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大みそかの夜から友人たちと初詣に行ってきました。ここ数年は毎年、新宿駅から原宿駅近くの明治神宮まで歩くのが恒例だったのですがいつも同じでは飽きてしまうという事で、今年は三鷹にある深大寺へ行きました。ちなみに成田山や高尾山で初日の出という案もあったのですが、皆あまり体力に自身がないので中止。また、初詣に向かう途中、池上本文寺の「日蓮が、(中略)海舟が、(中略)力道山が、(以下略)」というようなキャッチコピー入り中吊り広告を見てかなり行きたくなりましたが、急に予定を変えるのは厳しいのでやめました。 何か楽しそうな雰囲気の広告だったので残念。しかし、お寺の広告でこれほどのインパクトを持ったものは見たことがありません。たいていのCMなどには勝てそうでした。 さて、深大寺はそもそも僕が通っていた大学に近いのでけっこう馴染みがあります。京王線調布駅で降りて歩いて30分程度です。調布周辺には「深大寺そば」と書かれたそば屋が多いので漠然とそばで有名なのだとは思っていましたが、行ったことがなかったので普通のお寺のイメージしかありませんでした。 一応、調べてみたのですが、深大寺で打ったそばを寛永寺に献上したところたいへん好評だったのが始まりだとか。 そういう由来を持つだけに、行ってみると付近はそば屋だらけです。深大寺は想像していたよりずっと広く、参道に入っていくと左右はみな、そば屋。周囲は緑に囲まれ、池などもあってなかなか風流です。東京の真ん中とも思えない雰囲気で、除夜の鐘を聞きながらゆっくり側を食べられるというのはかなりの贅沢でしょう。 実際は除夜の鐘までけっこう時間があり、お腹も空いていたので食べてから新年を待ちました。 本堂の周辺で妙に人が並んでいるところがあると思ったら、なんど除夜の鐘をつくための行列でした。あまり人がいなかったので僕らも並んでみたのですが、後から整理券を持った人が次々とやってきて列が二つに。僕らが並んだのはキャンセル待ちの列だったようです。整理券の人たちでどう見ても百人ほどいそうだったので、途中で脱退しました。いつもは神社なので除夜の鐘を見ることはなかったのですが、今回は間近で突くところを見られたので満足でした。 書感です。 「シューレス・ジョー」 著者:W.P.キンセラ 訳者:永井淳 出版:文春文庫 定価:540円 新年最初の書感は映画「フィールド・オブ・ドリームス」の原作ともなったこの「シューレス・ジョー」です。実は映画の方も見たことがなかったのですが、読んでみて映画のタイトルにも納得です。 レイ・キンセラは妻のアニーとアイオワで農場をやっている青年。野球を何よりも愛する彼はある日、「きみがそれを作れば、彼はやってくる」という声を聞く。そのお告げのままにトウモロコシ畑を切り開き、自分だけの作ったレイはやがて、そこにメジャーリーグの歴史的な選手がやってきてプレイする光景を目撃する……。 映画「フィールド・オブ・ドリームス」は、一人の青年が独力で野球場を作ってアイオワに野球チームを呼び込む物語……と勝手に思っていたのですが、読んでみたらどちらかと言えば幻想小説の類でした。これは野球に対する郷愁を描いた物語です。野球好きなら誰もが夢見る、自分にとってのスター達がプレイする、あるいは自分がその中に混じった光景を本当に見てしまった人々が出てきます。 ジャック・フィニィ「ゲイルズバーグの春を愛す」のように郷愁をテーマにした作品はありましたが、野球というテーマだけでこれだけ懐かしく情熱的な小説が書けてしまうのは野球というスポーツの魅力が素晴らしいという事も大きいですね。 主人公のレイ・キンセラはまだ25歳なので、自分自身にとって懐かしい「あの頃」というのはありません。しかし彼には父親や街の老人などから古き良き時代を心の中に持っているのです。 レイがある選手のイメージを強く描くたびに、彼の野球場には選手が増え、プレイをします。時にはその選手の事を調べに遠出をしたりという事もあります。その中でレイが、自分の夢を共有してもらうために選んだのはなんと「ライ麦畑でつかまえて」でも有名な作家のサリンジャー。レイはサリンジャーがインタビューの中で、ジャイアンツでプレイしたかったと言っていたのを読んで、隠遁生活を送っている彼を無理矢理連れ出します。このあたりまで来ると、レイの精神の均衡をちょっと疑ってしまうのですが、あくまで礼儀正しく熱心に説得を続け、本当にサリンジャーを引き込んでしまいます。 次々とフィールドにやって来る幻の選手達。その反面、農場の経営はうまくいかず、増えていく借金。