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10月16

 書感です。

「神隠し」
 著者:藤沢周平
 出版:新潮文庫
 定価:440円
 初版:昭和58年9月25日
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 池波正太郎、司馬遼太郎と並んで三大時代小説家と言われた藤沢周平の短編集。僕が時代小説を読むようになったそもそものきっかけは藤沢周平の「用心棒日月抄」がNHKでドラマ化された事でした。池波正太郎の痛快さや司馬遼太郎の描く歴史的視点とはまた別に、藤沢周平の小説には人間の深い情念がこめられているように感じます。
 収録作品は江戸時代を舞台にした11編。多くが商家や武家の話で、様々な事件が起こっては最後にどんでん返しがあったり意外な真実が明らかになったりし、ミステリ的な要素もふんだんに盛り込まれています。
 面白かったのは表題作「神隠し」と最初の短編「拐かし」で対称的な2編となっています。「拐かし」は行方不明になった娘を預かっていると脅迫してくる男に金を渡し続けた職人がなんとか娘の居所を突き止めようとする話。「神隠し」は大店の内儀が急に行方不明になってはひょっこり帰ってくるという話なのですが、その結末がちょうど両極にあります。
「昔の仲間」はかつて強盗を働いた男が過去の仲間の行方が気になりだし、探しに行くという短編。だんだんと変化していく「昔の仲間」への感情が藤沢らしくリアルです。
「告白」や「桃の木の下で」などは夫婦をテーマに描かれた作品で、夫婦として暮らしながらも自分にはわからない内心を相手が持っているという恐ろしさが秀逸です。
藤沢作品というのはどうしても「暗い」というイメージがあります。「用心棒日月抄」などは割とコミカルに書かれていましたがそれでも時折人の心の闇を覗かせる事がありました。
収録作品でも半分くらいはなかなかやりきれない結末になっていたりもします。
 現代サスペンスなどもどろどろした情念を描いた作品が多々あるかも知れませんが、時代小説だとよりいっそう生々しい感覚がありますよね。
 それは、この時代の人々がより強く人間性を発揮して生きていたという事なのかも知れません。

10月17

 書感です。

「蒼天の拳 1巻」

 作者:原哲夫
 監修:武論尊
 出版:番地コミックス
 定価:505円
 初版:2001年10月15日

 少年ジャンプ最盛期の傑作「北斗の拳」
 一子相伝で伝わる北斗神拳の伝承者、ケンシロウは1970年代に生まれ。彼の名前の元となったのがケンシロウの師匠であるリュウケン(霞羅門)の兄、霞拳志郎こそこの「蒼天の拳」の主人公です。
 1930年代の東京で女学校の教師を務める霞拳志郎は三國志の時代から受け継がれる究極の拳法「北斗神拳」の伝承者。
 かつて滞在した上海の朋友たちが殺されたと聞いた拳志郎は彼らの無念を晴らすため、旅立つ……。
 原作の「北斗の拳」は力だけが頼りの荒廃した世界で凄まじい力を持ったライバル達と戦うという魅力がありましたが、拳志郎には互角の相手がまったくおらず、その点は残念です。これからの展開に期待したいところです。
 原哲夫と言えば「悪党」を描くのが得意な人ですね。
 いかにもといった風体の奴らが悪行を働き、北斗神拳に成敗されるというパターンはそのまま。
 拳志郎はケンシロウと違って豪放な性格で、悪党とのやりとりも相手を小馬鹿にしています。
 言ってしまえばコントのようなものなのですが、煙草をくわえて「龍の文句は俺に言え」「閻王の文句は俺に言え」と口を歪める様子は迫力満点。決め台詞は当然のように「お前はもう死んでいる」です。中国語ですけどね。
 寡黙なケンシロウと違い、大いに泣き笑い、誰からも好かれる魅力を持った霞拳志郎。物語はまだ始まったばかりですが、「北斗の拳」とはまた別な魅力を見せてくれそうです。

