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5月16日

 書感です。

「恋恋蓮歩の演習」
 著者:森博嗣
 出版:講談社ノベルズ
 定価:840円
 初版:2001年5月5日
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 待望の森博嗣、最新刊です。
 いつの間にかVシリーズも6作目です。もう「新シリーズ」という表現はできませんね。犀川創平と西之園萌絵を主人公としていた前シリーズに比べると連作といった色の強いVシリーズは巻が進むに連れて登場人物の人格がどんどん複雑になっているような気がします。
 最初から多面性が強調されていた主人公格の瀬在丸紅子に比べ、周囲を取り巻く香具山紫子や小鳥遊練無はもっと単純な存在と思っていたのですが前作の「魔剣天翔」では練無の、今回の「恋恋蓮歩の演習」では香具山紫子の内面をえぐるような作品になっています。

 世界一周中の豪華客船、ヒミコ号に保呂草の仕事で乗り込んだ香具山紫子。保呂草との旅行ということで心は弾むが、実は見学に来ていた練無と紅子も乗船したままだった。
 何かが起こる、と考えた紅子の予感通り、船上で起こる銃撃事件。彼らの行く先には必ずトラブルが起こるのか?

 Vシリーズも回を重ねていくとだんだん読んでいくためのコツというものがつかめて来ます。冗談のような設定に漫画のような事件。しかしそこに放り出された人物たちの思考はなかなかどうして型にはまっていません。
 人間の思考を文字に書き出そうとするほうがそもそも滑稽な行為なのではないかと思えてしまうほど、彼らの全貌はつかめないのです。
 タイトルから想像できるように、今回のテーマは「恋」
 元々、ミステリには恋愛沙汰が絡むものって多いですね。
 どんな突拍子もない行動でも、そこに恋愛が絡んでいればなんとなく納得してしまうかも知れません。
 森博嗣の言葉で語られる「恋」はどんなものなのか、それともやっぱり「恋」は語れないのか。
 森ミステリにとって事件の解体は人間関係の整理ではありません。登場人物達は常に計り知れない存在であるし、底が見えることもないのです。
 恋もやっぱり解体は不能。不可解なものですね。
 でも、僕にとって最後に待っていたのは大きな感動でした。
 このシリーズに入ってから一番良かったと思える作品です。

5月17日

 書感です。

「記憶の隠れ家」
 著者:小池真理子
 出版:講談社文庫
 定価:514円
 初版:1998年1月15日

 初めて読む小池真理子の作品となった本作は同一のテーマで綴られた短編集です。

 今の人生がどうしてこうなったのかと考えていくと、たどりつくのは十数年前の記憶。そこには封印されて思い出すことのなかった過去が……という内容で6編の作品が収められています。

 どの短編を読んでも圧倒されるのはそこにある時の流れです。40ページ前後の短編でもそこには十数年から何十年という時を過ごしてきた主人公の姿があります。短い文の中にも長い時の流れを書いてしまう小池真理子の筆力を感じますね。
 何かがきっかけでぼんやりと過去を思い出したり、誰かと昔の話を始めたときに感じる違和感。ミステリ小説のように一つ一つ自分の過去を考えていくと、そこには自分が思っていたのと違う過去があります。
 自分を守るために封印した記憶は、いつしか自分自身や他人の人生をも変えてしまいます。そのまま思い出さない方が幸福なのでしょうか。
 主人公達は、それを思い出しても大丈夫なだけの精神的強さを身に付けて新たな一歩を踏み出すために思い出しているのかも知れません。
 過去というのは絶対に変えられないものです。
 思い出して後悔してもそれはどうにもなりません、重くのしかかってくるだけですね。
 それが遙か昔のものだからといって軽くはならず、忘れていたぶんだけ思い出したときには激しく襲いかかってきます。
 6つの家に封印された6つの記憶。
 なかなか楽しませてくれました。

