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9月16日
いつもなら日曜日は教習所日記を書くはずなのですが、日曜日の教習時に教習原簿を家に忘れてしまったために受けられませんでした。無料キャンセルをしてもらいましたが、これはかなりドジでした。おまけに今週は教習所が混んでいて、他に予約がとれていません。来週の土日もすでに予約がいっぱいです。
平日まで全て埋まっていて大盛況というところですが、いくらなんでもこれはひどい。夏休みに通っていた高校生は土日に集中するでしょうし、9月まで休みの大学生は追い込みで予約をびっしり埋めているのではないでしょうか。
もっとも、今週1回だけ乗って2週間後に見きわめという状態はちょっと避けたかったのでそう悪くはないかも知れません。
来週の土日はキャンセル狙いで1限から行こうと思います。
土曜日が「急発進・急停止」で日曜日が見きわめというのが理想的です。
教習所の話題を載せていると、けっこう反応があって楽しいですね。多くの人は教習所に通っていますし、これから免許を取ろうとしている高校生からのメールなどもあります。
大学生の頃にサークルの友人などがみんなで合宿で免許を取った事がありました。山形県の教習所で約3週間です。
宿泊費など込みで普通の教習と同じくらいですから、けっこう得なのかも知れませんが、免許のためだけに3週間合宿するのはちょっと退屈そうです。その時はメンバーのうち一人だけ卒業検定で落ちて、5人部屋に1人で3日ほど残る事になったそうです。なんでも発進するとき、バックにギアを入れてしまったとか……。
残念ながら、僕の方ではあまり笑えるエピソードとかないですね。まあ、今のところですが。
今回、原簿を忘れたのはかなり痛いミスでした。実際に免許をとったときに運転免許を忘れないよう、気をつけなければいけませんね。
9月17日
書感です。
「0をつなぐ」
著者:原田宗典
出版:新潮文庫
定価:320円
初版:平成5年6月25日
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原田宗典の短編集です。原田宗典はエッセイを読むことが多いのですが、あのちょっと照れの入った陽気さから考えるとブラックな雰囲気の短編は異様な感じがします。
日常の中に感じる奇妙な違和感。誰かに見られているような気がするとか、海水浴場で呼び出されている人がかつての恋人かも知れないなど、そんな気分を味わっているとやがて……。
そんな「超日常」を描いた13の短編がここには収録されています。日頃接していてもよくわからない知人や、久しぶりに会った友人など、内側の見えないという事は恐れを呼ぶ場合もあります。
ホラーなどで一番怖いと思うのは、昔話なんかでよくあるちょっとした振る舞いで何かに報復される因果応報型ではなく、自分は何も悪くないのに巻き込まれる理不尽型です。
何をしたわけでもないのに襲いかかってくる災難というのは天災に近いものがありますが、自分だけにやってきて、対処方法も不明だということになるとそれ以上ですね。
「0をつなぐ」というタイトルを冠した表題作はこの短編集に含まれていません。短編の一つ一つが「0」でそれを13つないだのがこの短編集という事なのでしょうか?
巻末の解説によると、0は加減乗除しても0であり、これは作家としての原田宗典の立場を示しているとのこと。つまり、これまでの流れではなく、優等生でも劣等生でもないという事です。ある意味、得体の知れなさではこの作者が一番かも知れませんね。
9月18日
書感です。
「あずまんが大王 3巻」
作者:あずまきよひこ
出版:メディアワークス
定価:680円
初版:2001年9月25日
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あずまきよひこの脱力系学園4コマ漫画「あずまんが大王」の最新刊です。連載時にはほぼリアルタイムで季節にそって進行しているらしく、1巻では1年生だった主要メンバーも3巻ではついに3年生。10歳の天才高校生ちよちゃんもいつの間にか12歳になっています。
夏休みで終わった2巻の続きなのでスタートは夏休み直後。
ちょうど1年ずれているのでしょうがちょうといい時期に発売されていますね。
天才ちよちゃん、過剰に元気なとも、天然大ボケの大阪、優等生なのにどこか抜けているよみ、彼女たちの一年間は作中で描かれているような事のくりかえしなんだろうと思わせます。
「あずまんが大王」の面白さはあり得なさそうであり得そうな微妙なバランス。高校時代の友達というのは小中学校や大学とも違う、奇妙な連帯感がありますよね。
そして、それをうまく表現しているのがあずまきよひこの作る絶妙の間。一瞬、流してしまいそうな微妙なギャグや、どうひっくり返っても普通は出てこないバカバかしい発想がそこかしこにちりばめられ、通勤電車で読んだりするとかなり危険な本です。