10月19

 書感です。

「白いメリーさん」
 著者:中島らも
 出版:講談社文庫
 定価:400円
 初版:1997年8月15日

 なにわの鬼才、中島らもの短編集です。
 僕が中島らもを初めて知ったのは朝日新聞のコラム「明るい悩みの相談室」でした。次々と来る下らない悩みに対して、中島らもがもっと下らない返答をする、というもので長年にわたって続いていました。中島らもは劇団を主宰しており、これまでに紹介したことのあるわかぎえふなどはそのメンバーの一人です。
 さて、実は小説作品を読むのは初めてなのですが、最初の短編「日の出通り商店街いきいきデー」からインパクト十分。一年に一度だけ、正々堂々とした殺し合いが認められるという笑えない設定の話ですが、そのタイトル通り登場人物達が実に生き生きと描かれています。他にも夜の街をジョギングして様々なものを目撃する「夜走る」や終電車に乗った男が目撃する不思議な少女の話など、ブラックユーモアから幻想的な物語まで実に様々です。
 相談室で突拍子もない受け答えをしていたように、ここでも出されたアイディアは様々。それにうならされたり笑ったり、背筋が寒くなったりと実に多くのものを楽しめます。
 表題作の「白いメリーさん」が最も印象深く「白いメリーさん」という白ずくめの女性を追う主人公と、広がっていく噂、そしてそこから変化していく人間関係の恐ろしさが描かれています。
 しかし、なかなか言葉で説明しにくい作品ばかりです。やはりこの雰囲気は読んで味わってほしいものです。

10月20

 書感です。

「F1 地上の夢」
 著者:海老沢泰久
 出版:朝日新聞社
 定価:748円
 初版:1993年6月15日
 
 地上最速のモータースポーツF1に挑戦し、見事その頂点に輝いたホンダ。その歴史を綴ったドキュメンタリーです。
 かつて日本の自動車業界が世界を相手にするなど考えもつかなかった時代、ホンダの創業者である本田宗一郎はF1で優勝するという夢を持ちます。四輪車のノウハウすらなかったホンダは二輪のレースを制し、そしてF2へと参入しますがホンダの誇るハイパワーのエンジンだけではレースに勝つ事ができません。失敗に継ぐ失敗から確実の進歩していく技術、次第にしたたかに勝利を追求し始めるスタッフ。レースの世界は普通の企業競争とは全く別な側面を持っています。
 F1のエンジン技術者やレース総監督となった人々を中心に話は進みますが、そこで随所に顔を出すのが本田宗一郎。彼は自分のF1に対してあくまで自分のスタイルを貫くことにこだわります。設計が気にいらなければ怒り出すし、時々とんでもないアイディアを出したりします。しかし、彼はただわからずやの人間というわけではなく、高い技術を持ったホンダを作り上げた張本人なのですからスタッフもそれを無視するわけにはいきません。F1は外との戦いであると同時に、スタッフと本田宗一郎との戦いでもあります。しかし、それは無駄な時間ではなくそうしたものがやがて、後のホンダを支える人や付け焼き刃ではない確実な技術をもたらす事になるのです。
「エンジンは早く走るためのもの」と考え、とにかく高出力のエンジンを追求したホンダ技術陣。エンジン本意の思想は必ずしもF1で有利ではありません。そうした頑固さはまさに本田宗一郎ゆずりなのですが、まずエンジンがあってその後にあらゆる事を解決していくという過程は、秘められたエンジンの力が徐々に解放されていくようで爽快感があります。
 様々な改良を積み重ね、そのエンジンが勝ったときは登場人物だけでなく読んでいるこちらまで目頭が熱くなります。
 ドキュメンタリーを読んでいると、事実に勝るものはなしとい思えますね。この本は洒落た表現や登場人物の内面描写などはほとんどありません。しかし、現実に対して装飾は何もいらないのです。
 この本はホンダがF1を撤退するところで終わります。しかしそれは、十分に納得のいく撤退で、ホンダらしいと言えます。これは過去の栄光を示した本ではありません。
 ホンダF1の未来に、誰もが期待するでしょう。ホンダが何を目指しているのか、この本を読んだ人にはわかっているはずなのですから。