5月18日

 書感です。

「七瀬ふたたび」
 著者:筒井康隆
 出版:新潮文庫
 定価:400円
 初版:昭和53年12月20日
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 筒井作品は「時をかける少女」以来です。筒井康隆はSF小説家ですが断筆宣言など世間に対して問題提起をするという姿勢が印象に強く、あまりピンと来ません。
 しかしこうして作品を読んでみるとその原点がよくわかります。ちなみにこの「七瀬ふたたび」は「家族八景」で始まり「エディプスの恋人」で終わる七瀬シリーズの2冊目。
「七瀬ふたたび」が有名なためにシリーズだと知らず、ついこの一冊を手にとってしまったのですが、短編集として完全に独立していたものとなっているので特に支障なく読めました。
 火田七瀬は精神感応能力を持って生まれた。しかし、その能力は彼女を幸福に導かず、精神的には世間の多くの人間と隔絶した生活を送る事になっていた。お手伝いとして様々な家を転々としていた彼女は自分の能力が発覚するのを恐れ、母の直に帰ろうとする。しかし、その途中で同じ能力を持つ子供、ノリオに出会い彼女の運命は変わる。超能力者は彼女一人ではなかったのだ。予知能力、念動力、透視能力、時間遡航能力、性格も容姿も様々な能力者達は世間にひっそりと生きていた。
 だが、そんな彼女たちに世間から超能力者を抹殺しようとする組織の手が迫る……。
 超能力を持ったために不幸になるという話は昔からありますね。あまりに突出した能力は迫害の対象になります。海外の作品ではX-MENなどがまさにそういうストーリーです。
 この作品は三人称ですが、物語は完全に七瀬の視点から描かれています。精神感応という能力のせいで彼女には人の心の裏側が見える。人が心の裏で何を考えているかわかっているからこそ彼女はいつでもクールです。
 それでも、旅の途中で出会ったノリオには母親のように接して常に気にかけていたり、同年代の超能力者、藤子に対して強い友情を感じたりもします。少女らしい精神の不安定さや好奇心も時には顔を覗かせ、物語のほとんどは七瀬と登場人物たちの心理描写に終わると言っても過言ではありません。
 計算高い七瀬にも、その他の登場人物達の嫌な思考にも筒井康隆の人間に対するシニカルな視点が見て取れます。
 先に書いたように、ここには様々な超能力者が出てきますが、やはりキーとなるのは七瀬の精神感応です。もし彼女の力がなければ皆、互いに互いが超能力者だと知らず、通り過ぎていくでしょう。七瀬の能力は、直接身を守ったり相手を傷つけたりする能力ではありません。しかし、世の中に自分一人という孤独を感じていた彼らに与えた影響は最も大きいと言えるでしょう。
 終盤、彼女たちは自らに「超能力者は何のために生まれてきたのか」と問いかけます。
 皆、自分の能力を「能力を隠して生きる」ためにしか使えていません。ひっそりと生きていかなければならない超能力者も悲惨ですが、それを受け入れる事ができない人類もまた悲しい存在に思えます。作者にすら、これは解決できない事なのでしょうね。
 絶望したのは誰よりも筒井康隆自身なのかも知れません。

5月19日

 書感です。

「ロシア紅茶の謎」
 著者:有栖川有栖
 出版:講談社ノベルズ
 定価:780円
 初版:1994年8月5日
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 有栖川有栖の短編集です。タイトルからピンと来る人もいるでしょうが、これはエラリー・クイーンの国名シリーズに倣ったものですね。登場するのは「朱色の研究」などで活躍した臨床心理学者、火村英生と推理小説家の有栖川有栖。
 短編集の醍醐味はなんと言っても、提示された謎がスピード解決される事ですね。長編だとトリック自体は中心にならない事が多いです。また、単体では優れたトリックでも長編の解決として持ってくると拍子抜けしてしまうようなものもありますよね。長編ミステリとミステリ短編は全然違うものだと思っています。
 著者、有栖川有栖はなかなかパズルやトリック好きらしいです。長編ではどちらかと言えばストーリーを書き込む人なので余計なトリックなどは使わないのかも知れませんが、詰め込まれたアイディアはどれも面白いです。
「これは推理小説家向きの事件かも知れません」と現場で言われてダイイングメッセージの解明に取り組む主人公、有栖川有栖ですがそれで解決してしまったら名探偵火村の立つ瀬がないからかなかなか活躍してくれません。長編では精神的に火村の支えとなっているからですが、短編では道化役と化してしまっているのがちょっと残念。
 収録されている中で「八角形の罠」という作品はちょっと変わり種。事件の舞台はは尼崎市アルカイックホール・オクトという実在の建物の中で、推理小説家・有栖川有栖が原案を出した劇の練習中に殺人事件が起きるというものです。これは実際に著者、有栖川有栖の原案で行われたミステリーステージツアーの脚本を小説になおしたものとか。
 ホテルなどで役者が殺人事件を演じ、参加者が解決するという趣向のツアーってたまにみかけますね。これ、一度はやってみたいと思うのですがなかなか実現できずにいます。参加にもちょっと勇気がいりますね。
 なかなかよりどりみどりの短編集で楽しませてくれました。
 有栖川有栖にははずれなしと言ってもいいかも知れません。

