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12月17

 実家のトヨタ・カリーナEDはもう13年も乗っている古い車なのですがまだまだ現役。しかし最近マフラーが不調で音がうるさく、他にも見えないところでガタが来ていそうな雰囲気になっています。3月には車検となるのですが車検代とその後の修理費用なども考えるとそろそろ買い換えた方がいいのかもという話になり、僕が免許を取ったのもあり新車購入の話が本格的に持ち上がっています。
 元々、僕が免許を取ろうと思ったのは友達とドライブに行ってシビックに乗せてもらった事がきっかけでした。
 で、僕が欲しいと思うのもやはりシビック。
 父はワゴンタイプが良いらしく、同じホンダでもストリームやオデッセイに興味があったようです。予算から考えてもオデッセイはあまり現実的ではないのでストリームかシビックかという選択になります。
 オデッセイも悪くはないと思うのですが、とりあえずホンダのウェブサイト(http://www.honda.co.jp/)でセルフ見積もりなどをしてみると、オデッセイを買うなら同じ値段でシビックにカーナビを乗せた方が良いというのが僕の考え。
 結局、とりあえず見てみようという事でホンダのサイトからディーラーの位置を調べて行ってみました。
 ちなみにシビックを扱っているのはホンダ・プリモ店。同系列ではちょっと高級志向にシフトしたクリオ店とスポーツ方向にシフトしたベルノ店があります。大人気のフィットなどはどのディーラーでも置いてますが、最も大衆的なのはプリモ店となっています。関係ないですがプリモ店は二輪の販売店から変わったところが多いらしく、あまり大きいショールームなどは見かけませんね。
 で、近くのプリモ店に行ってみると入り口に置いてあったのはミラノ・レッドのフィット。CMなどで見るより意外とかっこいいので驚きました。排気量1.3lクラスにしては室内も広いという印象です。隣にはオデッセイ。シビックはメインだからかショールームの中に飾ってありました。
 とりあえずパンフなどをもらって比較しながら店員さんの話を聞いてみましたが、やはりホンダはシビックが基本で、それをベースにオデッセイやフィットがあるため、もっとも完成度が高いのはシビックという事。確かにシビックはオプションなども充実しています。オデッセイはけっこうな人数が乗れるもののシビックと比べてそんなに大きいわけではないので、一人のスペースは狭いし天井などに多少の圧迫感があります。試しに乗ってみたら一目瞭然でした。が、これはシビックが同クラスにしてはかなり広いんですね。これでオデッセイという選択肢はなくなりました。
 で、シビックのどのグレードを買うか検討。とりあえずノーマルのGと4WDとなるG4を比較。VTECを搭載しないBという廉価版もありましたが安いだけならトヨタのヴィッツなどにしてしまうので対象外。4WDにはかなり惹かれたのですが、取り立てて必要はないのでGかなと思い、カーナビのオプションをつけて見積もりを出してもらいました。すると、思いの他、高いんですね。何故かというとグレードGはオプションなどがまるでついていないからなんです。Gより上のグレードとなるiEでは多くオプションが最初から付いた価格で、カーナビ搭載にしてみるとほとんどGと変わりません。こうなると燃費のいいリーンバーン方式のiEの方がお得です。
 ちなみに後で聞いてみたらドライブの時に乗った友達のシビックもこのiEだという事でした。普通に選択すると結局そうなるようですね。
 その後、フィットの値段の安さを見てけっこう迷いましたが、安さを追求するならカーナビ付きで115.5万円のヴィッツの方を選ぶでしょうから、このままシビックに落ち着きそうですね。フィットだとシビックの特徴であるインパネシフト(運転席正面にシフトレバーがあって床はフラットという配置)も採用されていませんしね。もっとも、安い買い物ではないので結論は先送り。
 早ければ今月中。遅くてもカリーナの車検が来る3月までには買うことになります。
 ちなみに関連記事(無計画ドライブ)はこちら

12月18

 書感です。

「ファウンデーションと地球 銀河帝国興亡史5 上」
 著者:アイザック・アシモフ
 訳者:岡部宏之
 出版:ハヤカワ文庫SF
 定価:640円
 初版:1997年8月31日
 関連書感はこちら