10月21

 さて、教習所日記第10回です。
 前回ではじめて路上に出て、今回は路上2回目。学科が4つ入っていたのでその合間に教習を入れ、一日中教習所にいるというスケジュールになりました。
 さて、いつもは朝から入っているのですが学科の合間で昼の教習となっているためずいぶんと雰囲気が違いました。
 14時から路上に出るとこれまでと違って圧倒的に交通量が多いです。渋滞もあるのですが、何よりやっかいだと思ったのは自転車。埼玉県、中でも川口市は圧倒的に自転車での事故が多いらしいです。教習所までいつも自転車で行くのですが、よく右側通行で車道を走ってくる自転車とすれ違う事になります。中学生のが集団で右側を走ってきたりするとどうしようもないですね。元々交通量の多い道路があちこちにあるため、かえって慣れてしまうのがいけないようです。
 さて、他に怖いのは追い抜きをかけてくる車です。左側の自転車のために速度を落とし、右にふくらんで走行しているとそれに対してさらに追い抜きをかけてくる車とかありました。後ろを走っているときからショッキングピンクの派手な車体で気にはなっていたのでやはりという感じですね。こちらはあくまでマイペースで走っていますが、それで事故でも起こされたらたまりません。
 さて、その後の16時からの教習では時間中に救急車に遭遇しました。習ってはいるものの実践の機会ってなかなかないですからいい勉強になりましたが、道を譲るために左寄って止まったら後ろからタクシーが追い抜かしていきました。これでは緊急車両も十分にスピード出せないですよね。
 学科の方は事故処理とかと保険の話。ここで見せられるビデオがなかなか嫌なんですよね。事故を起こしたときに任意保険に入っていなかったため、慰謝料などが払えずに一家が離散していくという内容でした。まあ、事故の悲惨さを訴えるには効果十分でしょう。安っぽいドラマが余計に怖さを引き立てていました。他にも後部座席に座るときもシートベルトを締める習慣をつけようとかいろいろありましたが、こういうことを運転への慣れで忘れないようにしたいですね。
 計算してみると最速で11月後半には卒業できそう。もうすぐというよりはまだまだという感じですがゴールは見えてきました。

10月22

 書感です。

「白い犬とワルツを」
 著者:テリー・ケイ
 訳者:兼武進
 出版:新潮文庫
 定価:552円
 初版:平成10年3月1日

「大人の童話」と銘打たれたこの作品は友人の薦めで読んでみました。
 長年連れ添った妻に先立たれた老人、サム。子供達は皆、彼の面倒を見ようとするが、足が不自由ながらも彼は一人で生きようとする。ふと現れた不思議な白い犬と頑固な老人。人生の終幕を穏やかに綴る物語。
 その白い犬は他人にほとんど姿を見せない。サム以外は触れる事もできない。だが、人のいないときはいつもサムの側にいます。自慢の息子達にどれだけ愛されているかわかっていながらも、亡くなった妻の想い出以外に彼の心を癒すものはありません。決して癒される事のない残りの人生の日々を、サムはたくましく生きていきます。
 そんなサムの様子は「不幸」というようには感じません。しかし、自分の死を持ってしか解消できない深い悲しみがある事は痛いほどわかります。
 サムの息子は2人も牧師になっていますが、サム自身はあまり教会にいかないとの事でした。しかし、この本の根底には深いキリスト教的世界観が流れているのを感じます。
 人間は死ぬと天国へ行って幸福に過ごす事ができる。だから死を恐れる必要はないけれども、生きているうちは懸命に生きなければならない……。サムは何も語りませんし、コウラの事を話しても決して死後の事に触れようとはしません。しかし、ひたむきに強く生きようとする姿にはそういったメッセージがあるように思えます。そして白い犬は、そんな彼が少しでも寂しくないようにどこからかやってきた存在なのです。
 老齢だからこそ思い出す過去には重みがあり、様々な想い出がやってきます。そして想い出の中の人間達もまたサムと同じように歳をとって登場し、次々と亡くなっていきます。多くの老人達がのんびりと過ごしながら自分の葬式で「あいつはいい奴だった」と話されるのを待っているのです。
 サムの想い出は数多く出てきますが、読み終わってみると彼の人生において「こうすれば良かった」とか「あれはひどい失敗だった」というような話はないのです。
 自分の人生が終わりに近づいたとき、自分が過去どれだけ懸命に生きてきたか、という事だけ思い出せる人生って素晴らしいのではないでしょうか?