5月20日

 書感です。

「綿菓子」
 著者:江國香織
 出版:理論社
 定価:1300円
 初版:1991年2月
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「綿菓子」は理論社の新進作家による童話「メルヘン共和国」シリーズの一つとして出てきます。前に紹介した「つめたいよるに」も 「メルヘン共和国」も童話という事になるわけですね。しかし、これは子供が読む童話ではなく子供の心に帰って読む童話なのだと思ったりします。
「綿菓子」はみのりという小学校6年生の女の子を主人公にした連作短編です。お姉ちゃんの結婚をきっかけに恋愛や結婚、家族や友達というものを考えはじめた彼女は「自分は矛盾のない恋愛に生きる」とか「結婚は正しくない」などと感じます。
 中学への進学、友達との別れなど変わっていく環境の中でみのりが得たものは……。
 ちょっと離れたところから自分や家族を見てしまうみのりはクールなようでいながら、何よりも自分の中にある純粋なところを大切にしようとします。だから、他人の中に見える見苦しい部分が許せないのです。でも、世の中はみのりが思っているほど簡単ではありません。純粋な善や純粋な悪はなくて、みんな両方の心をかかえて生きている。そう気づかされるのはまだまだ先の事なのでしょうが、彼女もまたそういう道のりの第一歩に立っています。
 みのりが恋する相手はお姉ちゃんの元恋人、次郎くん。
 歳も違うし、もう会うこともないかも知れない。そんな彼の事を考えながらみのりは毎日を過ごしています。
 江國香織は、ここで恋愛を書きません。もうちょっとで恋愛小説になるな、というところで物語は終わってしまいます。
 きっと恋愛に突入した瞬間、読者が現実に引き戻されてしまうのです。夢見る少女のようなみのりが、そのまま生きて行けるとはなかなか思えない。
「矛盾のない恋愛」「相手に愛にムクイル生き方」をしようと意気込むみのり。まるで彼女が自分の妹であるかのように、本当にそう生きて欲しいと思います。

5月21日

 書感です。

「ARMS 17巻」
 作者:皆川亮二
 出版:小学館サンデーコミックス スペシャル
 定価:486円
 初版:2001年6月15日
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 少年サンデーに連載中の「ARMS」最新刊です。
 テレビ東京などでアニメの放映もやっているようですが、まだ見たことはないです。
 前々から疑問に思っていたんですが、なんで「ARMS」の単行本は他のサンデー連載作品より一回り大きいんでしょうね。
 さて、物語の方はいよいよ佳境となっています。

 人類を新たな進化に導こうとする軍事組織エグリゴリの本拠地、カリヨンタワーに乗り込んだ高槻涼たちはエグリゴリの指導者、キース・ブラックによって分断されてしまう。戦闘能力と頭脳という二つの集団に別れてしまった彼らは本来のチームワークによる強さを十分に発揮できないながら、関門を次々と突破していく。しかし、彼らの中には常に疑問があった。
 自分たちがカリヨンタワーの中枢部に迫っている事すら、キース・ブラックの計略なのではないのか……?

 驚異的な力を発揮するマイクロマシンの集合体、ARMSを身体に宿す高槻涼たち4人のARMS適格者。彼らは自分たちの運命を切り開くため、自らの意志で道を選び、立ちはだかる敵に苦戦しながらも成長し、戦いより遙かに大きなものを乗り越えていきます。そんな彼らを襲うのは、運命という名の恐怖。
 しかし、それに負けて力を望めば自らが全てを破壊する存在となってしまうのです。
「力だけでは勝てない」という思想がこの「ARMS」の根底に流れています。前半では彼らよりも強大な力を持ち、戦闘用に特化されたサイボーグ達との戦いでチームワークや作戦を使って勝利し、中盤では技や眼で相手の力を無力化してきました。
 そして終盤にさしかかっている今、最も必要なのは「心」
 常識をはるかに越えたARMSたちの力は、相手の肉体を破壊するという目的には十分すぎるものです。どちらがより強い力なのかはもはや関係ないと言っても良いでしょう。力が弱い方の攻撃でもまともに当たればそれだけで相手は消滅するのです。
 もし使い方を間違えば、それは相手ばかりか周囲の人間や自分すら破壊してしまいます。
 もし自分や味方を省みない者がその力を持ったら、誰も止めることは出来ないのでしょうか?
 力を使えば破滅が訪れるかも知れない、それでも力を使わなければならないその矛盾と常に戦いながら物語は進行していきます。物語の結末はまだ3、4巻先になりそうです。

5月22日

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「黄昏の囁き」
 著者:綾辻行人
 出版:講談社文庫
 定価:590円
 初版:2001年6月
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 綾辻行人のサスペンス「緋色の囁き」「暗闇の囁き」に続く囁きシリーズ第三弾です。過去から続く因縁が、陰惨な事件を呼び起こします。

 兄が変死に関する捜査がうち切られ、両親までが世間体を気にして口を閉ざすのを見た医学生の翔二は、兄の予備校教師だった占部の協力を得て事件の捜査を始める。
 それに対し、一様におびえを見せる兄の幼なじみ達。
 十五年前、何があったのか。その秘密は翔二の記憶の中に潜んでいた……。