 長かったファウンデーションシリーズも時代的にはこれが最後。銀河帝国興亡史6となる「ファウンデーションへの序曲」はすでに紹介したのでこれでシリーズすべてを制覇する事になります。
 人類の代表としてすべての生命体による集合意識としての銀河を目指す決定を下したファウンデーションの青年議員トラヴィス。自らの直感力が絶対だと知りつつ、その理由を知らずにはいられない彼は、答えを求めて人類発祥の地、地球を目指す……。
 すべての生物・無生物による集合意識を獲得し、エゴによる衝突をなくした世界ガイア。第一ファウンデーションによる科学と経済の世界、第二ファウンデーションによる心理的統制の世界。どのどちらも過去と同じか現在への停滞を示すと主張するガイアの主張に納得できないまま、トラヴィスは全宇宙のガイア化という未来を受け入れます。
 ガイア人にも個性があり、個にして全、全にして個であるという事が理解はできても生粋のファウンデーション人である彼には他人から完全に切り離されている不便さと自由を捨てる事はできないのです。
「ファウンデーションの彼方へ」から続く一連のテーマに、人類の未来、というものがあります。世の中には様々な矛盾があり、その中で人々は生きているわけです。そしてそれは人間が人間である限り、解決できない問題であるように思えます。
 しかし、それはあくまで個人の一生という短い範囲で物事を考えるからであり、長い目で見たらどうなのか、という事になります。
 トラヴィスは元々の目的であった地球探索への旅に出発します。様々な古い記録や記憶をたどり、星々を訪ね歩く中で多くの文化、多くの人間を目にして彼は何を思うのでしょうか?
 銀河帝国が滅亡してしまったように、人類発祥の地である地球も人類の中心としての地位を失っています。
 放射能で汚され、人間の住む土地では無くなっているという伝説もあり、トラヴィスが地球を見つけられるのか、そしてそこに何が待っているのかは非常に興味深くもあります。
 それは同時に、アシモフの未来観も表しているのではないかと思います。

12月19

 書感です。

「ファウンデーションと地球 銀河帝国興亡史5 下」
 著者:アイザック・アシモフ
 訳者:岡部宏之
 出版:ハヤカワ文庫SF
 定価:640円
 初版:1997年8月31日
 関連書感はこちら

 ファウンデーションの創始者であり心理歴史学者であるハリ・セルダンは自らの計算により、銀河帝国の崩壊とそれに続く3万年の暗黒時代を予見しました。そしてその暗黒時代を千年にまで縮め、第二帝国をうち立てるためにファウンデーションという科学財団を作り、未来を一定の方向に誘導しようとします。ここで重要なのは、ファウンデーションそのものが銀河を統制するために作られたわけではないという事です。
 セルダンの理論ではある適当な初期状態を定める事によってはるか先の未来を一定の確率の枠内に収める事ができると言います。つまり、ファウンデーションというのはセルダンが定めた初期状態に過ぎず、その存続はまったく保証されていないのです。
 第二ファウンデーションについてもそれは同じなのですが、彼らは彼らで心理歴史学を研究し、望む未来になるように手を加える事が可能です。その影響は最小限に留めなければなりませんが、大きな力を持っている事に変わりありません。
 しかし、同時に歴史を彼ら自身が望む方向に持っていくかも知れない危険な存在ともなります。
「ファウンデーションの彼方へ」でトラヴィスが下した決断はセルダンのプランからの脱却とも言えます。超能力者ミュールの事を予想できなかったように、ガイアの事を計算に入れられなかったように、このトラヴィスという存在もおそらくはセルダンのプランの外にあるものでしょう。しかし、もしかしたらこういった個人の動きとは関係なく、ガイア化という事ははっきりしなくても何らかの安定のための手段を人類が手に入れるだろうという事は計算の内だったのかも知れません。
 物語中で500年も経ってしまったファウンデーション世界ではセルダンのプランも存在が実に希薄。ただ、アシモフがこの歴史心理学というすばらしい思いつきにも関わらず、物語の流れを自然に任せたのは彼自身がこの世界を好きだからではないかと思います。いつまでもセルダンのプランにしばられていては進歩がないと言えますからね。
 結局のところ、ファウンデーションシリーズはこれで終わりとなり、1000年後の世界というのは見えていません。ガイア化が完了してすべての人々がエゴに囚われず生きていける世界になるのか、それが挫折して退化した世界になってしまうのか、科学文明が発達した第二帝国が出来ているのか……。
 歴史に結論はないという事ですね。
 それが完全に滅びてしまわない限り、全ては過程に過ぎないのです。きっとアシモフは寿命が無限にあれば永遠に書き続けた事でしょう。

12月20

 書感です。

「KUNIE -パンゲアの娘- 2巻」
 作者:ゆうきまさみ
 出版:小学館サンデーコミックス
 定価:390円
 初版:2002年1月15日
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 南国カラパオから日向家にやってきた少女・クニエの周囲で起こるドタバタ騒動。カラパオでは海中からそびえ立った謎の塔の周辺で古代の生物のみならず、怪獣と言えるような存在が出現していた。事件の鍵を握るのはクニエなのか……?

