を揺るがせる……。
ご存じ、三國志をモチーフに繰り広げられるオリジナルストーリーです。派手さを極めたキャラクターデザインや登場人物に対する大胆な解釈は歴史ファンの人々の反感を買うかも知れませんが、かなり興味を引かれたことは間違いないです。
ゲームの中心と戦術レベルの戦い。広大な戦場に広がる数万の兵にリアルタイムで命令を下すというスケールの大きさにはわくわくします。売りともなっているのが集団の行動システム。それぞれの部隊の行動を覗くと本当に何百という兵が隊列を組んで行動しています。これまでゲームに見られたような一糸乱れぬ動きではなく、それぞれが意志をもったかのようにばらけながら集団としての統一性を保って行軍する様子が素晴らしいです。
戦闘でも画面上で数百という兵がぶつかりあいます。
そして三國志の世界ですから当然のように武将は一騎当千の強さ。単騎がけで敵を蹴散らしたり大喝して敵の志気をくじいたりします。また、諸葛亮などの軍師たちは天変地異を起こす妖術で戦局を変えてしまいます。
武将同士がぶつかる一騎打ちでは映画のように武将が戦いを繰り広げ、手に汗握ります。そのパターンもかなり多く、見ていて飽きません。
戦術的な戦いの合間には軍の方針を決める評定や戦場での作戦や布陣を決める軍議に加え、レンダリングされたムービーによってストーリーが語られます。コーエーのゲームはどちらかといえば地味なイメージがありましたが「真・三國無双」などのPS2からはずいぶんとビジュアル面が強化されているようです。このムービーだけでも一見の価値がありますね。
ゲーム的にはそんなに難しくなく、誰と誰を戦わせるかを決めてまめに戦場を覗き、武将の特技を使っていけば勝つことができます。逆にそういったお手軽さがゲームのストーリー進行を邪魔しないので楽しみやすいかも知れません。
大迫力のムービー、大群が激突するゲーム、壮大なストーリー。それらが融合して独特の世界を形作る「決戦II」はこれからも定番となっていくでしょう。
4月9日
日曜日は部屋の掃除に明け暮れました。
「片づけ」ではないのがポイントです。
もちろん、掃除をするための片づけはしますけどね。
僕は昔から掃除が下手らしいです。
目に付くゴミや埃はなんとかするのですが、部屋の隅々まで見ていると埃が溜まっていたりもします。六畳一間の狭い部屋なのに以外と行動範囲は狭いらしいです。死角ってたくさんありますね。
そういうわけでダスキンと掃除機が大活躍しました。ダスキンって家では昔から使っていますがあの埃が吸い付く感覚が不思議でいいですよね。匂いは嫌いです。
掃除機は昔実家で使っていた古いものなのでコンセントの接触が悪いらしく、角度によっては電源が切れてしまいます。
最近の掃除機なんかは動かしたり狭いところを掃除したり、高いところの掃除を取ったりといろいろ工夫されているのでしょうが僕が使っているものはそんな配慮、まるでなし。
電気器具の進歩ってテクノロジーによるものもありますが、大きいのはそれまでの積み重ねによって段々と使い易くなっていく事です。職人的な部分ですよね。よく言われる人間工学というのは「使い易い」などの曖昧なものを統計的に分析したりするものです。そういう意味ではテクノロジーによるものなのでしょうか。これから先にはもっと一般消費者からのフィードバックが活かされて製品が作られていくのではないでしょうか。IT革命って言いますが、たぶんネットワークなどによって生活が大幅に変わったりするのではなく、かゆいところに手がとどくような配慮が用意になるのではないでしょうか。そういうのはもちろん、活かす人の力次第です。
道具は使う人の能力が問われると言うことですね。そしてどの道具を作る人にも能力が問われます。
年末に大掃除をする労力って大変なものです。普段から掃除をしていればそんなことをしなくても済むってそのときには考えるものですが、やっぱり普段の掃除では手をつけられない部分ってありますよね。僕も今回の掃除では部屋の隅の棚とかに手をつけられませんでした。
よく考えてみれば、大掃除という習慣を有効活用するためにこそ普段の掃除をちゃんとやっておくべきなのかも知れませんね。それだけいつも出来ないことが出来るでしょう。
と、いうわけでなんとか部屋はすっきりしました。
もっとまめに隅々まで掃除すればいいと思いつつも、時々するときの充実感も残しておきたい、と自分に言い訳してみたりしました。
4月11日
「春眠暁を覚えず」って言いますが、最近ほんとに眠いです。
春だから、なのでしょうか?
