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9月1日から2日の読書と生活 #0748

■書感『チグリスとユーフラテス』上・下
 著者:新井素子
 出版:集英社文庫
 定価:686円/571円
 初版:2002年5月
 関連:新井素子

 久々に読んだ新井素子のSFです。
 地球から出た移民団が開拓した9番目の星、ナイン。人工子宮の活用によって人類は繁栄し、新しい世界を形作った。
 だが、やがて人々は生殖能力を失い、最後の子供、ルナが生まれてしまう。誰もいない世界に取り残されたルナは、コールドスリープについていた人々を起こし始める……。

 この小説は、惑星ナインの逆さ年代記。
 コールドスリープについている人々は、何か理由があって生きられなくなり、治療ができるようになるまで眠っています。
 一度目覚めたら、緩やかに死に向かっていくしかありません。未来での復活を夢見て眠りについたのに、目覚めたのは滅びを迎えようとする世界。そして、そこにいる人間は最後の子供であるルナ一人です。
 最初に目覚めたマリアは子供が産まれなくなった時代の人物。そしてその次に目覚めたダイアナは、それより遙か前、ナインの食糧供給が追いつかず、飢餓にあえいでいた時代の人間。朋美は惑星ナインの開拓が始まってしばらく経ってはいるものの、初期の移住メンバーの家系が力を持っている時代の芸術家。そして、最後の目覚めたレイディ・アカリは惑星ナインに移住した宇宙船のキャプテン、龍一の妻であり、伝説の聖母と言われる女性です。
 皆、惑星ナインの異様な光景を目にし、ルナの相手をして毎日を過ごしながら、自分の生まれた時代を回想します。
 いったい、なぜこうなったのか?
 そして、ルナにとっては何が幸福なのか?
 新井素子のSF小説はその口調から、「小説」というより「おはなし」というのに近い感覚があります。しかし、惑星の終末というテーマに正面から向き合う人々の生き様はなかなかにハード。新井素子はこの終末感を描くのに優れた作家だと前々から思ってはいましたが、この作品が収束していく様子には感動すら憶えます。
 長いですが、読みがいのある作品でした。
(2002/09/01)

■『からくりサーカス』24巻
 作者:藤田和日朗
 出版:小学館サンデーコミックス
 定価:390円
 初版:2002年9月15日
 関連:『からくりサーカス』

 話は過去へと飛んで、マサルの祖父、正二の物語。
 江戸時代末期、長崎で遊女遠野太夫に出会った正二郎はその不思議な魅力に惹かれる。火事の混乱の中、遠野太夫の正体に気づいた正二郎は、彼女と共に生きる事を決意。黒賀村での人形作りの歴史は、ここから始まる……。

 長らく謎だったマサルの人生。しかし、この24巻に来てそれはますます謎となっていきます。これまでの予測をすべてひっくり返して明らかになる事実。
 いったいマサルとは何者なのか?
 なかなか核心には触れず、過去のストーリーは続いていきます。そしてもう一つ、この話はどういった方向に向かっているのかも気になります。壮絶な戦いの末、鳴海たちがうち破った自動人形本拠、真夜中のサーカスはいったいどうなったのか?
 人形のボス、アンジェリーナ人形はどこへ行ってしまったのか?
 過去の物語から明らかになるのはおそらくその一部に過ぎないでしょう。謎が謎を呼ぶとはまさにこのこと。
 読者を飽きさせない怒濤の展開です。
(2002/09/02)


9月4日から6日の読書と生活 #0749

■書感『愛に時間を』2
 著者:ロバート・A・ハインライン
 出版:ハヤカワ文庫SF
 定価:620円
 初版:1984年10月31日
 関連:ハインライン

 長編SF小説『愛に時間を』の第二弾です。

 長命種の人間、ハワードファミリーの最長老であるラザルス・ロングは4000年の生に飽き、一人でひっそりと寿命を迎えようとするところを子孫たちに発見され、止められてしまう。監禁同然のラザルスはやがて、コンピューターミネルヴァに地球の20世紀から続く自分の人生を語る。そして彼は、子孫達との生活の中で、再び生への興味を取り戻していく……。

 肉体が寿命を迎える前に何度でも若返りの手術を受けて、また人生を生きられる長命種たち。しかし、病気や不慮の事故から4000年も生き延びる事は難しい事です。ラザルスの持つ生き延びるための知恵こそ人類の宝だと考えるハワードファミリーの議長代理、アイラはその言葉をすべてコンピューターに記憶させていきます。しかし、一癖もふた癖もあるロングの語る言葉にはほらや記憶違いも多数混じっており、それを注釈付きでそのまま記録した、というスタイルはなかなか面白いです。2巻はもう内容のほとんどがラザルスの回想。特に、人を育てていくという話が中心となります。
 そしてそこから導き出される答えは、家族こそ人が求める最高の安らぎであるということです。ラザルスの人生は家族をつくり、育てて、安定したら放浪するという事の繰り返し。
 そしてそれが、様々な惑星や未開の地に人類を根付かせるという結果となっています。
 たった一人の人間から何十万人という子孫が広がり、宇宙に進出していくという物語の背景には、凄まじいものがあります。ラザルスの子孫達も当然のように彼と同じように賢く、計算高く、何者にも屈しない意志をもっています。そして彼らが家族というコミュニティを結成したとき、その力は測り知れません。しかし、家族を持っても何かを追求しようとするラザルスの生き方は変わりません。それこそがラザルスを4000年も生かしているものなのでしょう。
 物語は3巻へと続きます。
(2002/09/04)

■書感『多重人格探偵サイコ』No.8
 原作:大塚英志
 作画:田島昭宇
 出版:角川コミックス・エース
 定価:580円
 初版:2002年9月20日
 関連:多重人格探偵サイコ