 この漫画、どうしても中途半端なイメージがあります。
 小学生を主人公にドタバタ騒動を描き、これからの冒険の予感も感じさせるのですが、様々な皮肉を感じさせるゆうきまさみテイストはいつものまま。
「全編夏休みというような漫画を描きたい」という事でしたが、大人向け少年漫画というところかも知れません。
 カラパオ周辺の調査に入ったアメリカ海軍、クニエを追いかける英国財団のエージェントなどは真面目にやっているようなのにどこか間抜けな印象が強く、物語の鍵を握り重要な秘密を握っていそうなのに能天気なクニエなどからもやはりギャグ漫画なのだと再確認できます。
 日本でドタバタ騒ぎを起こしているクニエたちはあいかわらずですが、カラパオ周辺では様々な事件が起き、話はずいぶんと進んでいます。「機動警察パトレイバー」にも生物兵器騒動があったように、ゆうきまさみは日常社会に現れる怪物といったシチュエーションが好きなようです。普通の怪獣映画などとはまた違うアプローチがなかなか面白いです。恐怖心より好奇心の方が勝ってしまう人々が笑えます。
 何かと不満が多いこの漫画なんですが、決してつまらないわけではないです。ゆうきまさみの漫画はどう化けるかわからないという期待もありますので、これからものんびり読んでいこうと思います。

12月21

 書感です。

「最後のディナー」
 著者:島田荘司
 出版:講談社ノベルズ
 定価:800円
 初版:2001年12月5日
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『Pの密室』に続いて御手洗シリーズがこんなに早く出るとはなかなか幸福。この『最後のディナー』は御手洗潔が海外へ去った後、石岡和己のパートナーとなった犬坊里美が上京してきたときの短編と歴史上の謎を追う中編「大根奇聞」に加え、表題作「最後のディナー」が収録されています。
「異邦の騎士」で全てを無くしてしまった石岡和己はその心の傷を癒せないまま御手洗潔との奇妙な共同生活を続けてきたわけです。若かった「異邦の騎士」の頃と比べ、もう四捨五入をすれば50になろうかという現在、性格が変わったと言うよりは弱々しくなっていく印象があります。御手洗は自分に頼り切りになってまった石岡を案じて姿を消したという様子もありますが、残された石岡はなかなか痛々しい感じでした。
 しかし『竜臥邸事件』では御手洗のアドバイスがあったものの自力で難事件を解決し、ついに独立か……と思いきや元のまま。しかし、そんな石岡君にとって気になる女性となるのが竜臥亭の主人の娘で上京してきた女子大生・犬坊里美です。
 これまで出版されてきたノベルズなどではすでに横浜の女子大に通っていた里美ですが、実際に上京してくる話がノベルズに登場したのはこれが初めて。「里見上京」は特に事件があるわけでもないのですが、石岡和己の新たな人生を感じさせる一編となっています。
 もっとも、なかなか彼は変わりませんけどね。
「大根奇聞」は里美の大学の先生から歴史上の謎について質問を受けるという話。鹿児島で起きた飢饉の中で起こった事件の話なのですが、なにしろ江戸末期の事です。これは久々に御手洗シリーズらしい時間を越えたスケールの大きな話となっています。
 さて、表題作の「最後のディナー」は島田荘司らしい情緒のあふれる作品でした。石岡と知り合った一人暮らしの老人がこれまでの暮らしを振り返って最後の行動に出る……という内容なのですが、この老人が未来の石岡に見えてしまうところがちょっと生々しいですね。里美がいるから一人ではない……と思いたいところですが若い里美と老境に入りつつある石岡の未来はどうなるのでしょうか?
 ラブロマンスでなくてもいいから、うまく落ち着いて欲しいものだと思います。
 御手洗が去ってからの石岡と里美のシリーズにはなかなか、生きていくという事に関していろいろ感じさせられる事が多いです。探偵が去っても続く推理小説というのも珍しいですが、御手洗だけでなく様々な人物がしっかり書き込まれているという事なのでしょうね。