読んでいてこの夢がどこかで終わってしまうのではないかとはらはらしましたが、結末まで本当に素晴らしかったです。 野球というスポーツを語られても戸惑ってしまう、という人は大勢いると思います。しかしもしかしたら、そういう方でも読んでいるうちに野球を見てみようという気になるかも知れませんよ。そういう作品でした。 書感です。 「頭文字D 23巻」 作者:しげの秀一 出版:講談社ヤングマガジンコミックス 定価:505円 初版:2001年12月 関連書感はこちら 関東公道最速を目指し、遠征を繰り返すプロジェクトD。 そこに待っていたのはDのエース、高橋啓介と同じRX-7FD3Sを駆る岩瀬恭子だった。全開で走れない狭く曲がりくねったコースに高橋啓介は大苦戦。一方、啓介に恋をした恭子は驚異的な集中力で啓介を追いつめる……。 第二部に入ってから各地でバトルをするだけという展開が続き、テンションが下がっていましたが、最近はライバルとの絡みが増え、かつてのDテイストを取り戻したといった感じがします。一途な女性キャラクターが多い『頭文字D』の中でも今回の岩瀬恭子はなかなか好感が持てるキャラクター。啓介に認めてもらいたい一心で実力以上の走りを見せ、シングルタービンで地元の峠に合わせた作戦も当たって啓介は大ピンチに陥っています。しかし、相変わらず相手の作戦をお見通しのリーダー高橋涼介は、啓介を成長させるために敢えてビッグパワーをアクセルで微調整するドライビングの重要性を気づかせるのです。この辺りが相変わらずという感じですね。別に高橋涼介が嫌いというわけではないのですが、主人公の藤原拓海が霞んでしまっている事は間違いありません。拓海の方は今回も見せ場なしでしたが、東堂塾とのバトルでは大活躍しているのでしばらく休憩なのでしょうか。 さて、読者ならば舞台が埼玉と聞いて間違いなく思い出すキャラクターがいます。拓海と同じハチロク使い、ターボレビンの渉です。バランスの悪い危険なマシンでワイルドなドライビングをする渉は僕としてはこれまででもっともインパクトのあるキャラだったのですが、地元埼玉で行われている今回のバトルに観客として登場。しかも、このままでは終わらなさそうな気配です。次回のバトルは渉のレビンと啓介のFDが激突する事間違いなし。これは期待が高まります。 僕自身が免許を取って車を運転するようになったため、Dも少し違った視点で見られるかなと思いましたが、よくわかったのはこんなドライビングは絶対無理という事だけ。 昔は公道で暴走する漫画ってどうかと思いましたが、普通の人なら真似はしないから問題なさそうですね(笑) 書感です。 「馬のすべてがわかる本」 著者:原田俊治 出版:PHP文庫 定価:514円 初版:1997年10月15日 午年という事で、馬に関連する本を読んでみました。 現代の日本において、馬というとやはり一番イメージが強いのは競馬でしょうか。他は時代劇や乗馬など、とにかく人に乗られているところが思い浮かびますよね。どうも馬という生き物はほとんどが乗るために飼われ、一部では労働力。そして野生のものはかなり限られているようですす。 この本のサブタイトルは「速い、優しい、立って寝る」となっています。これはもちろん、馬の性質の事です。前の二つはともかく、立って寝るというのはなかなか驚きでした。読んでみると本当に知らない事だらけです。 僕はこれまでに一度だけ、馬に乗ったことがあります。と、言っても子供の頃に観光地でポニーに乗ったというだけですけどね。思ったより揺れたりしなかったのが印象に残っています。地上最速と言われる生き物はチーターで、時速300キロが出るそうです。猫科の生き物は背骨を曲げ伸ばしして走るため、瞬発力があるという事でしたが、馬の場合は走るときに背骨は伸ばしたままです。だから人間が乗れるわけですね。 臆病だけど危険を察知する能力がずばぬけて高いというわけでもなく、草食で戦うための手段をまるで持っていない馬という生き物は人間に保護される事で生き残ってきたとも言えるようです。 と、いうようにとにかく馬に関する雑学をまとめたのがこの本です。だいたい、人間の身近にいる生き物と言えば犬や猫などで、その他の動物に関しては実を言うとあまり知らないという事、多いですよね。犬や猫に関してもきっと知らない事が山のようにあるんだろうなとも思います。 これまでこういう本は必要に応じてしか読んでこなかったのですが、今回なかなか面白かったのでこれからの読書の幅が広がったような気がします。 書感です。 