あまり共通点はありませんが、これを読んでいつも思い出すのはゆうきまさみの「究極超人あ〜る」です。高校を舞台にしたナンセンス系のギャグ漫画ですが、小さなやりとりがなんとなく「ありそう」なんですね。
このペースでいくと、あと数ヶ月でちよちゃんたちは卒業してしまいますが、どうなることでしょう。受験勉強をしていう様子も特にないのであっさり付属の大学などに進学してあいからわずのペースで続くのかも知れません。
9月20日
書感です。
「勇気ある言葉」
著者:遠藤周作
出版:集英社文庫
定価:260円
初版:昭和53年5月30日
このタイトルと中身のギャップが何よりも愉快です。
もっとも、遠藤周作のエッセイ集ですからそもそも真面目な内容を期待してはいません、と言うか逆ですよね。
この本は連載していたコラムをまとめたもので、遠藤周作自身は自分を小心者だと言い、編集者が冗談で、あるいは著者を勇気づけるためにつけたタイトルだと述べています。
小心者というにはずいぶんと言いたい放題、そして物事を知らないふりをしておとぼけを決めこみます。
毎回、いろんなことわざや格言を引用してはそれを曲解したりわざと誤解したりしてコラムを展開させていますが、それをさらに面白くするのは最後の「編集者の一言」です。
「先生、それは違います」とつっこみを入れたり「もう何も言えません」と呆れて見せたり、なかなかユーモアのある編集です。最後の一言でオチがついたりもするので、著者と編集の見事なコンビネーションと言えるでしょう。何故そこまで息が合うのかは読んでみればよくわかります。
弧狸庵山人を名乗る遠藤周作の笑いは、ちょっと古め。正直に言うと、心の底から笑えるわけではありませんし、そんなに感心するような事を言っているわけでもないです。いかにもユーモアユーモアしたコラムというのはちょっと苦手なのですが、それでもそこには形容しがたい味があります。
いつも家にいて家族を笑わせようとするけど時には鬱陶しくもなる楽しいおじいさん、というところでしょうか。
当たり前の事でも、話されると聞いてしまうというような感覚です。それは読者のために作られた完璧なエンターテインメントでないからこそ味わえるのかも知れません。
9月21日
書感です。
「からくりサーカス 19巻」
作者:藤田和日朗
出版:小学館少年サンデーコミックス
定価:390円
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「からくりサーカス」最新刊です。今度の19巻も鳴海の「真夜中のサーカス」編が続きます。
時間かせぎのために自動人形の本拠地「真夜中のサーカス」に20人で乗り込んだ鳴海たちしろがね。だが、その思惑とは裏腹に外で待機していたら数万人のしろがねは自動人形との戦いで全滅してしまう。残った鳴海たちは自動人形の女王の元へ進むため、命をかけて「ゲーム」を続ける……。
自動人形との最終決戦に臨んだ数万人のしろがねたちはまさかの全滅。一時期、しろがねは自動人形と戦うために感情を捨てたロボットのような存在のように描かれていましたが、実は一人一人が様々な想いを抱え、感情を殺して戦っているという事がわかっている今、数万人のしろがねの無念というものが伝わってきます。
鳴海やルシール、ギィたちの他にも世界中で様々なドラマを繰り広げてきたであろうしろがねたちは一人一人が物語の主人公となり得るのです。
さて、強力な人形と死闘を繰り広げる鳴海たちですが、不死身とも思えたしろがねの再生能力が徐々に鳴海の身体から失われています。不死身であるからこそ、簡単に命を捨てようとする、というのが鳴海のしろがねに対する味方ですが、今度は鳴海こそが自分の命を省みずに戦っています。一度、マモルを助けて命を失いかけた彼だけに心配になりますね。淡々と戦って散っていくしろがねたちやサイボーグのしろがねーOたちと違い鳴海の自己犠牲にはもっと大きな痛みが見えます。自分の命を粗末にするわけではないけど、もっと大きな目的を果たそうとする彼の意志はまた、他のしろがねたちにも伝わっているようです。
一方、最終兵器となる人形が殺し屋アシハナによってルシールの元へ運ばれようとしています。これがどのような働きをするのか、待ち遠しいところです。
9月22日
書感です。
「ラヴレター」
著者:岩井俊二
出版:角川文庫
定価:438円
初版:平成10年3月25日
岩井俊二は初読となります。
死んだかつてのフィアンセ、藤井樹がかつて住んでいた函館に手紙を出した主人公、渡辺博子。それは未だに樹への想いが断ち切れずにいる彼女の風変わりな精霊流しだった。
しかし、国道になっているはずのその住所から、返事の手紙が来る。函館に住むもう一人の藤井樹との奇妙な文通が始まった……。
同姓同名の人間に会った事はあるでしょうか?