12月22

 書感です。

「はじめの一歩 59巻」
 作者:森川ジョージ
 出版:講談社コミックス
 定価:390円
 初版:2001年12月27日
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 ジュニアライト級を征した一歩の先輩、鷹村守は5階級制覇を目指し、ライト級チャンピオン、デビッド・イーグルとの対戦を迎える。野生と科学の融合した姿と言われる鷹村のボクシングを迎え撃つのは、パーフェクトとまで言われるスタイルのイーグル。鷹村はその巧みな試合運びに苦戦する……。

『はじめの一歩』読者にとって鷹村の試合には特別な意味があります。そもそも主人公の幕ノ内一歩がボクシングを始めたきっかけとなったのがこの鷹村。横暴な先輩を絵に描いたような性格でありながらその実力と才能は他の追随を許しません。
 鷹村がジュニアミドル級のチャンピオンになった43、44巻のブライアン・ホーク戦はその鷹村が初めて苦戦し、敗北寸前まで追い込まれた初めての試合でした。それは同時に、チャンピオンになる選手の実力の凄まじさを示しています。
 野性味あふれるブライアン・ホークに比べると優等生であるデビッド・イーグルはインパクトに欠けているとも思えましたが、そのボクサーとしての完璧さは試合が近づくにつれてじわじわと恐ろしさを増してきていました。
「はじめの一歩」の試合においていつも言えるのは試合前にすでに勝負は決まっている、という事でしょう。トレーニングを重ね、身体能力のアップと弱点の補強をし、相手を倒すための武器を磨き、その結果を試合にぶつけるわけです。
 試合中に何かを思いついても、リングという極限の状態でそれを実行するのは限りなく不可能に近い事で、あくまでそれまでの練習で身に付けてきた成果しか発揮できないのですから。
 鷹村は傲慢で横暴なようでも他のメンバーよりはるかに集中して練習に打ち込み、減量に励みます。
 ですが、この世界において努力するのは当たり前。誰もが極限までトレーニングを積み、生活をボクシングに捧げて生きているのです。
 試合だけでなくそういった普段のボクサー生活の積み重ねをしている『はじめの一歩』だからこそ試合も盛り上がるのでしょうね。
 さて、苦戦している鷹村には何か秘策があるようです。
 正面からの殴り合いを好みながら常に頭脳を働かせている鷹村のボクシング、次巻で爆発するでしょうか?

12月25

 書感です。

「ぼくが医者をやめた理由」
 著者:永井明
 出版:角川文庫
 初版:1998年6月25日
 定価:438円

 内科医だった著者が、突如として様々な事が嫌になってしまうという冒頭がなかなかショッキングでした。医師の書いたエッセイなどはこれまでも何冊か読んでいるのですが、この本だけはちょっと他とは違います。
 病気とは何か、医者とは何か……という事はおそらく医学に道に携わる人間なら誰もが考える事なのだと思います。
 そういった様々な事を考えた末、例えば医療システムに対する問題点を追求したり、待遇の改善を訴えたりするような本もあります。しかしこの「ぼくが医者をやめた理由」はそういった内容でもなく、本当に正直に著者の医師としての生活が描かれているようです。
 もちろん、他のエッセイなどのように病院の問題点などについても書いてありますし、他の医師や看護婦などの話もあります。しかし何より印象的なのは自分自身が完全には医者になりきれず、様々な失敗をしたり後悔を重ねたりというようなところでしょうか。
 大学時代に猛勉強をして頭の中にあらゆる医学的な知識を詰め込んでも、実際に病院に出るとまるで役立たず。一人前の医師となれば高額の所得を望めるものの、研修時代では逆に貧乏な部類に入ったりもします。
 現状に対する不満や様々な不安は常に著者の周囲に渦巻いており、おそらくそれは何年医者をやっていても消えなかったのではないかと思いました。
 病院ほど完璧さを求められるところもそうはないと思います。しかし実際のところ、診察や検査には限界があって病気などを見破れなくても仕方がない事もありますし、治療法を指示しても患者が守らなければ何の意味もありません。
「立派な医者」を目指していたのに、その「立派な医者」とはどういうものかという事がわからない著者。医学の限界もあり、人間の能力にも限界があります。それでも医者は完璧なふりをしなければならないのです。
 医師が病気や患者を理解しなければならないように、実は患者も医者を理解しなければならないのかも知れません。
 ちなみに「やめた理由」について、決定的な結論は出ていません。前述したような「完璧さ」を求められた重圧もあるのかも知れませんが、著者自身がその理由を知りたくて筆を執っているというような側面もあります。
 この巻は研修医時代の話で終わっており、まだ話は続くようです。病院や医師というものに対する理解が変わるきっかけになりそうな一冊。