「最終兵器彼女 7巻」 作者:高橋しん 出版:小学館 定価:648円 初版:2002年2月1日 関連書感はこちら 2001年12月25日、6巻の最後に予告された通り、クリスマスにこの7巻は発売されました。作者は3巻くらいで終わらせる物語として書き始めたようですが、終わってみれば7冊。 特に最後の2巻は300ページを越える厚さになっています。 この「最終兵器彼女」が特に完成度が高いと思ったのは単行本としてのまとめ方です。単行本などがいいところで切れてしまうと、次の巻が出るまで気になって仕方がないものですが、この作品の場合はそれぞれが一つの局面でしっかりと完結しています。5巻が終わったとき、6巻が終わったときなどはそれぞれそこで物語が完結していてもおかしくはないという感じでした。6巻が出たときにはすでに連載も終了していたようですからそれだけ単行本を作るのにしっかり時間もかけていたのでしょうね。書き下ろしの部分なども多いようです。 シュウジと共に暮らすうちに、徐々に壊れていくちせ。 兵器である彼女は、もはや軍のサポートなしには生きていけない存在となっていた。自分の元でちせを殺すのではなく、離れていてもちせを生かす事を選択する。故郷の街に帰り、両親や仲間との日々を過ごすシュウジ。そしてついに、最後の日がやってくる……。 突然始まり、そしてついに終わることのなかった戦争。最後まで何のための戦争なのか、他の国や地域がどうなっているのかはわかりません。いつ戦火にさらされるかわからない状況下ではもはや「何のための戦争」なのかなどという事は意味を失っているのかも知れません。シュウジのいる北海道の街はおそらく世界中で最後の街となったのでしょう。それは決して偶然ではなく、ちせの存在によるものだということは推測できます。 6巻の発売前後、朝日新聞に高橋しんのインタビューが載っていましたがその話を読んでいたらどうも最後はハッピーエンドじゃないんだなとは思っていましたが、この話は本当にこつこつと最初の方から悲劇に向かって歩んできたという印象があったため、やはりという感じでした。もちろん、ちせとシュウジが幸福になって欲しいという淡い期待はありました。 しかし、そういう時に考える「幸福」って普通の世界で普通に生活をしていくというイメージだけなんですよね。 この物語の最後は、悲惨なものかも知れないけど二人にとっては「幸福」な最後なのだとも思えます。 「僕たちは恋していく」という言葉が、いつも巻の最後にありました。そもそも、恋愛って幸福になるためにするものじゃないのかも知れません。しかし、恋愛をして、共に生きて、そして幸福になれればそれはすばらしい事です。 本当に完成度の高い、心に残る作品でした。 土曜日は新車購入の準備でディーラー回りをしてました。 一応、第一候補はホンダのシビックで僕の趣味としても車の機能や性能としてもばっちりなのですが、家族で買うものなので一応、家族も納得できるようにしないといけません。 年末や新年は初売りなどで車が安くなったり、様々なサービスがついたりしますし、新車の発売などもあるのでちょうどいい時期です。 うちはコロナ、カリーナバン、カリーナEDとトヨタ車が続いていたので、今年に入って新しく出たアリオン展示会の案内が来てました。と、いうことで両親とトヨタのショールームへ。 ちなみに運転は僕がしていきましたが両親はどちらもかなりベテランなのでかなりうるさいです。教習所の教官がいかに辛抱強いのかよくわかります。 ショールームはクラウン、セルシオ、エスティマなどが置いてある販売店で、ちょっと高級志向。普段は数台が展示してあるのだと思いますが、今回は新車発表の時期なのでアリオンが一台だけ置いてありました。新聞などの広告で見るとコンパクトなイメージだったのですが、実際に見てみるとけっこうな迫力があります。もっとも、家のカリーナEDが今の車と比べるとかなり車高が低く小さく見えるのでたいていのセダンは大きく感じるのかも知れません。 セダンとしては初のシートアレンジが可能という事で、後部座席を倒してトランクと一体型の収納スペースにし、大きな荷物を積み込んだりできます。 スタイルなども格好良いのでトヨタ車の中ではかなり惹かれます。母もかなり気に入ったようだったのですが、価格帯が予算よりちょっと上で新車のため値引きも少ないのでパス。 それでも見積もりだけは出してもらいました。 さて、その後は12月に出たホンダのモビリオを身にホンダクリオ店へ。ちなみにモビリオは東京モーターショウでS.U.U.として出展されていたときに見てはいますが、こんなに早く市販されるとは思いませんでした。 クリオ店はなかなかの混雑で、モビリオにも人が集まっているようでした。