 ホラーやサスペンスで僕が怖いと思うのは理不尽な死です。
 自分の引き起こした愛憎関係によって命を狙われるというならばまだ防ぎようもあります。でも、突如として命を狙われ出したらどうでしょう。おぼろげに原因はわかっていても、誰に狙われているかわからない。そんなとき、狙われた方はどうすればいいのでしょうか。
 十五年も前、子供の頃の過ちを今になって償わなければならないとしたら……それこそ悔やんでも悔やみきれない過去ということになりますね。
 仲間達を殺していくのは、過去から追ってきた何かなのか?
 これまでの「囁き」シリーズでは殺されるのはどちらかと言えば露骨に嫌な感じで描かれていたり、何か罪があったりした人物たちでした。しかし、ここでは好感が持てるといかないまでも悪い人間ではない、という人物が殺されていきます。
 共通するのは十五年前の事件に関わっていたというだけ。
 それを記憶の奥底に封印しながらも、彼らは現在も将来もあって生活しているのです。
 正直言って、最後まで読んでしまって結末を知ってしまうとそれほどの怖さは残らないかも知れません。サスペンスで恐ろしいのは人間の狂気ですが、それがひしひしと感じられるほどの書き込みではなかったということですね。
 綾辻作品の面白さはやはり作品の舞台仕立てとトリックなのかなと再確認しました。
 それでも十分に楽しめる作品ではありますけどね。

5月23日

 書感です。

「黄昏の岸 暁の天」
 著者:小野不由美
 出版:講談社文庫
 定価:530円
 初版:2001年4月15日
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 僕にとっては「十二国記」シリーズこそ国産ファンタジーの最高傑作です。前作「図南の翼」から4年。どれだけ新刊を待ち望んだことか。このシリーズは山田章弘の挿し絵つきで講談社X文庫WHから出ていましたが、最近になって講談社文庫から新装版が出ていますね。僕はずっとX文庫で買っていたのと山田章弘の挿し絵が欲しいのとで1ヶ月遅れのX文庫版を待って買いました。

 遙かな世界、蓬莱。そこには十二の国が存在し、十二の麒麟が王を選ぶ。王は国の柱となり、国を治める。
 日本人、高里要として生まれた戴国の麒麟、泰麒は蓬莱に連れ戻され、王として戴国将軍驍宗を選んだ。
 類い希な能力で人を従え、次々と戴国の難事を収め、国を立て直していた驍宗だがある時起こった内乱のさなかに失踪。同時に泰麒も行方不明となった。戴国の将軍、李斎は戴国救済のため、泰麒と同じく日本から来た慶国の王、陽子を頼って騎獣を走らせた……。

 十二国記は主人公が困難に出会いながらもそれを克服し、成長していくというのが一つのパターンでした。その代表とも言えるのが景王・陽子。世間に逆らわないというだけの女子高生だった彼女は今、常に一国を背負って悩み、より良い方向へ国を導こうとしています。そこに駆け込んだ李斎によって、彼女の悩みは自国から世界へと広がっていくのです。
 一方、十歳で驍宗を選び、戴国へと入った泰麒は何かを為したくても自分の力が足りず、常に周囲から守られる存在である事で歯がゆい思いをしています。
 人間の不安、猜疑心、羨望、恐れ。そういったものを小野不由美は実に生々しく描写します。陽子の葛藤、泰麒の悩み、そしてそれに対する周囲の人間のとまどい。どれをとっても、読者にはそれが間違っているとは思えない。リアルに書かれているからこそ安易な解決は考えられません。
 これまでも精神の深い落とし穴に落ち込んでしまった主人公達を、安易な気分の転換や事件などを起こさずに階段を上るように少しずつ立ち直らせてきた小野不由美ですが、今度の事は複数の主人公や国などがからむだけにより難しいようです。
 そして今回、さらに十二国という世界の成り立ちそのものが問題にされます。
 何故、王は存在するのか。
 何故、麒麟が存在するのか。
 王や麒麟自身にもそれは大きな謎です。
 天の定めた規則の中で、陽子は王としてどれだけの事ができるのか。それが見え始めたところで、今度は他国が視野に入ってしまいます。王と麒麟できれいに十二に分けられた蓬莱という世界では他国の事はほとんど問題にされません。現代の日本から蓬莱へと渡った陽子はその事に大きな疑問を覚えます。
 国の改革から世界の改革へ、陽子の力はどこまで及ぶのでしょうか。
 今作は、ほとんど動きのない作品です。
 多くが慶国暁天の中で進行し、冒険や戦いというものもありません。しかし、これは嵐の前の静けさ。ばらまかれた疑問の種は生長の兆しを見せています。各国の王や麒麟が集い、これから何を為していくのか。そして泰麒はこれからどうしていくのか。もう新刊が待ち切れません。

5月24日

 書感です。

「バガボンド」
 作者:井上雄彦
 出版:講談社モーニングKC
 定価:524円
 初版:2001年5月23日
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「世の中にはまだこんな馬鹿がいたのか」
 武蔵を前にした柳生の高弟たちはうなる。
 柳生の城に一人乗り込み、柳生石舟斎と勝負がしたい。
 その前に立ちはだかる者はすべて倒す。
 打算も恐れもない武蔵に圧倒される剣士達。
 だが、そこで待っていたのはおつうとの再会だった……。