12月26

 書感です。

「ヒカルの碁 15巻 さよなら」
 原作:ほったゆみ
 漫画:小畑健
 出版:集英社ジャンプコミックス
 定価:390円
 初版:2001年12月29日
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 めきめきと実力を伸ばし、プロとしての実力を身に付けた始めた進藤ヒカル。ヒカルに憑いている平安時代の棋士、藤原佐為はヒカルの成長に驚きつつも、ヒカルが「神の一手」への道を受け継ぐことによって自分の存在がこの世から消えてしまうという危機感を抱き始める……。

 原作者と漫画家が別にいる場合、どちらかに偏ってしまうケースがよく見られます。しかし、この『ヒカルの碁』に限っては原作と絵が見事に融合していますね。コミックを買うと見られるほったゆみの裏話によると小畑健とはほとんど顔を合わせずに作品を作っているようですね。原作のすばらしさと漫画家の理解度の高さがあって初めて可能になるクオリティだと思いました。
 さて、恐ろしい勢いで強くなっていくヒカル。対局中の眼の光はもはや熟達した棋士たちにも負けなさそうです。しかし佐為はそんなヒカルに嫉妬を感じてしまいます。
 かつて、棋士・本因坊秀策に憑いて秀作の名を歴史に残した佐為ですが、ヒカルは成長するにつれて佐為に打たせる事を拒み、自分の実力を認めてもらおうと躍起です。
 そしてその実力はついに本物になろうとしています。佐為が打てなかった手筋を見抜き、上位の棋士たちに匹敵する実力を身に付けてきたヒカル。なおも恐ろしい事に、彼はまだ成長の途上にあるのです。
 しかし、話は簡単にいきません。どこまでも駆け上がって名人になる、という物語にはなかなかならなさそうですね。
 成長したヒカルはやがて、佐為の実力に気づくのです。
 元々棋士だった本因坊秀策は佐為の才能を認めたからこそ自らの碁を放棄して佐為のためにうち続けました。しかし、ヒカルは塔矢アキラを倒すために、佐為を師として自らが成長してきました。佐為は秀作を利用した、ヒカルは佐為を利用したとも言えます。
 しかし、ヒカルの本当のライバルは佐為なのではないでしょうか?
 ヒカルがこれからどこまで上っていくのかはわかりません。
 きっと彼が頂点に立ったとき、佐為との勝負がやって来るのだろうと思うのです。実に楽しみですね。