フィットベースのミニバンという事で小柄なものを想像していたのですが、かなり大きいです。さすがに高さが170センチもある車です。考えてみればフィットも僕の感覚では決して小さいという車ではありませんでした。一般的な車に対するイメージを改める必要がありそうです。 モビリオは試乗が出来るという事で、父の運転で近くを一周しました。本当は運転したかったのですが初心者マークをつけて乗るわけにはいかないですよね。 感想としてはとにかく広いという感じです。エンジンも静かだし走りもなめらかです。おまけに座席を畳めばスペースの大きさは驚異的。洗濯機を買っても乗りそうですね。自転車なんかは余裕です。価格も高くないし、家庭に一台あればかなり便利な車だと思いました。 これまでに見た車の中でも、機能と価格だけを考えればモビリオが圧倒的にいいですね。しかし、高さの方向に大きい車なのでドライブのときのゆったり感はあまりなさそう。ドライブには向きませんね。 僕は日常的に車を使うわけではないのでやはりドライブなどを楽しめそうなシビックがいいです。荷物もけっこう乗るし走りやすいですからね。 と、いうわけで第一候補は相変わらすシビック。 EDが車検となる3月までの納車を考えるとそろそろ契約を考える時期です。今月中には決定するでしょうか。 参考までにトヨタのアリオン紹介はこちら ホンダのモビリオはこちら ゲームの紹介です。 「ICO」 ジャンル:アクション 機種 :PLayStation2 発売元 :SCEI 定価 :5800円 2001年末に発売されたアクションゲーム「ICO」は不思議な雰囲気を持ったゲームです。PlayStation2になってからアクションは再び力をつけ、これまで表現できなかったようなスピード感やリアルさを武器にRPG一辺倒だったゲーム界に戻ってきたという感じですが、この「ICO」は静寂が特徴の作品なのです。 主人公のイコは角の生えた子供。彼の生まれた村には彼のような子供を生け贄として捧げる習慣があった。霧の中にそびえ立つ城へと連れられ、棺のようなものの中に閉じこめられたイコだったが、突然の地震により壊れた棺から脱出する。城の中を歩き回るうちにイコは白い少女と出会い、言葉の通じない彼女の手を引いて城から出ようと走り出す……。 「僕はその手を離さない」というコピーでCMをやっていたのが印象的でしたが、このゲームの一番の面白さは「少女を連れて逃げる」という事にあるでしょう。言葉も通じない少女は、黒い影のような存在に連れ去られようとしています。少年は彼女を守ってあげなければなりません。しかし、少年ほどの運動神経を持たない彼女では時々、進めないところがあります。 そういう時は少女を置いて少年だけが先に進み、しかけを解いて彼女を呼び寄せるのです。イコ自身、かなり高いところから落ちたりしない限り、命を失うような事はありません。だからゲーム中は常に少女を気にしながら進んでいきます。あまりに遠く離れてしまったり、時間が経ち過ぎたりすると少女は黒い影にさらわれてしまうのです。 このゲームには基本的に音楽がありません。オープニングとエンディング、そして黒い影が現れるときだけなのです。イコと少女はひたすら静寂の中を走ります。聞こえるのは風の音や水の音、そして城のしかけが動く音、そして彼らの足音だけです。リアルな質感ではなく、絵画のように淡く陰影に富んだ風景の中を走る彼らには映画やアニメとはまた違った雰囲気があります。自分で操作していながらも、イコと少女を見守っているという感覚が強いです。 少女の動きもまた多彩。手をひかれるにしても、突然強く引っ張られればついて行けないし、手を離して放っておくと歩き回ったりもします。引っ張られる手が痛いのか、時々手をさすっているところを見ると、最初から走るのではなくてスティックをゆっくり倒して歩いた状態から進みたくなります。 ゲームでの雰囲気作りというのは本当に地道な作業だと思います。操作すると反応が返ってくるのがゲームの面白さですから、そういうところに手を抜いてはいくら絵がきれいだったり音楽が良かったりしても意味がありません。思った通りの事があり、意外な反応があり、うまくいかない事があってこそのゲームですが、そういう点で「ICO」の作り込みはすばらしいものとなっています。 間違いなく、2001年にやったゲームの中では完成度ナンバー1です。難易度の高さを楽しんだり、テクニックを磨いたりという要素は残念ながらありませんが、ゲームの世界に浸って少女のために頭をひねり、走るという感覚は他に得難いものがありました。 