僕は直接に知らないのですが、会社で労働保険の登録をしたときに同姓同名の人間がすでに登録していたため、問い合わせの電話が来たりしました。そんなにある名字ではないので多少驚きました。
さて、この物語は渡辺博子と藤井樹という二人の視点から描かれます。裏表紙の解説では、相手の藤井樹が何者なのか、という謎を主体にしているようになっていますが、読者は双方の立場から見ているので謎はないんですね。
もう一人の藤井樹は、渡辺博子の恋人だった藤井樹と中学時代の同級生だという事がやがて判明します。恋人だった人の過去を知りたい博子、そして同姓同名という奇妙な関係だった少年を思いだしていく藤井樹。文通をしながらも二人はお互いの事にほとんど触れず、藤井樹の話題に終始します。
捨てられない過去と決別しなければならない博子と、藤井樹の思い出を見つけ、徐々に過去を暖かいものとして認識していく二人が対象的です。
「ラブレター」というタイトルからは恋愛小説を連想してしまいますが、二人が追っていく過去はもっと緩やかで暖かいものです。小説やドラマはの登場人物はその中にしか存在しませんが、ここに出てくる二人にはあくまでこれが再出発点で、長く続いていく人生の中のちょっとしたエピソードの一つなのだと感じさせます。
妙な表現かも知れませんが、ドラマチックではないドラマがここにはあります。
9月23日
今週の教習所日記です。
ふと思ったのですが、自動車教習所ってなんと略していたでしょうか?
僕は普通に「教習所」なのですが「自学」という略もけっこう聞きます。これは去年はじめて知った略し方なのですが、もしかしたら地方によったりするのでしょうか。
さて、今週は土日にキャンセル待ちです。
土曜日の1限はキャンセル3つに待ちが5人。運良く当たりを引いて乗ることができました。残っているのは教習項目の最後、急発進と急加速だけでけっこう中途半端なのですが、仮免前見きわめをするには2週間のブランクがあるのでちょっと不安。
急発進と急加速はすぐ終わりになり、その後は見きわめの練習をさせてもらいました。急発進、急加速はまず段差を乗り越える練習から。10センチくらいの段差はクリープ現象で越えられないのでわずかにアクセルを踏んで越えるわけですが、この時すぐにブレーキを踏まないと急発進になってしまいます。
とりあえずこれは感覚的にすぐできてまったく問題なし。
全身と交代で5回ほど繰り返し、その後はキックダウンでの急加速をしました。アクセルを一気に踏んでギアを下げ、加速するのがキックダウン。これまで速度40キロ制限の区間でそこまで加速するのに苦労していましたが、キックダウンでは軽く70キロまで出て驚きです。しかも、ブレーキ踏んだらけっこうあっさり止まるんですね。まあ、考えてみれば高速道路ではもっと速いわけですから当然か。
その後、コース内をまわってみきわめの練習。最後には見きわめも大丈夫と言ってもらったので安心です。しかし、日曜日のキャンセル待ちがダメだとまた1週間ブランクが空くので多少不安。
そして日曜日、1限のキャンセル待ちをしていたらちょうどキャンセルも待ちも4人であっさり乗れました。
とりあえず30分ほど所内をまわったのですが、これまでになかったミスをしたりしてちょっと焦りました。特に苦手っていうものはないんですが、時々大ポカをやるので気をつけなければいけません。路上では事故につながりかねませんしね。
で、見きわめの本番でしたがこれはうまくいきました。
ただ途中、目前の車の挙動がかなり不安定で怖かったです。
と、いうわけで来週土曜日は仮免検定です。
楽しみなような不安なような。
9月24日
書感です。
『セントメリーのリボン』
著者:稲見一良
出版:新潮文庫
定価:440円
初版:平成8年2月1日