電車に乗ったときも眠くて読書があまり進まないし、座れるチャンスがあったらすかさず寝てしまいます。そういうときも携帯でタイマーをセットしているので寝過ごすことはありませんが15分くらいでもずいぶんと寝た気になるものです。
短い時間で寝るときもたいてい何か夢を見るのですが、電車で目的地まで行くという夢を見て起きたときに混乱したりしますね。あと、目的地を乗り過ごすっていう夢もよく見ます。
潜在的に危機感を持っていると言うことなのでしょうか。
最近は夜も12時まで起きていると眠くなってしまう事が多いので早く寝て早く起きます。基本的に睡眠は6時間でいいはずなのですが、最近は7時間半寝ることが多くて、朝起きてからあわててこの「晴読雨読」を書いたりメールの返事を書いたりしています。
前に「新・異邦人の夢」で島田荘司が「季節は自分が動くことによって変えることができる、地球が丸いと実感する」というような事を書いていましたが、日本と違ってこういう春のない国では眠くなったりしないんでしょうか。
春になると精神的に不安定になったりする人もいますし、五月病なんてものもあるくらいですから季節の移り変わりというのが人間に与える影響は大きいですよね。最も、春は社会的にもいろいろ変化が大きいのでそちらが主なのでしょうが。
春夏秋冬でどれが好きかと言うのを敢えて言うなら、僕の場合は秋です。春ももちろん好きなのですが、なんとなく活動的になる夏が終わって一休みという秋の充実感がいいんです。
春の場合はこれから活動するために準備運動を始めるという気分でしょうか。
僕は夏の生まれだからか、8月前後が最も活動的になっているような気がします。そう言えば近くの中学校では春夏秋冬の生まれでチームを分けて体育祭を競うそうですが夏が勝つ確率はかなり高いとか。スポーツ選手は何月生まれが多いんでしょうね。プロ野球やサッカーの選手名鑑をめくってみるのも面白いかも知れません。
僕はあまり季節に敏感な人間ではないですが、とにかく眠い日々を過ごしています。言葉が正しいのか、それとも言葉のせいで眠くなるのか、鶏と卵ですね。
4月11日
書感です。
「46番目の密室」
著者:有栖川有栖
出版:講談社文庫
定価:563円
初版:1995年3月15日
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有栖川有栖を読み始めたのは最近ですが、もう3冊目ですね。中毒性はあまりないですが、良作という感覚が強く飽きが来ないという感じです。
僕としてはすごいのは島田荘司で、はまるのは森博嗣で驚くのは綾辻行人、いいと思うのは北村薫と思っています。しかし有栖川有栖って説明するのが難しいです。平均的にレベルが高いと言うか、まとまっていると言うか。バランスの良さというのは時として凡作という評価にもつながりますが、有栖川作品の場合はちょっと違いますね。
と、いうわけでこの「46番目の密室」もかなり楽しめました。推理小説研究会所属の学生、有栖川有栖が主人公の江神先輩シリーズに対し、こちらは推理小説家である有栖川有栖を主人公とした犯罪学者、火村助教授のシリーズとなっています。
クリスマスの夜、密室トリックの大家、真壁聖一の別荘に集まった小説家や編集者たち。その夜、密室となった地下の書斎で真壁は殺される。トリックに精通した客の中で、犯人は一体誰なのか?