雑誌やCMなどにはあまり出ていませんが、買おうかどうか迷っている方や最近ゲームをやっていないという方には是非お薦めです! 「ICO」については下記URLをご覧ください。 http://www.i-c-o.net/ 最近、携帯電話などに対する迷惑メールが大きな話題になっています。知人のところに来ているのを見て大変だなとは思っていたのですが、これまで来たことがなかったのに1月5日の14時ごろから突然、来るようになりました。しかもその後、16時、18時、20時と夜12時まで正確に2時間おきに着信し、今日も朝8時からお昼までに5通も来ていました。ちょっとこれは異常な状態ですね。内容は違いますが送信元は同じなのでしょう。 僕の携帯アドレスはごく親しい人にしか教えておらず、アンケートなどでも書かないようにしています。ところが、最近の迷惑メール送信業者などはどこかからアドレスを手に入れて来るという手段だけではなく、アルファベットと数字の組み合わせを大量に作って手当たり次第に送りつけているようです。 例えば僕の通常メールはyoh7687ですが、同時送信先にyoh76やyoh78などの類似アドレスが入ったメールが届いたりしています。メールに使用可能な文字はせいぜい40文字。メールアドレスの@より前の部分が最大16文字くらい。10文字だとその組み合わせは10の16乗もありますが8文字だと6兆5千500億くらいになってしまいます。もちろん、これだって膨大な数ではありますがコンピューターを使ってしらみつぶしにし、エラーで戻って来ないアドレスを存在するものと考えてリストに加えていけば自然とかなりの数のメールアドレスのリストが出来上がります。ドメイン名はたくさんあるのでヒットするのは難しいと思うかも知れませんが、NTTドコモのユーザーは2001年末で3000万人いますし、他社の携帯電話でも一般のプロバイダよりかなり加入者が多いと思われます。また、hotmailなどの大規模な無料メールアカウントも狙われやすいでしょうね。 先にも書いた通り、携帯メールアドレスは親しい人にしか教えていませんので、携帯に来るのは基本的に友達からのメールです。仕事の合間や行き帰りにチェックしてメールが入っているのを楽しみに過ごしているのに、そこへ成人向けサイトの宣伝などが入っていたらげんなりします。まさに「迷惑メール」ですよね。おまけにDOCOMOの携帯はメール受信も微妙に有料なので怒りもひとしおです。 年末にNTTドコモが迷惑メールへの対応を発表しています。なんとNTTドコモのサーバに来るメールの大半が宛先不明メールらしいですね。そういったアドレスが大量に含まれるメールなどは迷惑メールと判断してブロックされるそうです。しかし今回のように立て続けにこういったメールが来ている現状を見ると、そんなに有効ではないようです。ちょっと考えただけでも、そういったNTTドコモのシステムを無効にできそうな技術はたくさん考えられます(書けませんが) 結局のところ、メールアドレスを変えたところでまたそこに迷惑メールが届くのは時間の問題と考えたので、メールアドレスは変えず、一部のメールアドレス以外をすべて拒否する事にしました。 最終的には法的に規制するしかないですね。現在の管轄は総務省でしょうか? はやく対応して欲しいですね。 書感です。 「出発点 1979〜1996」 著者:宮崎駿 出版:徳間書店 定価:2621円 初版:1996年7月31日 関連記事はこちら この本はアニメーション映画の監督で知られる宮崎駿のコラム、インタビュー、対談などをまとめたものです。ずっしりと重いハードカバーで二段組580ページというボリューム。読むのに4日もかかってしまいました。 宮崎駿は「風の谷のナウシカ」を始め「となりのトトロ」や「もののけ姫」などで自然保護を訴える映画を作る人として知られていますが、本人に言わせればそういったメッセージを映画から読みとられるのは嫌でたまらないらしいです。この分厚い本で語られる様々な事柄を読んでいくと、何かを評価するというのがいかに難しいかという事を感じます。 それでも一口に宮崎駿の印象を言ってしまうと「愉快だけど怖いおじさん」というところでしょうか。いろいろ考えるんだけどそれは哲学的な思索ではなくて、頭をかきむしって考える。怒るときは本当に怒鳴り散らす。でも、口からは自分がやりたいこと、面白いと思う事がどんどん出てくるという感じです。こういう人が『天空の城ラピュタ』や『ルパン三世 カリオストロの城』を作っていると思うと実に納得ができます。 「人間性にあふれている」と書いてしまうのは簡単化も知れませんが、それよりももっと庶民的と言うか、生ぐさい感覚ですね。