この著者に関しては予備知識が一切なかったのですが、図書館でふと手にとりました。いつも「あ」の列から順に見てしまうので「あ」「か」行の作家が多くなるような気がしますが、それはさておき、こういう作品出会うと世の中には面白い本がたくさんあるなと思います。
表題作「セントメリーのリボン」は山で行方不明になった猟犬を探す猟犬探偵を生業とする竜門卓という男を主人公にした短編です。裏表紙の解説ではミステリっぽかったのですが、この表題作を始めとするすべての短編が見事なハードボイルド作品でした。
猟犬という無骨な犬を追う主人公、竜門はその職業にふさわしい無口でタフな男。本来は専門外である盲導犬の捜索を引き受けた彼は、事件の因果関係をつきとめて自分なりの「解決」を求めます。多くを語らない人間だからこそ、その行動ににじみ出る情の厚さが魅力的です。
世捨て人のようであるからこそ、彼には人間の情を信じ、大切にする気持ちが強いのかも知れません。
他、4編もそれぞれに強く心を揺さぶるものがあります。
「焚火」は追われる男が行きずりの老人に助けられるという短編。背景の説明もほとんどなく、唐突に始まり唐突に終わりますが、どんな状況でも人に対する礼を忘れない主人公と、その人間性を見て取った老人の一瞬の交流はまさに男の友情というものではないでしょうか。
「花見川の要塞」は山奥に見た幻を写真の残すため、通い続ける写真家の物語。あり得ないはずの幻の線路に走る列車をなぜ彼は目撃する事が出来たのか。情熱というのはいつまでも残り、人に伝わるものなのでしょうか。
「麦畑のミッション」はドイツへと出撃したアメリカ空軍B-17爆撃機を舞台にした事件。雰囲気や描写の細かさが日本人の書いた小説とはなかなか思えません。鼻持ちならない一人の銃座手を助けるため、大尉の下した決断があまりにかっこいい。そしてそれはまた、幼い大尉の息子へのプレゼントでもありました。
「終着駅」は東京駅で働く赤帽の叔父と甥を主人公にちょっとした事件を描きます。実直に働く赤帽の人々とそれを利用する客の日常……なのですが最後のどんでん返しには驚かされます。
さて、著者の稲見一良なのですが、作家として活躍し始めたのはけっこう遅いらしく、しかももう亡くなっているとの事。
著作は8冊あるらしいですが、この作品集だけでも文句なしの作品ばかりで、あまりに惜しいです。
強さと優しさ、人としての弱さと繊細さ。稲見一良の主人公にはそういったものがあります。それはまさにハードボイルドのヒーローに不可欠な要素です。
9月25日
書感です。
「たかが信長 されど信長」
著者:遠藤周作
出版:文春文庫
定価:420円
初版:1995年9月10日
遠藤周作の歴史対談集です。
タイトルの通り、テーマは織田信長。
ちょうどこの対談が行われたころ、信長ブームがあったそうですね。NHKでも大河ドラマで緒方直人主演の信長がやっていました。あの信長は外国人宣教師ルイス・フロイスの語りが印象的でした。
さて、世間での信長像というのは直情的で残酷だが、斬新な発想と行動力で戦国の世の覇権を握ったというものです。戦国時代と言えばやはり織田信長ですね。「信長の野望」という歴史シミュレーションゲームもあるくらいですから。
これまでの信長は「信長公記」「信長記」などの資料を基に書かれていたそうですが、「武功夜話」というもっと身近な視点から信長について書かれた資料が見つかり、これで遠藤周作の創作意欲が刺激されたとの事です。
それによれば、伝統的な手法に改良を加えたり事前の下調べを綿密に行ったりしてから行動を起こす人間だったそうです。
信小さな国から身を起こし、アイディアと行動力で頂点に立った信長から学ぼうという信長ブームでしたが、結局のところすべて怠りなく事を進めていく人間が成功するんですね。さらにそこに才能が加わるわけです。
まあ、そう言ってしまうとあまりロマンはないかも知れませんが、やはりスケールが大きい事に変わりはありません。