 これまで幾度も一対多の戦いを乗り越えてきた武蔵だが、達人と言われる人間を四人同時に相手にするのは初めての事。
 それでも武蔵の心に乱れはない。宝蔵院胤舜との戦いを経て彼は死の恐怖を味わい、それを克服しているからです。
 京で吉岡同情に乗り込んだとき、誰もが武蔵を田舎者と馬鹿にしていました。武蔵の力を見てその意見を翻すものの、逆を言えば武蔵はまだ獣のような粗野な殺気しか持っていなかったという事です。
 しかし、今回はずいぶんと話が違います。武蔵の様子を見て柳生の高弟は一目で武蔵の強大さを見抜きます。巨大にして濃密、それでいて静かなる闘気。剣豪、宮本武蔵との道を彼はもう歩み始めています。
 吉川英治の原作ではこの後、武蔵は柳生と交流を持つようになるはずですが流れの違うバガボンドではどうなるでしょうか。目指す石舟斎は老齢で、病の床にあります。
 対決の場面には武蔵が二刀を抜く場面もあります。いよいよかと思ったのですが、考えてみればまだ早いですね。作者も狙ったのでしょうが期待させられてしまいました。

 バガボンド、進行は非常に遅いのですが濃密ば描写は他ではなかなか得られないものです。人間の精神やごくわずかの時間を絵として書き出す能力で井上雄彦に勝る者はなかなかいないでしょう。

5月25日

 書感です。

「家族八景」
 著者:筒井康隆
 出版:角川文庫
 定価:400円
 初版:昭和50年2月27日
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 先日紹介した「七瀬ふたたび」の前の作品に当たります。
 精神感応能力を持つ少女、火田七瀬がお手伝いとして様々な家庭に入り込みその内部を覗いていくという内容はSF小説と言うよりはホームドラマ。超能力者版、「家政婦は見た」というところです。どの話も、七瀬がその家庭の危ういバランスに気づいたところから崩壊が始まります。
「七瀬ふたたび」と大きく違うのは、七瀬がまだ自分の超能力について十分に把握してないこと。何ができて何が出来ないのか、自分の能力の限界はどこか。そしてまた、人間の精神についてもまだ彼女には未知の領域があります。
 人の心が読める、ということで七瀬の精神は一般人のものとは少し異なります。自らの身を守るため、超能力者としての自分の力を知られてはいけない彼女は時に非常な手段に訴える事もあるのです。
 人間の思考は常に隠されたものです。人は頭の内側でものを考え、感じて行動しています。もちろん、それは感情となって外面に現れる事もありますが、七瀬のように浮かんだ思考や感情を感じ取ってしまう人間以外にはあくまで想像することしかできません。
 もし、自分の内面が読まれていると知ったときの人間のショックはどれほどのものでしょうか。それが読まれて良いかどうか、という事はもはや関係ありません。読まれてしまった人間にとって、自分の精神は鉄壁の砦ではなくなってしまうわけですから。
 七瀬は幾度か自分が家族に干渉することで人間関係がどう変化するのか「実験」を行います。それが読者にとってはかなり怖いです。しかし、七瀬にしてみれば、内面に多くのものをかかえた上で表面的な演技を続けて生きていく方が気持ち悪いのでしょうね。その結果は、七瀬が思い描いたようなものにはなかなかなりません。七瀬はまた、思考が読めるという事で普通の人間の思考の先を完全に読むことができないのです。多くの人間の思考を覗いてパターンを掴んでも、未知のパターンにぶつかれば予測は裏切られます。
 結局、いろいろな家庭を転々とした後に七瀬はお手伝いをやめて母親の実家に帰る事を決意します。多くの人の中にいれば、危険は免れない。能力を使って危機を脱することは出来ても、そもそもその危機は能力があることによって起こるのですから。
 そして、話は「七瀬ふたたび」の冒頭につながります。
 筒井康隆の書くホームドラマは悪夢とまで言えるほど醜悪です。そこに入り込んだ七瀬も、読者に希望を与えてくれるわけではありません。込められた痛烈な皮肉は、別に現代社会に対するものというわけではないのでしょうね。
 きっと、筒井康隆が皮肉っているのは人間という生き物そのものなのです。