そういった人が、多くの人間を感動させる映画を作るからこそ面白いのだと思います。 宮崎駿本人は人がいろいろな事を語っていると「なにを偉そうな」と思うそうです。しかし、この本を読むと日本のアニメーションの現状を始め、社会のあり方から教育問題からいろいろと語っています。そういう自分をばかばかしいと思いながらも、逆に語る人間の事がわかるような気がして、しかしそれを肯定はしない……というような矛盾や葛藤を実に率直に話していて面白いです。 よく「宮崎作品」と言われますがその製作には多くの人が関わっていて、評価される点にはそういった人の力が大きく左右しています。だから、一口に「宮崎作品」というのは監督本人にも面白くないのかも知れません。しかし、そういった作品を作っていく人々のテイストを宮崎駿自身が代表して引っ張っている事は間違いなさそうです。 書かれた文章などを読むと、語るのが嫌いと言いつつ実に説明のうまい人だなと思います。自分の持っている思い、自分のやりたい事などを人に率直に伝える。そういう能力があるからこそ周囲の人々はそれについてくるし、映画を見ている人にも伝わるのかも知れません。 こういう上司ってあこがれますね。部下は死ぬほど働かされるのかも知れませんが(笑) 先日、迷惑メールの話を書いたところサイト掲示板に「.や_などの通常2つ以上連続で使わない文字を入れる迷惑メールをブロックできる確率が高くなる」というコメントをいただきました。 メールアドレスに「.(ピリオド)」「ー(ハイフン)」「_(アンダーバー)」などを入れて新しいメールアドレスを作るのは常套手段ですね。メールアドレスにはスペースが入らないのでその代わりに「_」などを使用したりもします。僕がプロバイダからもらっているメールアドレスは氏名の間に「_」を入れているのですが「_」は「-」「.」などに比べてマイナーなのでよく間違われたり、そもそも存在を知らない方がいたりもするので要注意です。 僕が普段使用している「yoh7686」のメールアドレスを例に取って考えてみましょう。これは英数のみ7文字というかなり一般的なパターンのアカウントです。通常ならば「yoh」だけにしておきたいところですが「yoh」などはすでに使われてしまっているために数字などを付加してアカウントを取るわけです。英数7文字の組み合わせは35の7乗で約640億通りあります。かなり多いような気がしますが、英字3文字以内+数字4桁以内という組み合わせで考えると2億9000万通りにまで減ってしまいます。もし迷惑メールの送信元が1時間に100万通(適当な数字ですが)のメールを送信していたとすると以上の組み合わせすべてに送るのには290時間、12日ちょっとしかかかりません。 で、最初に述べた「.」や「_」を連続して2つ以上使うという件ですが、「有効だけど決定的ではない」というのが僕の結論です。実際にメールアドレスに使われるのは英数に加え数種類の記号で40文字くらいです。英数だけだと35文字なので5文字増える事になりますね。同じ7文字でも1640億にまでパターンが増えます。ただし、実際には「.」か「_」をどこかに挿入するだけというパターンなのでそんなには増えません。 2文字連続での記号使用というのはいわゆるパターンを崩したやり方です。実際に送信を行う際、しらみつぶしではあまりにパターンが多いため、実在するメールアドレスのパターンからある程度限定したアドレスを作っていると思われますので、そこから外れると迷惑メールにヒットする確率は下がります。 しかし、そういったやり方は日常化してしまうと新しいパターンを作ってしまうだけとも言えますし、そもそも送信側が「.」「_」が一つというパターンで送信リストを作成しているとも限りません。 もちろん、順列組み合わせによって考えられるメールアドレスが増大するので送信元が工夫を凝らしてもヒットさせるのは難しくなります。 単純な話「メールアドレスに使う文字数を増やす」「メールアドレスを長くする」事によって、パターンを増やし迷惑メールをヒットさせにくくする事は十分可能です。僕のメールアドレスだったら「yoh_yoh_7.6.8.6.」のようにしてしまえばいいわけです。英数記号16文字の組み合わせは4.3×10の25乗もあります。実感が湧きにくいとので数字で表記してみると 約43,000,000,000,000,000,000,000,000通り という事になります。あくまで有限ではありますがメール送信のスピードなどを考えても有効な防御と言えます。しかし、将来的にはわかりません。