対談の相手は歴史学者であったり小説であったり、アマチュア研究家であったりしますが、みんなが口を揃えていうのは、自分だったら信長の部下になりたくはないと言うこと。信長にとって部下は使い捨てで、役に立たない人間は追放するしかないのです。ただ、皆が自分と同じ合理的な考えを持っていると考え、自分に叛乱を起こす人間などいないと甘くみていたために光秀に本能寺の変を起こされたそうですね。
また、信長は長距離ランナーではないため、50で死んだからこそ英雄になれたという意見も共通していました。組織を作ったりそれを維持していけるような力はなかったという事ですね。
面なんだかんだと言いつつ論議をしている人はみんな信長が好きなんですね。かなり熱心に、まるで共通の知人を語るように話しています。
また、興味深かったのは巻末の対談で歴史小説を書く際に歴史的事実と解釈、虚構のジレンマに悩むという話です。もちろん小説を読む人は小説的なロマンを求めているわけですが、まったくの創作だと知ればそれはそれで面白くないんですね。
もちろん、この問題に結論はないのでしょうが、これだけ情報が蔓延してしまった現代、歴史小説を書くのは難しいのかも知れません。
9月26日
書感です。
「はじめの一歩 58巻」
作者:森川ジョージ
出版:講談社少年マガジンKC
定価:390円
出版:2001年9月17日
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「はじめの一歩」はすごい長寿作品ですね。こういう漫画で一番嫌なのは強さがインフレしてしまう事ですが、まだ一歩は日本チャンピオンで世界にでてはいませんし、無敵の強さを誇る鷹村も徐々に階級を上げているわけですからまだ上があります。過程を省略せずにひとつひとつ積み重ねていくだけに、上昇を続けていく主人公達にリアリティがあります。
ジュニアミドル級を制覇した一歩先輩、鷹村は階級を上げてミドル級へと挑む。世界チャンピオンであるデビッド・イーグルは合衆国の英雄でありながら奢らず、常に練習を怠らない模範的な正統派ボクサー。誰もが認めるボクシングスタイルに鷹村はどう挑むのか?
横浜アリーナでの世界戦当日、青木、木村、そして宮田の前哨戦が始まる……。
さて、57巻の最後に来日したデビッド・イーグルですが前のブライアン・ホークと比べると前振りなどがないですが、その強さはひしひしと伝わってきます。優等生でありながら型破りな鷹村に眉をひそめる事もありません。強さには強さで、というのがこの「はじめの一歩」では本物のボクサー。作者も鷹村を簡単に勝たせる気はなさそうです。
さて、今回のメインとなるのは前哨戦の方。青木や木村はいつも通りですが、一歩のライバルである宮田一郎は一試合ごとにその伸びを見せつけてくれます。
電光石火、正確無比なカウンターを必殺とする宮田の試合は観客に声すら上げさせない試合として描かれますが、その緊張感は物語の中だけではありません。静と動。大歓声の中で壮絶な打ち合いをする一歩とは正反対の魅力です。前巻で鷹村と合宿を行い、そこから新たなパンチを学んだ宮田。同じジムではない宮田を、鷹村はあくまで自分の後輩として一歩と対等に扱います。
国内で他に並ぶもののない実力者である鷹村にライバルは存在しません。鷹村を見て「強いってどういう気分だろう?」とボクシングを始めた一歩ですが、鷹村もまた一歩や宮田に自分とは違う強さを感じ取っているのではないでしょうか?
理論と野生の理想的な融合と評された鷹村のボクシングは、全米の英雄とどうぶつかるのか?
次巻に期待です。
9月27日
書感です。
「もののけづくし」
著者:別役実
出版:ハヤカワ文庫NF
定価:540円
初版:1999年4月15日
当たり前のような顔をして、毒にも薬にもならないような嘘をつく人って周囲にいませんか?