10月23

 書感です。

「人造人間キカイダー 文庫版 1〜4巻」
 作者:石ノ森章太郎
 出版:秋田文庫
 定価:581円
 初版:平成12年12月10日
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 改造人間やロボットを通して人間そのもののあり方を問いかけた石ノ森章太郎の漫画。
 人間を機械に近づけたのが「サイボーグ009」や「仮面ライダー」なら逆に人に限りなく近いロボットを描いたのが「ロボット刑事」や「人造人間キカイダー」です。キカイダーは特撮番組としても放映され今でも根強いファンを持っています。
 科学者、ロボット工学の権威、光明寺博士が開発したロボット、ジローこと人造人間キカイダー。博士はその力を利用しようとするギル博士とその一派を恐れ、キカイダーに悪いことをしないための良心回路を組み込んでいた。だが、不完全なままに博士は襲撃を受け、ジローは何もわからぬまま戦いの中に放り出されてしまう……。
 ジローの良心回路は「悪いことをしない」という制約を自身に化しています。だが、完全でないその力は時に思考を狂わせ、キカイダーと化したジローの身体もまた半身が透明な左右非対称の姿となっているのです。不完全なために「悪」に抗しきれないジローは回路ではなく自分自身の力でその心と戦わなければなりません。ギル博士が送り出してくるロボットたちもまたジローと同じく光明寺博士が作り出した言わば兄弟。自分と同じ境遇のロボットを壊す事をためらうジローはその力を十分に発揮できず、苦戦します。
 良心回路を持たないキカイダーの兄、イチローことキカイダー01。キカイダーの弟キカイダー00ことレイに加え、人間の脳を持った悪のロボット、ハカイダー。そして機械でありながら様々な野望を持ち、感情も豊かなビジンダーなど立場や能力の違うロボットが登場し、機械と人間というテーマを浮き彫りにする物語からは目が離せません。
 冒頭、ピノキオが人間になるという話から始まるこの話の膜は同じくピノキオの話で幕を閉じます。
「ピノキオは人間になって本当に幸せだったのか?」
 強力な力と引き替えに良心回路だけでなく悪の心をも併せ持ってしまったキカイダーは永久に善と悪という相反する心の戦いに悩まされるのです。
 ここで言う悪とは人を傷つけようとする心。
 自分を守るために、他人を守るために人を傷つける事を否定したキカイダーはやがて時には人を傷つけても何かを守るという事を身に付けます。
 危うい存在であったキカイダーは「悪の心」によって生きていくことができるでしょう。しかし、それが幸福な事であるのでしょうか?
 本当に悲しい存在はロボットじゃないのかも知れません。

10月25

 近代美術の祭典「横浜トリエンナーレ2001」に行ってきました。トリエンナーレというのは3年に一度のお祭りを意味する言葉だそうですが、存在を知ったのは今年はじめて。美術展なんかはよく行くんですが、近代美術は敬遠気味。ですが、今回は券が手に入ったので横浜観光がてらという感じで行ってきました。
 トリエンナーレは一つの会場だけでなく、横浜にある数カ所で行われる大規模なイベントなのでまずは桜木町駅から歩いて約15分のパシフィコ横浜会場へ行きました。途中、クイーンズスクエア内でも写真などの作品が展示されていましたが、やけに大きな靴を履いたおばあさんが写っている巨大なパネルでかなり意味不明。先行きにちょっと不安を感じました。
 パシフィコ横浜は仕事で時々行ったりしているのですが、かなり広いので未だにあまり把握していません。今回の会場は入ったことのないところで天井の高い巨大な展示ホールでした。親子連れや小学生の団体なども多く、地元横浜ではかなり力を入れているような印象。
 さて、肝心の作品の方ですが、これが本当に千差万別。ですが普通の絵画や彫刻などはほとんどありません。床に銀色の包み紙のキャンディーが敷かれていて「お一人様一つずつお持ち帰りください」と書かれていたり、数メートルの長さのルアーが天井から下がっていたりとインパクトはかなりありました。
 しかし、これが芸術だと言われてしまうとイマイチです。そういうオブジェは街中にあると目を引くし、芸術性を感じたりもするかとは思いますが、一カ所に押し込められると互いの主張がはげしくていけませんね。それでも、段ボールの塊に上から光を当てると不思議な影が広がっていたり、細い糸を張り巡らせて立体的な模様を作っていたりとなかなかきれいと思わせるものもありました。
 芸術というのは作る側にも見る側にもいろいろな形があるのでしょうが、作られたばかりの芸術を感じ取るというのは難しいのかも知れません。つまり、古来からある芸術は見方を知っているから美しく見え、それのわからない近代美術はわけのわからないものとしか感じられないという事ですね。文字もわからなければただの記号です。
 もしかしたら近代美術展というのはそれが芸術になる瞬間を自分で体験できるチャンスなのかも知れませんが、残念ながら自分の感性にフィットするようなものはありませんでした。
 と、いうことで結局他の会場はまわらずに帰宅。
 3年後にまた行こうと思うことはなさそうですね。また券がもらえたらわかりませんが。