5月26日

 書感です。

「聖闘士聖矢 文庫版 1〜7巻」
 作者:車田正美
 出版:集英社文庫コミック版
 定価:各590円

 僕が初めてジャンプを読んだ当時、「キン肉マン」「北斗の拳」「CITY HUNTER」「キャプテン翼」などジャンプはまさに人気作品の宝庫でした。その中でも僕が最も好きだったのがこの「聖闘士聖矢」です。
 絵がうまさやストーリーの深さなど、漫画の楽しみ方はいろいろとありますが車田正美の漫画は「それがどうした」と言わんばかりですね。今、読んでみると絵のレベルは決して高くないし、「次の事を考えて描いたことはない」と作者自らが言うだけあってストーリーも勢いだけで進んでいますし、台詞も陳腐と言えば陳腐です。。
 それでも「聖闘士聖矢」の中には強く惹かれるものがあります。「熱血バカ」という言葉がありますが、僕が車田正美に抱いているイメージがそれです。主人公が熱血バカなだけではたぶんダメなんです。ですが、作者もそんな人なんだって思った瞬間、そこに入り込めるようになります。
「聖闘士聖矢」は文庫でまとめて読んでみるとわかりますが恐ろしいほど展開が早いんですね。一つの戦いも連載数回ほどで終わってしまっています。次々と立ちはだかる強敵、という言葉が似合います。
 聖闘士(セイント)になるための修行を終えて日本に帰ってきた聖矢たち青銅聖闘士(ブロンズセイント)が黄金聖衣(ゴールドクロス)を巡って戦う銀河戦争編が数日、その後、奪われた黄金聖衣を取り戻すために鳳凰星座(フェニックス)の一輝が率いる暗黒聖闘士と戦う暗黒聖闘士編にまた数日。
 そして聖域(サンクチュアリ)から刺客として差し向けられた白銀聖闘士(シルバーセイント)との戦いにまた数日。
 そして城戸沙織こと女神アテナと共に聖域へ乗り込み、黄金聖闘士(ゴールドセイント)と戦う黄金聖闘士編がたった一日と、聖闘士になりたての少年達が一月も経たずに聖闘士最高峰と言われる黄金聖闘士を倒すまでに成長しています。
 聖闘士どうしの戦いは小宇宙(コスモ)の大きさによって決まります。精神力とも肉体の力とも違うこの不思議な小宇宙というものが物語を面白くしていました。冷静に見ていると「小宇宙を燃やす」というのは「根性で戦う」というのとあまり変わらないんですが、読んでいるうちは車田ワールドにのまれてしまっています。
 小宇宙を燃やし、人を吹き飛ばしたり大地を割ったりという戦いを繰り広げる「聖闘士聖矢」
 細かい理屈を抜きに正義や友情を語ってくれる漫画って今となってはなかなか貴重ですね。

5月27日

 書感です。

「神様のボート」
 著者:江國香織
 出版:新潮社
 定価:1400円
 初版:1999年7月15日
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 江國香織の長編小説です。

 葉子と草子の母娘はあちこちを転々として暮らしている。
「なんですぐ引っ越すの?」という草子の問いに、葉子は答える「神様のボートに乗ってしまったから」
 10年前に別れた恋人がいつか迎えに来ると信じてどこにも、誰にもなじまずに娘だけを連れて生きる葉子。だが、唯一恋人が残していった草子にもやがて自立の時がやってくる……。

 江國香織はこの小説を「今までで最も危険な恋愛小説」と語っています。別れた恋人を待ち続ける、というのは小説の中だと確かにロマンチックな話。
 一カ所に留まっていれば、いつか現実と向き合わざるを得ないと感じる葉子はひたすら「恋人はもう帰ってこない」という「常識」から逃げ回ります。
 文章で「10年間待っていた」と書いてしまうのは簡単なこと。だからこそ、この物語はその時間をじっくりと書き込んでいきます。葉子の夢の中で生きていた草子が、引っ越しを繰り返すうちに段々と現実的な思考を身につけはじめていく、それだけの長い時を葉子は夢の中で生きているのです。
 最高の男に巡り会った、最高の恋愛をした。そして今もそれを待っている。葉子は自分が幸せだと言う。そして、心底幸せそうに見える。彼女には、現実的な幸せを求めようという思考は一片もないのです。
 こういう物語を読むとき、誰もが思い描くハッピーエンドってありますよね。でも、そうなったら絶対に嘘だと同時に思う。夢物語になってしまいますからね。小説は虚構だけど、だからと行って何もかもが許される訳ではない。虚構でも、自分の中で嘘であってはいけないんですね。
 読み手としては甘ったるい葉子の思考を振り切るかのようにクールに成長していく草子に感情移入してしまいます。
 でも、やっぱり葉子の「夢」を振り払って欲しくはないのです。草子もきっと、自分の事を何も考えないならば葉子の夢を支持したはず。葉子と草子、母娘ふたりの語り手を用意した事によって、読者は夢と現実の間を行ったり来たりします。
 夢を見ている人間はいつまでも夢を見ていられる。
 でも、それはとても危険な事です。夢から抜け出すのが遅ければ遅いほど現実に帰った時のダメージは大きい。一生夢を見ていられるならそれはそれで幸福なのです。でも、誰かに夢を見させるために自分を犠牲にするのには限界があります。
 夢か現実か、結末がどっちに転ぶにしても納得いかないのではと思っていましたが、実際に読み切ってみると「これでいいんだ」とほっとしました。でも、この結末にあこがれるのはやっぱり危険な事です。
 誰でも、現実的な幸せが手にはいるならそれが一番いいんだと思います。手に入らなかったときに、夢を追うのか、新しい現実を探すのか。どちらかと言えば僕は前者の方です。
 でも、葉子のように他人から見て痛々しいのは嫌だな、と思ってしまいました。