作者と主人公の名前が一緒というのが有栖川有栖の特徴です。主人公である有栖川有栖は書き手であると同時に推理小説の読者であり、そして時には探偵としての役割も担います。
推理小説というものが存在し、同時に推理小説のような犯罪が起こるという構造は「現実」というものを意識する読者を考えての事でしょう。有栖川作品は現実よりもミステリとしての面白さが優先された虚構の世界です。しかし、その中に読者の視点を置くことで現実との境目を曖昧にしています。
もしかしたら上記のようなところは深読みで、現実に探偵がいてこういう事件が起こったらいいという期待が込められているのかも知れませんけどね。
そう言えば、作中でも「探偵って本当にいるんですね……」という台詞がありました。
さて、話を戻しますが。主人公が読者の視点を持っているためか江上先輩や火村助教授のような有栖川作品の探偵は人間としてみたとき、主人公よりも影が薄かったりします。ホームズとワトソン、というのではないんですね。もちろん彼らにも物語があるのですがあくまで「主人公の友人」であって主人公が「探偵の友人」ではないのです。
そういうところがより読者に近い推理小説と感じさせるのでしょう。
今回、中心に来るのは密室トリック。
読者であれ作者であれ、誰もが密室というロマンを求めますから書くのはなかなか大変だと思います。僕は時に密室に対するこだわりってないつもりですが、それでも密室トリック作品には祭典が辛くなる傾向があるようです。
そういう事を前提で言っても、「46番目の密室」はなかなかと言えます。3作続けて当たりが来ているので、僕の中ではもう有栖川有栖の地位は確固たるものになっています。
あとはゆっくり消化していくつもりです。
4月12日
今、有栖川有栖の「双頭の悪魔」を読んでいますがこれがまた長いです。なんと文庫版で約680ページあります。
もし上下巻でも340ページずつなので決して短くはないですよね。通常の倍あるので当然のこと、読むのにもそれだけの時間がかかります。と、いうわけで次の書感は2、3日後です。
本が厚いと言えば僕がよく読む中で代表格が京極夏彦です。
ノベルズで1000ページを越えるボリュームは読むだけではなく以て歩くのに苦労します。京極夏彦の場合、前半を読むのに後半の倍の時間がかかるという感覚があり、読み終わったときには奇妙な達成感すら感じます。前半で揃った伏線が後半になって解きほぐされ、解決に向かっていく様は爽快です。
もちろん、長い短いというのはそれぞれに理由があって、たいていの場合は必然性があります。京極夏彦だって、あの厚さがあって初めて物語が完成するんですね。
それでも敢えて言うなら僕は300ページ前後のものが好きです。深い主義主張があるわけではなく、通勤時間を使って2日くらいで読めるものがいいんですね。僕はとにかく次々と本が読みたい質なので一つの本にあまり長く時間をかけたくないのです。だから連作はともかく、数巻に渡る大長編小説は滅多に読まないです。
一日中読書三昧の毎日を過ごせるなら全く遠慮しないで読むでしょうけどね。きっと一日に文庫本4冊くらいは読めると思います。吉川英治の「宮本武蔵」や北方謙三の「三国志」のように7、8冊あっても2日で読破です。
いや、でもそんなに時間があったらむしろ読書はしないかも知れませんが……。
だいたいの計算をすると僕の場合、読書に使うのは週に10時間程度です。一週間は168時間ですから、感覚的にはそんなに多くないですね。これが丁度いいと感じるので、何事も程々が楽しいのでしょう。
当然ですが、なんとなく読書をする気分ではないというときもあります。そういう時って書感を書くために読んでいるような気がしたりしますが、なんだかんだ言って読むと楽しんでいますね。
履歴書なんかで趣味「読書」と書くと無趣味の代名詞みたいに思われるらしいですが、読書好きの人ってそれにかける時間も情熱もすごいですよね。読書は生活に溶け込む趣味だからでしょう。僕も他にこれといった趣味はないので趣味は読書と書きますが、今だったら「読書と書評」とするかも知れません。