10月26

 書感です。

「サイボーグ009 文庫版」
 作者:石ノ森章太郎
 出版:秋田書店
 定価:581円
 初版:1994年08月
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 石ノ森ヒーロー漫画の最高傑作「サイボーグ009」は現在テレビ東京などでアニメが放映されていますね。過去に読んではいるのですが、久々に読みたくなったので文庫版で集めています。前に紹介した「人造人間キカイダー」もその流れで買ったものです。
 文庫版の方は原作を再編集して収録してあるため、話の順番などが違っており、多少わからなくなったり混乱したりすることもありますが、基本的にエピソードごと完結のストーリーなので十分に楽しめます。

 世界中の争いを裏で操る死の商人ブラックゴーストに、戦闘用サイボーグとして改造された9人の若者は組織に反旗を翻した……。

 ブラックゴーストとの戦いを終えてそれぞれ自分の故郷で過ごすため、世界中に散っているサイボーグ戦士たち。彼らは不穏な匂いを感じたり、面白そうだと思う事を見つけたりすると仲間達と連絡を取り合い、終結する……。文庫版の最初の方の巻はすでにブラックゴーストとの戦いを終えたところから始まります。世界中を舞台に海へ、空へ、時には地中や宇宙へと活躍の場を広げる彼らの冒険はいつ読んでも胸が踊ります。
 しかし、彼らは決して自分たちの能力を誇ったり、もっと大きな力を求めたりする事はありません。文庫版は途中から物語の最初「誕生編」へと戻ります。
 様々な境遇から集められ、改造された9人のゼロゼロナンバーサイボーグたちはお互いの本名も知らないままブラックゴーストからの脱出を試みます。
 無理矢理同じ運命で結びつけられた彼らは戦いの中、次々と強力になっていく敵と戦い続けます。ゼロゼロナンバーを元に生み出される新たな敵に有効なのはただその勇気とチームワークのみ。
 激しい戦いは彼らに自らが人でない事をより強く意識させます。世の中から争いをなくしたいという願いは「人のため」だけではなく「自分のため」でもあるのです。
 この物語には結末がありません。石ノ森章太郎亡き後も彼らはどこかで戦い続けているような気がします。

10月27

 書感です。
 
「植民地のアリス
 作者:島田雅彦
 出版:朝日文庫
 定価:631円
 初版:1996年6月

 島田雅彦は初読です。この本は、著者の島田雅彦が日本の孤島を訪ね歩く前半とケニアやトルコ、ジャマイカなど日本人にはあまりなじみのない土地を旅する後半で構成されているいわゆる紀行文です。
 読んでみて、文体があまり好みでなく、どうも作者のかっこつけ方が鼻につくという感じでした。なんと言うか、いかにも自然に自分の意見を述べている、という書き方かなと思ったのですがまあ、これは考えすぎかも。
 内容的にはけっこう面白いです。特に観光地でもない離島を訪ねてはふらっと島の様子や文化を覗いて書いています。もちろんそれだけでは島の何を理解したわけでもないでしょう。
 だからしっかりと旅行者という立場である事、割と興味本位でいろいろ覗いている事が正直に書かれています。
 著者にとって、旅というのはとりあえず何もしない事だそうです。なんとなくぶらぶらしてくるからこそ、逆にいろんなものが目に飛び込んで来るのかも知れませんね。
 東京で生活し、そこが故郷とは思わないのだけれども、どこへ行っても別にそこが自分の居る場所とは感じない。そういう消去法で東京を自分の帰るところと実感する作者は、同じような視点で外国から日本を見つめます。
 レゲエが好きでも興味があるわけでもないのにとりあえずジャマイカに行ってみたり、特に大自然を体験しようというわけでもないけどケニアに行ってみたり。
 島田雅彦にとってはとにかく「旅をする」という事が目的のすべてです。どこかへ行って、そこを覗いてみる。どんな人が住んでいるのか、どんな酒場があるのか、どんな女性がいるのか。高尚で文化的な視点がそこにあるわけではないですが、言葉の合間合間に著者の日本感がうかがえます。
 どこにでも住めるような人間にあこがれる島田雅彦。
 しかし、著者もそうであるように多くの日本人は「島国の日本」を離れられないのでしょうね。