12月27

 教習所日記が終わってからしばらく経ちますが、やっと実家の車の保険を変えて運転ができるようになりました。最後に教習者に乗ってからおよそ1ヶ月、ちょっとずつ乗っていますが乗る車や運転する時間帯の違いにまだ戸惑いがありますね。
 教習所の車は全てトヨタのクラウン・コンフォートでした。
 タクシーなどにもよく使われるちょっと大型の車ですね。
 それに対して実家の車は1989年型カリーナED。何故かうちは昔からカリーナでEDの前にはカリーナのライトバン、その前も確かカリーナだったと記憶しています。13年も前の古い車というイメージが強かったのですが、乗ってみるとこれが意外と乗りやすい。ハンドルも軽いしアクセルの反応も良く、ブレーキの効きも良いです。ちょっとパワーがないというのが気になる程度です。あと、車高がずいぶん低いですね。これは当時の流行でしょう。
 あちこちガタが来ていて新車を購入しようという話になってはいますが、性能的にはまだまだ現役なんですね、ちょっともったいないです。自分で整備が出来るのならば車は20年くらい乗れるのだろうと思ったものです。
 それはさておき、仕事が終わってから家に帰り、実家に行って車に乗ろうとすれば当然のように暗くなっています。実を言うと教習所では一度も夜間運転をしたことがないので、あまりの視界の悪さにびっくりします。それでもなんとか両親の買い物などの送り迎えをしています。
 次に苦戦するのが車庫入れですね。車庫と言うか単に庭の一部の木を切ってスペースを作った駐車場なのですが、どうも道と直行する方向には入れられないようで、下がりながら微妙なハンドル操作を要求されます。おまけに傾斜が大きいのできっちりアクセルを踏まないと入れません。これも両親のナビで文句を言われながらなんとかがんばっています。
 さて、新車の方はまだ確定していません。一度はシビックに決定と思ったのですが、父親はホンダ以外のディーラーを見てみるとまたそちらに興味が向いてしまうようです。確かに価格や購入時のオプションなどは無視できない問題で、ホンダプリモはその点、あまりサービスが良いとは言えません。マツダのディーラーに行ってみたらあまりに値引きが大きいので驚いてしまいました。トヨタなどもなかなかサービスが良いようですしね。
 また、12月22日に発売となったホンダのモビリオがシビックの大きなライバルとなっています。モータショーではS.U.U.という名前で出ていたフィットベースのミニバンなのですが、小柄ながら背が高くて7人が登場可能。ホンダ得意のフラットフロアと収納式の座席で運搬などにもかなり力を発揮しそうな感じです。僕としてはストリームよりはモビリオかなという感じなのですが、やはりシビックのスタイルと車としての性能はちょっと捨て難いです。さて、どうなる事でしょうか。
 とりあえず、これからのカーライフ(と、言えるほどの事ではないでしょうが)などは「自動車日記」として紹介していきたいと思います。

12月28

 書感です。

「あずみ 24巻」
 作者:小山ゆう
 出版:小学館ビッグコミックス
 定価:505円
 初版:2002年2月1日
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 多くの犠牲を出しながらも北国でも謀反を防いだあずみに与えられた新たな任務は、奥州伊達政宗による幕府転覆計画の阻止だった……。

 江戸幕府の支配により訪れた太平の世。しかし、忍者や侍など戦によって身を立てていた大勢の者がその存在意義を失っています。「北国編」は戦に取り憑かれた者たちが自分たちの手で戦場を作り出そうとして起こした事件でしたが、今回はもっと大規模。独眼竜と言われた伊達政宗が再び世を戦国に戻すため、密かに同士を集めて陰謀を進めていきます。
 伊達政宗は歴史的にもなかなか魅力的な人物ですよね。幼くして病気で片目を失い、隻眼になってしまった正宗ですが、やがて才覚をあらわし、奥州統一を成し遂げてみせます。秀吉が支配した時代にも反抗を示しながら生き残り、もしもっと早く生まれていれば戦国時代の支配図を変えたという見方もあります。「あずみ」でもかなりの切れ者として描かれており、陰謀の相談にも慎重を極め、時には大胆に行動を見せます。
 あずみは剣の道を究めたと言ってもいい程の達人で、これまで互角に戦った相手すらほとんどいません。しかし、その剣の力も誰を倒し、誰を助けるべきかがはっきりして初めて使えるもの。「雪国編」であずみは敵味方がわからず、被害を大きく広げてしまう事になります。
 今回は仲間達との共同作戦のため、あずみ本人に判断が委ねられる事はないでしょうが、今の物語進行を見ていると敵への同情や共感が任務の妨げになりそうな予感。
 平和の世になって生きていく手段を失った者たち。彼らが起こす陰謀を未然に防ぐため、首謀者を斬っていくあずみたち。
 この構図は、何かをたくらむ者たちを根絶やしにするまで決して終わりません。あずみに使命を与える天海はこれを「枝打ち」と話していますが、あずみにとってこれはなっとくのいく任務なのでしょうか?

 かつて、無限にも続くと思われた逃避行を続けたあずみ。
 今度はまた、無限に続くとも思える戦いの中に放り出されています。彼女にとって安息の日は来るのでしょうか?