さらに言えば、みんながこういうメールアドレスになってしまうと非常に憶えにくいし使いにくい、何よりかっこよくないです。 携帯電話各社なども様々な防御策を取ってはいますが、やはり対処療法になってしまいます。何かあるたびにメールアドレスを変更するのは不便です。 ですからやはり、この先も安心して携帯メールが使えるように「了解なく大量の相手に宣伝メールを送りつける」という行為を違法として欲しいものです。 書感です。 「ぼくが医者をやめた理由 つづき」 著者:永井明 出版:角川文庫 定価:438円 初版:平成10年8月25日 関連書感はこちら 永井明が自らの体験を綴ったエッセイ「ぼくが医者をやめた理由」の第二段です。タイトルは「やめた理由」となっていますが、内容としては著者が普通に体験した病院での毎日が書かれています。医療活動をするうえでの様々な違和感や、自分の適性への疑問。そういったものが積もり積もって、やがて医者をやめるという事になるのでしょう。 その明確な理由は本人にもわかっていないのです。永井明自身も書き進めながらその理由を探していたのかも知れません。 研修を終えた「ぼく」こと永井明は元、結核治療施設であった病院へと就職する。 胸部疾患センターとして胸部に難病を持つ患者を診ているの病院で、著者は現代ではあまり診られない結核の患者や、肺ガンを患った患者などを診ることになった……。 人体の隅々に血液を送る心臓、血液に酸素を送り込む肺。 活動のために重要な循環器としての機能を持つ肺を病んだ人は下手をすると歩くことさえ苦しくなります。年齢によって肺の機能を低下する人、若いのに結核などによって動けなくなってしまった人など、その症状は様々。 若い時代の著者は「やりがいのある」医療活動を求めていましたが、それは同時に難病人を抱える現場であり、多くの人の死に立ち会う事でもあります。 患者の死にいちいちショックを受けていたら医者はできないけれども、何も感じない人はやはり医者をやるべきではない。 そうした矛盾に著者は突き当たります。 そして、すべてに対して平等であるべき医師にも関わらず、著者は若い患者を嫌い、老齢の患者を得意とする自分にも疑問を感じます。若い人間が難病で死んでしまったらショックだけど、老人なら仕方がない……という精神的な防壁があることに自分で気づいてしまうのです。 人の命を扱うだけに、模範的な態度が求められる医者。 しかし、その医者も人間であるからには様々な好き嫌いがあり、得意不得意があり、感情があります。そういった内部のものはどんな医者でも持っているのかも知れません。しかし、それを外に出すことは許されないのです。 もし、素直にそれを話し合う事ができれば、著者も慰められたかも知れません。お互いの好き嫌い、得意不得意を埋め合わせるように現場が成り立っていれば、一人の人間が完璧ではなくともうまく立ちゆくのではないでしょうか。 そうした安心感が、著者には得られなかったのでしょうね。 これが「やめた理由」の一つなのかも知れません。 週末はディーラ回りをするのがここ1ヶ月の習慣。 で、今週やっと車が決定し、ニッサンのリバティになりました。リバティは3ドアと左右のスライドを持つワンボックス。 選択したモデルはGナビパッケージと行ってDVDカーナビとバックモニターなどがセットになったものです。 実は土曜日にニッサンのレッドステージ店でウィングロードを見に行ったのですがどうも室内が狭く、あっという間に候補から外れ。しかし、次の日にテニスから帰ってきた両親が友達の乗っていたリバティを気に入り、今度はニッサンのサイトでブルーステージ店を探して行ってみました。 これまで見た車はホンダのプリモでシビック、ホンダのクリオでモビリオ、マツダでMPVとプレマシー、トヨタでアリオン、というところ。いろいろまわってみると車だけではなく販売店や営業の人にもいろいろ違いがあって面白いです。 ホンダの営業さんはけっこう技術の事を話す傾向があり、ユニフォームも作業着っぽいジャンパー。かなり車に自信を持っています。ただ、価格がけっこうぎりぎりに設定されているらしく値引きはほとんどありません。あったとしても10万は引いてくれなさそうです。しかし、ホンダの車は他にないものが多いので気に入ったら間違いなく買えます。 ちなみに僕はホンダのシビックが第一希望、というか他はまったく考えていませんでした。 トヨタはもうスタンダートいう感じなのか、ビジネススーツで堅い印象です。 最も、ネッツトヨタやトヨペットなどはまた別な雰囲気なのかも知れません。営業さんもスーツで、お店にはクラウンやセルシオの商談をするためと思われる高級そうなコーナーがありました。