僕の印象では、別役実ってそういう人です。
「妖怪」「もののけ」などの言葉から最初に連想するのは水木茂や京極夏彦。どちらも研究家と言っていい人ですね。
前書きで別役実は、激動する現代の妖怪について研究したと述べていますが、実際に読んでみるとこれが、とんでもない内容なんです。あくまで真面目な文体でろくろっくびやのっぺらぼうなどを解説していて、なんとなく納得しながら読んでしまうのですがふと気が付くと首をひねってしまうようなものばかり。そう、現代の妖怪とは不可解な人間の生態に他なりません。これは妖怪の研究書ではなくて人間の観察書です。
裏表紙などにもこの本自体が一種のジョークだというような事は一切書いていないので、真面目に妖怪が好きで買った人にはちょっとショックかも知れません。これはもう出版社も確信犯なのでしょうね。さすがハヤカワです。
「妖怪」や「もののけ」好きというのは心霊や超能力などのオカルト好きとは完全に一線を画した存在です。そもそも妖怪などの由来を探っていくと、わからないものをなんでも妖怪として片づけてしまったり、ちょっとした事に尾ひれがついて様々な話に分化していったりと、それを作り出した人間という生き物の愉快さが見えてきます。
妖怪というのは恐ろしいものであると同時に、どことなくユーモアのある存在なんですね。元々、そういうものが好きでこの「もののけづくし」を手にとってしまうような人にはそもそも別役実のジョークが十分通用するのかも知れません。
別役実は書読なのですが、著書を検索してみるとなかなか面白そうなものが揃っています。「ことわざ悪魔の辞典」「思い違い辞典」など心惹かれますね。
どうやらまた面白い人に出会ったようです。
9月28日
書感です。
『漱石を売る』
著者:出久根達郎
出版:文春文庫
定価:437円
初版:1995年9月10日
古本屋、というのは長年僕にとって謎のお店でした。
最近はブックオフなど大規模な店舗があって僕もたまに利用しますが。商店街なんかにひっそりとある古本屋で、しかも文庫やコミック、雑誌などしか置いてないと「この店は本当に商売になっているのだろうか?」と思ってしまいます。半分道楽のような商売なのかも、とか考えていたのですが、ここにしっかりと古本で商売をしている人のエッセイがありました。
著者の出久根達郎は古本屋を営み、暇だからと小説を書き始めた変わりだねの作家。本が好きだから古本屋をやっているわけですが、あんまり好きだと貴重な本を売れなくなってしまう。いらないから本を売りにくるわけですが、本を大切にしない人は嫌い。本に対する愛情と商売の狭間にある様々な葛藤が記されています。
タイトルの「漱石を売る」は夏目漱石の書簡を手に入れたものの、弔辞だったために四苦八苦するという最初の一編から来ています。この短い文の中には著者の古本屋人生の多くが詰まっているようでした。
同業の古本屋経営者や、お客としてやってくる様々な人々などに対する観察眼はなかなか鋭く、古本屋のカウンターに座って本を読みながら様子をうかがっている著者の様子が目に浮かびます。
今は古本でさえもインターネットの通信販売で手に入る時代ですが、それでも古本屋を巡っては自分の欲しい本を探す人は当分絶えないのでしょうね。それは一つの宝探しですから。
9月30日
さて、恒例の教習所日記です。
予告通り、本日は仮免検定!
午前中の検定だったので、9時集合でした。教室に行ってみると僕以外全員着席状態。ちゃんと時間前に到着したのですがどうやら気合いの入り方が違う様子です。
周囲の話を聞いていると、仮免検定はそんなに難しくないらしいので緊張していなかったんですが、気楽過ぎたかも知れません。検定の説明があって、最初の人は先生の来るまでコースを一周。僕は2番目でした。
最初、コースは憶えなければならないと勘違いしていたのですが先生がいちいち指示を出してくれると知って安心。まあ、憶えているに越したことはありませんね。
さて、10時に検定はスタートしました。2番目なので最初の人の後部座席に乗り込みます。どうも、こちらの方が緊張しました。前の人は高校生だったのですが、大柄な体格にも似合わず運転はかなり慎重。いや、むしろ臆病と言っていいくらいでした。アクセルをほとんど踏まないので速度も20キロ前後で、40キロを指示されているところでも30キロ過ぎまでしか加速できません。カーブもブレーキをめいっぱい使っているので後ろに車が詰まります。それでもミスとかは特になく、順調に進んでいたのですが先生に「もっとアクセル踏みなさい」と言われていました。
他の3台よりだいぶ遅れて終了し、次は僕の番です。
僕の後ろに乗り込む人とちょっと雑談していたら「がんばってください」と言われて逆にちょっと緊張しました。
名前と受験番号を言って、スタート。よくドアロックを忘れるのですがこの日はそんな事もなく、スムーズにスタート。
仮免前の見きわめで誉められたのが良かったのか、何をやってもうまくいくという感じです。何故か所内の車の流れが悪くてところどころ詰まったのですが、きちんとスピードも出てあっという間に終了しました。
終わった後「特に減点というところはないですが、右左折のときにはもっと端に寄りなさい」と言われました。
とりあえずは合格かなと思い、その後検定をした人と雑談をしながら結果待ち。
最初に説明を受けた教室に戻り、スライドで映し出された結果を見たら無事合格でした。普通車は4台あったのですが、やはりマニュアルの方が合格率低いです。僕が乗った車は全員合格。先生が甘かったのかも知れませんが、ひとまず安心です。
次は仮免学科試験ですが、何故か土日になくて受けられるのは10月半ば。これはなんとかして欲しいですね。
平日、会社を休んで受けに行こうかと検討中です。
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