5月28日

 書感です。

「エディプスの恋人」
 著者:筒井康隆
 出版:新潮文庫
 定価:400円
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 筒井康隆の七瀬三部作、この作品にて完結です。

 学校事務員を勤める読心能力者、火田七瀬。
 ある日、少年に向かって飛んできたボールが頭上で破裂した。彼に害を加えようとするものは皆、何者かに制裁を加えられると言う。超能力を遙かにこえたその力を調べているうちに、七瀬は少年と恋に落ちた……。

 前作、「七瀬ふたたび」で超能力者を壊滅させようとする組織に追いつめられた七瀬。そこから話は急に学校事務員をしている日常風景へと飛んでしまいます。これはパラレルワールドの七瀬なのか、読者は誰もが疑問を持つでしょうがその事にはしばらく触れられません。
 世界の仕組みは少年の周囲だけ狂っているのです。少年は自分が選ばれたものだと漠然と感じ、それを受け入れて日常を過ごしています。果たして、それは髪の力なのか?
 自分が超能力を持っているということで超常現象を懐疑的には見ない七瀬ですが、逆に自分の持つ能力の常識を遙かに越えた力が七瀬にとっては恐ろしいものとなります。
 そんな中、突然にやってきた少年との恋。それはあまりに唐突で、安直なものとすら言えます。これまでも「七瀬ふたたび」に出てきた予知能力者、恒夫とのように淡いものはありましたが人の心が読める、というのは恋愛どころか人付き合いにとっては大きなマイナスとなっています。
 いかに少年が「神に選ばれた」ような人間でも、何故七瀬はそうも簡単に恋に落ちてしまうのか。
 読んでいて納得ができないそれこそが、今回のストーリーの大きな伏線になっています。
 もし神が存在し、世の中を自在に操ることが出来るなら、自分たちの営みには本当に意味があるのか?
 自分たちの「運命」を必至の努力で変える事が出来ても「神」なら簡単に変えてしあめるとしたら?
 そう、七瀬は今回、神と向かい合うのです。
 常に運命に翻弄されてきた彼女は、その元凶と向かい合ってどうするのでしょうか。
 七瀬三部作は厳密には続きものではないと言えます。
 それは、三つの作品があまりに異なるものだからです。
 もちろん、前の二作がなければこの作品もあり得ません。連作の中でまるで異なる作品を書いてしまう、というところに筒井康隆の意地を感じますね。

5月29日

 現在の愛機、PowerMacG3/450は一昨年の1月に購入したもので、未だに何の不満もなく使えています。あと2、3年は今のままでいけそう……と思っていたのですが、最近かなり決意が揺らぎました。それは新型iBookのせいです。iBookと言えばノートパソコンなのに丸みを帯びたあのデザインで有名でしたがけっこう重く、持ち運べるものではありませんでした。
 しかし、今度の新型は重さ2.2kg、大きさもコンパクトで持ち運びやすそう。ディスプレイは12.1インチですが、惹かれるのは外部ディスプレイにそのままつなげると言うことです。
 家にいるときはCRTのディスプレイにつなげます。おまけにCPUはG3/500で僕のG3/450より早く、DVDとCD-Rを両方装備できるコンボドライブを装備したモデルも出ています。
 周辺機器などはUSBやFireWireで簡単につなげるし、ほとんど今の環境をそのまま引き継げそう。
 そう、iBookを買えば、今のマシンをそのまま持ち運べるようなものです。これはかなり魅力的。
 元々、ノートパソコンにはそれほど興味ありませんでした。
 何でかって言うと、それはもちろん高いから。Macのノートは性能でデスクトップに劣りませんがびっくりするほど高額というのが定番でした。しかしここにきてiBookなど安価なノートパソコンが出れば心惹かれます。
 ネットで今持っているG3/450の買い取り価格などを調べてみたらなんと10万強。20万で買ったのにあまり落ちていないので驚きましたが、これならiBookをローンで買って、周辺機器などを揃える余裕があります。
 そこまでなら「楽しい想像」で済みますね。実際にお店に走らないのは「必要」ではないからです。
 デジカメもプリンタもスキャナも揃ってしまったし、インターネットも常時接続しています。環境的には十分満足……なはずでした。結局のところ何がやりたいかと言うと、「新しく何かがしてみたい」ということです。
 こうなってくると「趣味:パソコン」ということになってくるんでしょうか。いや、正確には「趣味:Mac」ですね。
 Windowsパソコンには仕事で嫌という程触っていますが、使っているとやはりMacが恋しくなってきます。普及率なども考えればWInとMacはどちらも一長一短。でも、好き嫌いで言えばMacの方が圧倒的に好きです。愛着あります。今までの経験から言うと、Windowsがとても好きで愛着があるという人は見たことないですね。いや、Win意外を触ったことがないのなら好きも嫌いもないのでしょうが。
 話がそれました。今、僕の頭の中ではiBookを買って届いたら今のG3/450の中身をバックアップして売りに出し、その費用でiBookのメモリを増設し、AirMacベースステーションとカードを買って無線でインターネットという図が浮かんでいます。
 実現も可能、でも実現させてしまっていいのかどうか、かなり迷いどころです。きっかけがあったらあっさりと転んでしまいそう。