4月13日
有栖川有栖の「双頭の悪魔」は284ページまで読みました。
普通の文庫本なら佳境に入っているところですが、まだ裏表紙の解説に載っている事件も全部起きていないのでまだまだ中盤というところです。解決どころか捜査も始まっていません。
しかし今回は舞台設定が面白く、ここまでにも伏線と思われる話がいくつもあるのでどうなっていくのか非常に楽しみ。
こんなに長い時間をかけて一冊の本を楽しむのは久々です。
さて、花粉症の季節は過ぎたようですね。結局、鼻炎の薬を飲むのをやめて毎朝甜茶を飲むようにしたらほぼなんの症状も出なくなりました。来年は2月くらいから甜茶を飲み始めようと思っています。僕はあまり「○○に効く」という類の話を信用しないです。
薬にプラシーボ効果ってありますよね、薬だと言って飲ませるとビタミン剤や生理食塩水でも効果を発揮してしまうというものです。病は気から、ということでしょうか。
僕は昔から薬や麻酔などが効きにくい傾向にあります。これはひょっとするとどういう仕組みで薬が効くのか、という事が納得できないと嫌だからかも知れないと思っています。プラシーボ効果の逆で信じていないから効かない、というパターンでしょうか。
民間療法っていろいろありますよね。多くは科学的に全て否定されてしまうものではないらしいですが、あまり決定的な効果はないようです。これも信じているから効くのでしょう。
最も、どこまでが科学的でどこまでが科学的じゃないかという基準も非常に曖昧ですよね。例えば何かの数字を出されたとしてもそれが意図的に操作されたものでないという保証は何もないわけです。結局は「科学」を信じるか信じないかも民間療法を信じるかどうかとそんなには変わらないと言うことですね。結局のところ自分で試しているのが一番ですが、風邪の時にネギをのどに巻くなどの方法はあまりに納得できかねるので試した事はありません。甜茶の場合は近くでたまたま売っていたので試してみたわけです。
甜茶がどうして花粉症に効くか、というのは未だによく知りません。ネットで調べてみれば簡単に見つかるかも知れませんけどね。
ただ、多少疑っていたと言うか、劇的な効果は望めないだろうと思っていたのにぴたりと花粉症の症状が出なくなったのでこれは本物かな、と思っています。
そんな感じで、どうも日々いろんなものを疑っています。
もっと単純にいろいろ信じた方が幸せなんでしょうか、薬などに関しては(笑)
4月14日
最近、周囲でtotoを買ういる人が増えています。
ずいぶん話題になっているので知らない人は少ないと思いますが用はJリーグの結果を当てるサッカーくじですね。
J1リーグ8試合とJ2リーグ5試合、計13試合の勝敗、引き分けを全部当てると多いときで1億円の配当になったりします。
適当にマークした場合に当たる確率は3の13乗。実に160万分の1です。配当が高くなるのも道理というもの。
totoの場合、完全に全ての試合を予測しなくても勝ち負け、引き分けのうち2つ、あるいは3つをマークして出すことができます。例えば3つマークするトリプルを4回使えば予想するのは残りは9試合になりますが、くじそのものは8100円になってしまいます。詳しくは見ていないのですが、どうやら一枚のくじの値段は1万円を超えないようになっているらしいです。
だからダブルは6つまで、トリプルは4つまでですね。
ダブルとトリプルを両方使った場合の最高額はダブル5つとトリプル1つで9600円だったと思います。
僕もこれが実施される前は買おうかなと思っていたのでUSが未だに買っていません。やっぱり上のように確率を計算してしまうんですね。先週あたり、狙い目かと思ってはいたのですが結果が出てみれば2等でも1300円。たいていの人は当たっても赤字だったのではないでしょうか。計算してしまう当たりですでに僕は賭け事に向いていないのでしょうね。