車は値段の割に高級感がありますが、ここも値引きはあまりなさそうでした。 マツダは言ってしまうと車にあまり特徴がないです。MPVは広くてゆったりしており、大きい車としてはけっこういい感じでしたがプレマシーになるとどうしても廉価版という感じがします。マツダの販売店は歩いて数分のところなので冷やかし程度に行ったのですが、とにかく値引きが凄まじいので具体的に検討するようになりました。MPVなどはモデルチェンジを控えているという事もあってか、場合によっては60万円くらい引かれる事もあるようです。営業さんの雰囲気もよく、親切で熱心という感じ。ここの値引きの話を他のディーラーの営業さんにすると苦笑されます。 で、最後は急遽リストに入ったニッサン。 ここの人もスーツだったのですが、下に派手なニッサンのワイシャツを着ていました。 リバティは車の大きさとしてはだいたいMPVと同じくらい。 最大7人乗りでこのクラスの車としては当然のようにシートを格納できます。特徴なのは左右のスライドドアで、左側は電動。リモコンでも開きます。トランスミッションが無断変速のCVTでシフトはインパネにあり、床に何もないのはシビックと同じ。展示モデルはカーナビとバックモニターが標準装備でした。 最初に出されたリバティの価格がほぼ定価で267万。車の機能の違いなどもありますが、ほぼ本決まりだったシビックよりもかなり上回っていたので、車が良くても検討の余地はないという感じでした。しかし、ここからが恐ろしいところで、こっちが驚くほどどんどん値引きがされていきます。 僕自身はとにかくシビックが欲しいのですが、家族で乗ったりする事も考えれば大きい車の方が良いです。で、両親はだんだんとシビックからリバティ派に。 結局のところ、もう下がるところまで下がってしまってどう考えてもこれはお買い得という値段までいったので、僕もリバティ購入を肯定せざるを得ませんでした。 しかし、車の営業さんというのはかなり大変ですね。 最終的にはこっちで他社との比較や値段の話を正直にした方がきちんと応えてくれるという感じでした。他社の悪口を言ったりもしないし、車の欠点もきちんと認めるいい感じの人が多かったです。今回の結果はニッサンの営業勝ちといった感じ。 一生懸命説明や値引きをしてくれた他社の営業さんには申し訳ないと思ってしまいますが、結局買えるのは一台だけですからね。 かなり残念な結果ですが、とりあえずシビックはそのうち自分一人の車として購入するとして、リバティもなかなか楽しそうなのでそっちを運転していきたいと思います。 納車がいつになるかはまだわかりませんが、けっこう楽しみです。 書感です。 「蒼天の拳 2巻」 作者:原哲夫 監修:武論尊 出版:新潮社バンチコミックス 定価:505円 初版:2002年1月 関連書感はこちら 『北斗の拳』の北斗神拳が1930年代の上海で大活躍する原哲夫のコミック『蒼天の拳』第2巻です。 仁義を重んじるマフィア青幇が新興勢力の紅華会に虐殺されたと聞き、上海へと舞い戻った霞拳志郎。紅華会が支配する悪徳と退廃の街、上海でかつての朋友が虐げられている様を目の当たりにした拳志郎。その拳がついに紅華会幹部をとらえる! 今回はあとがきつきで『蒼天の拳』がスタートした経緯が説明されていました。最初に『蒼天の拳』を読んで思ったのは『北斗の拳』と『花の慶次』を足して二で割ったような話だという事でしたがそれもそのはず、原哲夫が描きたかったのはそもそもケンシロウのように北斗神拳を使い、慶次のように明るく、『公権力横領捜査官 中坊林太郎』の林太郎のように人を食った男だという事です。 つまり、『蒼天の拳』はこれまでの原哲夫作品の集大成とも言えますね。『北斗の拳』を求める人にはちょっと不満があるかも知れませんが、僕は実を言うとあまり『北斗の拳』を読んでおらず『花の慶次』などから原哲夫に入ったので、霞拳志郎というキャラクターがけっこう好きです。 朋友と認めた人間のために涙を流し、命の危険を顧みずに立ち向かっていく。そして、誰よりも強い。 今のところ、『蒼天の拳』には霞拳志郎と互角に渡り合えるような拳法家は存在しません。自分が優位だと確信する的と時にはユーモラスとも思えるような会話を繰り広げながら、容赦なく倒していく様がいいです。 さて、上海に乗り込んだ拳志郎の復習劇はもう始まっています。おそらく、二流っぽい紅華会のボスたちだけではその復習は終わらないでしょう。1930年代の上海でいったい何が待ち受けているのか、これからが楽しみです。 |
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