10月28

 書感です。

「ARMS 19巻」
 出版:小学館少年サンデーコミックススペシャル
 作者:皆川亮二
 定価:486円
 初版:2001年11月15日
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 幼なじみのカツミを自らの手で殺してしまった主人公、高槻涼のアームズ「ジャバウォック」が暴走。ニューヨークは火の海と化してしまう。涼を止めるため神宮隼人の「ナイト」と久留間恵の「クイーン・オブ・ハート」が発動するものの、ジャバウォックに取り込まれてしまう。そんな中、昏睡状態だった巴武士と「マーチ・ラビット」が目覚める……。

 長く続いていたエグリゴリとの戦いもついに決着。平和な日常を取り戻すため、自らの運命に立ち向かった高槻涼たちオリジナル・アームズの4人。自らの持つ巨大な力を完全に制御下に置いた彼らは自分の力を恐れる事なく、迷いを断ち切って戦いに臨んでいましたが、その成長すらもエグリゴリの中枢にいたキース・ブラックにとっては計算のうち。
 僕としてはそういう展開がけっこう嫌いです。結局のところキース・ブラックを支配していたのはアームズたちの生みの親キース・ホワイトでジャバウォックの力を取り込んで最強の存在になろうとしていた、とかその力が予想外で自滅するとかいう展開はもう予想済みの「予想外」ですね。
 もっとも、わかっていたとはいえ巴武士の復活は嬉しいし、彼の活躍ぶりにも感動はしたので、ベタベタな展開が悪いとは言いませんが、前半の方では常に予測の出来ない面白さを提供していたこの「ARMS」だけあって残念です。結局のところ、出てくる力を無限にレベルアップさせていくと収拾がつかなくなるのは昔からどんな漫画でも同じ。それでもなかなか歯止めが効かないという事はやはりそれ以外の展開って難しいのでしょうね。
 強大になっていく自らの力との戦い、というのがARMSのテーマだったのですが、毎回、自己や仲間たちとの対話で乗り越えてしまうのでワンパターンとも言えます。
 さて「ARMS」はこれで終了かと思っていたのですがまだまだ続くようですね。この巻で終わらせたらやや不満ながらそれなりのものにはなったと思いますが、下手をするとここからの展開は蛇足となりかねません。作者も何か心残りがあって、これからそれを覆すような展開となるのか、このままつまらない展開になっていくのか?
 それでも期待はしてしまいますね。やっぱり「ARMS」は面白いはずですから。

10月29

 教習所日記、第11回です。
 第二段階に入って予約が取りやすくなったので一気にペースが上がりました。10月27、28の土日は路上2回、駐停車教習1回、所内2回で5時間進んでます。
 さて、路上の方はだいぶ慣れてききました。土曜日は初めて交通量の多い道路で進路変更。慣れていないのでなかなかタイミングがとれませんでした。まだ思い切って出ていくというのが苦手なようです。検定などでは慎重にやっていればあまり問題ないとの事ですが、実際に走るときは困りますね。
 駐停車の教習では教習生3人で教習者に乗り、半分授業のような形であちこちに停車します。検定以外で他の教習生の車に乗るのってこれくらいですからなかなか貴重な体験です。一人のはけっこう運転がうまく、乗っていて感心したのですがもう一人はなかなかスリリング。特に危険な運転というわけではないのですがブレーキもアクセルも急なので乗っているとけっこう怖いです。自分の番ではまあまあうまく乗れていました。
 日曜日は所内で方向転換と縦列駐車の練習。前にバックをやったときあまりうまく出来なかったので自信がなかったのですが、目印があってその通りにやるだけなので簡単です。
 方向転換の方は窓から首を出して後方を確認するわけですが、座高が高いせいか意外と身体が柔らかいのか、後輪そのものがしっかり見えるので絶対にこすらずバックできます。5センチくらいまでならいけそうですが、先生に言ったら普通は後輪見えないと言われました。
 縦列駐車は苦手な人が多いらしいですね。とりあえず指示された通りに目印を見て操作するというのは得意なので、苦戦はしませんでしたが、実際は入れるスペースがあるかどうかの見極めをしなければいけないし、止まらずに一回で駐車しなければならないでしょうから難しそうです。
 そろそろ学科の勉強をして効果測定を受けないといけませんが、けっこう面倒です。教習の合間の時間とか空けば勉強するんですが家に帰るとどうも教科書を開く気がしませんね。
 次回はシミュレーションや危険予測の講習などです。
 その次は高速教習。
 高速ちょっと楽しみです。