5月30日

 書感です。

「ネメシス 上」
 著者:アイザック・アシモフ
 訳者:田中一江
 出版:ハヤカワ文庫SF
 定価:620円
 関連書感はこちら

 アシモフの長編SFです。

 時は西暦2220年。植民衛星ローターは独自に開発した亜光速駆動を使って太陽系を脱出した。目的地は地球からわずか2光年のところに発見された恒星、ネメシス。彼らの旅は地球圏に溢れた人類が宇宙へ飛翔する第一歩となり得るのか……?

 これまでずっと短編集ばかり読んできましたがこれは上下巻の大長編。毎回、短編に素晴らしいアイディアを盛り込んでくるアシモフだけに、長編になると様々な要素が絡まり合って新しい面白さがにじみ出ます。
 アシモフの書くSFは、単に科学的な事象をあつかっているというものではありません。科学は人類の発展そのものに影響を与えるし、そこには必ず政治的なかけひきが産まれます。何を発明するのも発見するのも人間で、そこには様々な人間関係があります。
 アシモフはいつも、自らのSF作品の中に完結した一つの世界を作ってしまうのです。それが「ロボット三原則」の世界だったり「ファウンデーション」の世界だったりします。短編はそのどちらかの世界を舞台にしたものが多くなっていますが、今回の「ネメシス」はそのどちらともまた異なる世界です。
 人類はまだ宇宙に勢力を広げていないし、地球と植民コロニーは対立といかないまでもお互いに良い感情を持っていません。さて、物語の主人公となるのはマルレイネという少女。
 彼女はネメシスを発見した天文学者、ユージニア・インシニアの娘で人とは違う、鋭い観察力とそれを分析する洞察力を持っています。
 その能力が、地球とローターの運命にどう関わっていくのかまだまだ予測がつきません。上巻ではアシモフが書く新しい未来と複雑な政治的状況、そして恒星ネメシスを周回するローターでの生活を丹念に描写していきます。
 アシモフに慣れ親しんだ読者ならば、それが作者の種まきであることはわかるでしょう。あとはそれをアシモフがどう料理していくのか、楽しみです。

5月31日

書感です。

「ネメシス 下」
 著者:アイザック・アシモフ
 訳者:田中一江
 出版:ハヤカワ文庫SF
 定価:620円
 関連書感はこちら

 昨日に引き続き、下巻の紹介です。

 植民衛星ローターががまるごと消えるという事態によって、地球政府や他の植民衛星政府は不可能と思われていた超空間航法の開発に必死となった。
 一方、恒星ネメシスの軌道に乗ったローターでの生活は無事軌道に乗り、平和な時を送っていた。しかし、天文学者であるユージニアの計算によれば恒星ネメシスは約5000年で太陽系を通過、地球に甚大な被害を及ぼすと言うのだ。
 5000年という時間は長い。しかし、地球には80億もの人口がいるのだ。
 意外にも、地球を救う鍵はネメシスの惑星、エリスロにあった……。

 惑星ローターを地球の影響から全く独立した人類の土地にしようと目論むローター長官、ジェイナス・ピット。人の表面に浮かぶどんな小さな感情も見逃さないマルレイネと彼女を心配する母親で天文学者のユージニア。ローター出発の際に地球に残ったマルレイネの父親、クライル。クライルの現在の恋人で超高速航法の権威、テッサ。
 アシモフの描く人間関係は、ただ登場人物絡まり合いには終わりません。彼らはそれぞれの分野の代表でもあります。
 それぞれの人間関係がなければ、彼らの持つ力は孤立したまま役に立たずに終わってしまうかも知れません。それらを結びつけてしまうのが15歳の少女、マルレイネです。
 マルレイネの前ではいかなる嘘もごまかしも効きません。マルレイネにとっては人がそういったものに頼るのが信じられないわけです。目の前にいる人々がお互い、本心を隠して無意味な会話を続けるのには耐えられない。
 もし、嘘や欺瞞が全く無意味だと思ったら、皆が正直になれるのでしょうか?
 最初の頃は余計な事を言ってしまって相手を追いつめていたマルレイネですが、やがてその能力が大きなプラスとして活かされるようになります。マルレイネ本人にとってではなく、人類全体にとってです。
 超光速航法や異星生命体、マルレイネの不思議な能力、政治的陰謀、そして地球の未来。一つ一つがシンプルでありながら魅力的な題材を、アシモフは巧みに料理しています。
 余談ですが、この「ネメシス」は後に「ファウンデーション」シリーズの序章として組み込まれているようです。
 壮大な宇宙史のはじまりとして、十分にふさわしい物語でした。


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