買い方としてはまず確実と思うものだけマークしてみて、怪しいと思うところだけ引き分けも同時につけてダブルにします。勝ちか負けかまったく予想がつかないならトリプルをつけます。僕の金銭感覚から考えるとせいぜいダブル3つかダブル3つにトリプル1つで最高でも1600円に収めたいところ。
これまでの対戦成績とここ数試合の結果、怪我や出場停止選手などを調べて慎重に考えるといいかも知れませんがデータ重視の場合って当たるときの配当はたぶん低いでしょうね。
あと、応援しているチームが負けると予想するのはあまり気分良くないのでトリプルにしておくといいかも。
僕はまずサッカーそのものが好きなので、こういうきっかけでもサッカーを見る人が増えれば嬉しいとは思います。Jリーグはそんなにレベルが高くないかも知れませんが、日本代表選手の日頃の活躍を見たり、逆に代表になりそうな選手を応援したりするのは楽しいです。
いつかtotoを買って当たったりしたらメルマガで報告するつもりですがまずあり得ないでしょうね。僕がtotoを買うかどうかというところで仲間内では賭が成立しそうなくらいですから(笑)
4月15日
書感です。
「双頭の悪魔」
著者:有栖川有栖
出版:創元推理文庫
定価:1040円
初版:1999年4月26日
やっと読み終わりました。文庫本680ページの長編です。
「孤島パズル」事件のショックから大学を休学してしまった英都大学推理小説研究会のマリアこと有馬麻里亜。2ヶ月、アリスたち推理小説研究会のところに麻里亜の父親から「娘を連れ戻して欲しい」と依頼が来る。
それを受けて芸術家達が集う山奥の木更村まで出向いた彼らだが、大雨によって江神、マリアは木更村に、アリス、望月、織田の3人は麓に別れ別れとなってしまう。
そして呼応するかのように起こる二つの殺人事件。
互いに連絡が取れない中、二組の推理が真相を究明することに……。
結論から言うと、これはこれまで読んだ有栖川作品の中で一番面白かったです。
山奥に芸術家が集い、自給自足をしながら創作活動に励む木更村の生活は単なる殺人の舞台としてではなく、一つの作品が別に成り立ちそうなほど魅力的。登場人物達もそれぞれ推理小説に出てくる「殺される人とその他大勢」ではありません。
物語の解説でも書いたように、この作品は前作の続きです。
読んでいなくても支障はないかも知れませんが、アリスと並んで今作のもう一人の主人公となるマリアという人物を理解するためには順番通りに読むことをお薦めします。
アリスたち推理小説研究会のメンバーはみな、ミステリ好きで出来るなら自分たちで殺人事件を解決してみたいと常々思っていたことでしょう。
しかし、「月光ゲーム」で本物の殺人に遭遇し、「孤島パズル」でメンバーにマリアが心に深い傷を負い、ということになり「殺人」というものに対してロマンのようなものは抱かなくなっているようです。彼らが愛するのはあくまで「推理小説」なのです。
だから探偵役の江神さんだけでなく望月や織田なども事件解決に対して興味本位な態度は見せません。あくまで冷静な論理で推理を組み立てていきます。
山奥に作られた芸術家たちの理想郷。閉じた空間でこそ保たれていたその環境は、事件によって壊されてしまいます。
村に留まることで自らを癒そうとしていたマリアも、やがてはそこからの旅立ちを決意します。殺人事件によって閉ざされたマリアの心は皮肉にも同じショックで解き放たれる事になるのです。
気丈なマリアと繊細な神経を持つアリス。男女という事に加え、表面的にはこれだけの違いがありながらも二人の感性は非常によく似ています。このシリーズはあと2冊続くということですが、アリスとマリアがお互いを自分の場所として求めるような展開がこれからあるのではないかという予感が読んでいてありました。
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