12月30

 書感です。

「Papa told me 26巻」
 作者:榛野なな恵
 出版:ヤングユーコミックス
 定価:505円
 初版:2001年11月24日
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 月刊連載の「Papa told me」は巻が出るまでのブランクが約8ヶ月。連載を読んでいないので次の巻が出るまでけっこう待つことになります。こういう一話完結式の作品は本当なら連載誌を買って読んだ方が季節事の雰囲気などを味わえるのですが、ヤングユーだとちょっと他に読みたい作品がなさそう。
 実は売っているのを見たこともないので、なんとも言えないんですけどね。
 季節感が豊かなのがこの作品の特徴とも言えますが、登場人物の年齢などはまったく変化していません。サザエさん的と表現してしまう事もできますが、ちょっとずつ内面的に変わってきていたりはするんですよね。しかし、主人公のちせちゃんは小学校4年生のままです。
 お父さんは作家で私立の小学校に通い、ちょっと贅沢な生活をしているな、という感じのちせちゃん。明るく奔放な性格とその笑顔は大人、子供に関わらず多くの人を癒していますが、その一方で激しく嫌われたり生意気な子供と見られる事も多数あります。
 現実離れしているようでどことなくリアルな感覚もあり、空想と現実の境目みたいな雰囲気を持っているこの作品への好き嫌いはけっこう別れそうです。多くの事を切り落として、ファンタジックな眼で世間を見つめているという感覚がこの作品の特徴でしょうか。
 そういう世界に浸れるかどうか、というのが読者としての分かれ目で、僕はどちらかと言えば浸れる方です。しかし、ただ甘いというよりはハーブの効いたお菓子のような存在と言うか、やはりどこかにスパイスが効いているな、とも思います。
 ちせちゃんやお父さんなどは自分をオーバーラップさせられる存在ではなく、憧れる存在です。それでも、彼女たちはただ前向きに一生懸命というわけではないんですよね。様々な疑問を感じ、葛藤しながら自分を前向きに保っていようとする努力があるんです。
 そしてその影響を受け、劇中の人物達も変わっていったりもします。季節に合わせて、自然だけじゃなくて人の心も変化していく……。
「Papa told me」はそんな味わいのある漫画です。

12月31

 さて、今年も今日で終わりです。
 2001年って僕にとってはけっこう特別な響きを持つ年でしたが、『2001年宇宙の旅』もついに過去の時代のものとなってしまいました。ちなみにハインラインの「夏への扉」は確か1970年代を舞台にしていて、そこからさらに未来の世界へと展開していましたが、そこで描写された未来よりは現代の方が進んでいるかも知れません。
 さて、2001年1月1日の晴読雨読は265号、今回は597号という事で実に322回発行してきました。思い返してみると、号数の間違いが実に多いです。気づかずに間違ったまま進行しては元に戻すという事が何度も続いています。実害はないと思うのですがみっともないのでなんとかしたいですね。
 また、昨年よりお休みが多くなりました。2日とか休むとけっこうメールをいただいたりするのですが、ほとんどは特に理由もなく休んでいます。さぼったとも言いますね。
 基本的に『晴読雨読』はなんとなく暇なときにちょっとだけ時間を使って書くというスタンスです。あまり情熱がなくて申し訳ないですが、それなりに続いているという事だけがそこそこ自慢です。現在の発行部数は400ほどで、だいたいその前後で増えたり減ったりしています。大幅に減るとちょっとショックなのですが、そういうのはたいてい間違いアドレスなどを削除したときに起こっていますね。
 メルマガ発行の一番の楽しみは、意見をいただく事です。
 読者を増やすためにいろいろと活動をしたり、ものすごく努力する事はこの先もたぶんないと思われますが、いつも読んで下さっている方にいただいた意見はできるだけ尊重するようにしています。また、よくメールにレスをすると「返事が来るとは思わなかった」と言われるのですが、一回は必ずレスをしますので遠慮なくメールください。いだだけるとたいへん嬉しいです。
 あと、今年ちょっと寂しかったのは掲示板でしょうか。
 もっとも僕自身、掲示板への書き込みはあまり得意ではなくて自分の掲示板にしか顔を出さないのですが、おそらくこれを読んでいるは趣味などが似通っているでしょうから、読者さん同士で交流が生まれたら面白いと思います。
 と、いう感じで本日は「後記」のスペシャル版という感じでお届けしました。
 メルマガ発行は時々面倒になる事もありますが、微妙に努力してちょっとずつでも良くしてきたいと思いますので来年もよろしくお願いします。

 最後に2001年に良かった書籍を3作挙げておきます。

  恋恋蓮歩の演習(ミステリ/森博嗣/講談社)
 F1/地上の夢(ドキュメンタリー/海老沢泰久/朝日新聞社)
 最終兵器彼女(コミック/高橋しん/小学館)


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