10月30

 映画を見てきました。

「トゥームレイダー」
 主演:アンジェリナ・ジョリー
 監督:サイモン・クレイン

 優れた頭脳を強靱な肉体を併せ持った大富豪、ララ・クロフトは遺跡を巡り、宝を発掘する「トゥームレイダー」
 5000年に一度の惑星直列が近づいたある日、15年前に行方不明となった父親が遺した時計を発見した彼女は時を操るという強大な力を持った秘宝を巡り、秘密結社との戦いを繰り広げる……。

 世界的に大ヒットしたアクションゲーム「トゥームレイダー」を映画化したこの作品はまさにアクション超大作。
 ジャッキー・チェンの映画やトム・クルーズの「MI:2」など優れたアクション性を持つ映画は数多くありますが、女性が主人公というのは珍しいですよね。
 主演のアンジェリーナ・ジョリーはこの映画に合わせてトレーニングを重ねたというだけにその肉体には激しいアクションをこなす主人公としての説得力が十分あります。そしてアクションのさなかに見せる笑みがなかなかの迫力。特には余裕、ときには成功したという喜びをこめてにっこり笑うララの表情が素敵です。
 ただ、CGを駆使したSFXは申し分ないのですが、これだけデジタル合成の映画が叛乱している現在においてやはり決めてとなるのはアクションのアイディアとテンポでしょう。「トゥームレイダー」の場合、アクション事態は悪くないのですが、カメラのアングルが激しく変わり過ぎて見にくかったり、同じようなアクションがしばらく続いたりして多少、テンポの良さが損なわれてています。そういう点では次々場面が転換していく「MI:2」などの方が一枚上手という感じです。
 それでも2時間十分に楽しめたのは確か。「ラッシュ・アワー2」などもやっていますが、ちょっと新しいララ・クロフトというキャラクターを味わうだけの価値はあります。

10月31

 書感です。

「人質カノン」
 著者:宮部みゆき
 出版:文春文庫
 定価:476円
 初版:2001年9月
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 経験上「宮部みゆきにはずれなし」と思ってこの人の著作を買い続けていますが、ほんとに期待を裏切らない作家ですね。
「人質カノン」はミステリ調の短編小説集で現代社会を舞台に様々な人間模様を描き出しています。それはちょっといい話であったりはっとさせられるものであったりします。
 表題作「人質カノン」はコンビニ常連客が強盗にあってしまうという話。主人公はそのとき犯人が持っていた意外なものからその突き止めようとします。人間関係の希薄さを象徴するような「深夜のコンビニ」という特殊な空間から広がっていく人間関係というのが面白いですね。
 この短編集に収録されているのたはたいていがちょっとした事件を通して自分の人生を見つめ直したり、他人の人生を垣間見たりします。
 宮部みゆきの描く登場人物たちは皆、強い個性を持っているわけではありませんが、ところどころに妙に生々しいリアルさを持ち、自分とオーバーラップする部分があるようです。
 また、相変わらずというか比喩表現などが独特な宮部節。
「両親しか心配してくれない人生なんてオプショナルツアーのないパック旅行のようなもの」など、遠回しでイマイチ納得できなさそうなのになんとなく頷いてしまいます。最後にオプショナルツアーがつくのか、それともただのパック旅行も悪くないと思うのかは読んでのお楽しみです。
 宮部小説が面白いのは流れていく登場人物たちの思考がきっちり現実的な部分に根ざしているからなのでしょうね。誰でも不思議に思った事を掘り下げていけば、面白い現実に行き当たるのかも、と思わせるような普遍性があります。
 こうなると俄然、まだ読んでいない「模倣犯」が気になります。文庫になるのを待とうと思っていましたが我慢できるものでしょうか?


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