 伊園美和の中で覚醒した雨宮一彦の人格は、同じくその断片を持つ西園テ虎と対決。その混乱の中、失踪していたはずの雨宮一彦が姿を現す……。
 ここ数巻、雨宮一彦という存在がいったい何なのかわからぬまま、どんどん話が進行しています。複数の人間の中に潜む雨宮一彦の断片が一つになったとき、何が起こるのか?
 1巻から読者が雨宮一彦として認識していた人物もまた、複数の断片の一つに過ぎないようです。
 雨宮一彦の謎を追うという事で始まったこの一連の事件でしたが、ガクソという組織を初め、様々な要素が絡んでもう予想不可能な展開になっています。
 正直、多重人格の探偵がサイコな事件を解き明かしていくという当初の展開が面白かっただけに、少々がっかり。
 それでも、この先どう続けてくれるかという興味はあります。次巻に期待。
(2002/09/06)


9月7日から9日の読書と生活 #0750

■書感『愛に時間を 3』
 著者:ロバート・A・ハインライン
 出版:ハヤカワ文庫SF
 定価:480円
 初版:1984年11月20日
 関連:未来史シリーズ

 長編SF、『愛に時間を』の三冊目。

 何千年もの時を生き、その生に飽いた長命種ハワード・ファミリーの最長老、ラザルス・ロングは子孫たちの働きかけにより生への興味を取り戻す。ラザルスと同じ遺伝子から作られた双子、ロリとレイジを家族に加え、幸福な生活を送るラザルスだったが、いまだかつて彼さえ体験したことのない時間旅行へと旅だっていく事に……。

 何千年の間にいくつものピンチを乗り切ってきたラザルスの爽快な冒険壇……と当初は思っていたのですが、後半になってくるとだんだん話は人生論的な方向へ。クラークが深遠なテーマで話を書く作家であるのに対し、ハインラインは物語重視、というイメージでしたが、エンターテインメントを見せつつ人間の生きる意義や人を生かす力について語っていくのが本作と言えます。
 人が長く長く生き、最後にたどり着きたくなるのはいったいどこなのか?
 その答えは平凡なようではありますが、この長い物語の流れとしてはごく自然なものです。この物語を書いた辞典でハインライン自身もけっこうな老齢。ラザルスと同じような願望を抱いていたのかも知れません。
 そして、物語のラストでは、到達点はゴールではなく、新たな出発点であることが知らされます。老いてもますます生きる男、ラザルス・ロング。彼はハインライン作品最高のヒーロではないでしょうか。
 さて、ハインラインの未来史シリーズにはあまり知識がなかったのですが、ラザルス・ロングはこの『愛に時間を』で初登場ではないようです。どうりで回想の派手な部分について何も語らないと思っていました。
 まずは『メトセラの子』あたりでラザルスの活躍を読んでみたいと思います。
(2002/09/07)

■書感『20世紀少年 10 顔のない少年』
 作者:浦沢直樹
 出版:小学館ビッグコミックス
 定価:505円
 初版:2002年10月1日
 関連:『20世紀少年』

 20世紀末の「血のおおみそか」について調べようとしたため、「ともだち」の洗脳施設「ともだちランド」に送り込まれてしまった小泉響子。清掃員として潜入していたケンヂの仲間、ヨシツネの協力をえて無事に「ともだちランド」を抜けた響子だったが、そこで見た「ともだち」に関する重大な記憶を、恐怖のあまり失ってしまう。普通の生活に戻った響子はケンヂの姪、カンナについて調べ始めるが、それを察知した「ともだち」の魔の手が……。

 これまでに何度も出てきた、お面をかぶった少年。そのお面を取るところまでが響子の記憶。その仮面の下にはいったいどれだけ恐ろしいものが隠されていたのか?
 それが何より興味の的で、この巻の焦点でもあります。
 しかし、言ってしまえば少々期待はずれ。緊張感を削いでしまったような気もしますが、ある意味ではどんでん返しなのかも。一度はカンナの前に姿を現したオッチョでしたが、それも去り、また元通りの状態です。
 しかし、これからまた波乱の予感があります。真実を知ったカンナがこれからどんな行動を起こすのか。その行動力によって世界は変わるのでしょうか?
 相変わらず、目の離せない展開です。
(2002/09/09)


9月10日から12日の読書と生活 #0751

■書感『赤緑黒白』
 著者:森博嗣
 出版:講談社ノベルズ
 定価:980円
 初版:2002年9月5日
 関連:森博嗣Vシリーズ

 Vシリーズこと瀬在丸紅子シリーズの最新作。
 そして、これがシリーズ最後の作品となるようです。

 赤井という事務員が殺され、死体が真っ赤に塗られるという猟奇殺人が発生。なんと、探偵家業の保呂草の元へ、その犯人を突き止めてほしいという依頼が来る。だが、それは連続殺人事件の始まりに過ぎなかった……。

 犀川創平と西之園萌絵シリーズ、通称S&Mシリーズと同じくVシリーズも10巻で完結です。と、いっても決定的に最終回というわけではないんですけどね。
 森博嗣作品はミステリとして面白いのは当然ですが、それに加えて作品中の時間の流れによる登場人物たちの緩やかな変化が楽しめます。
 思えばぞろ目の日付と年齢による連続殺人を扱った第一作、『黒猫の三角』は衝撃的なラストでした。今作の『赤緑白黒』では、一作目と似たシチュエーションにする事によって、登場人物たちの変化、あるいは成長を浮き彫りにしているようです。
 当初は探偵役、瀬在丸紅子が中心に書かれていた物語も、だんだん語り手の保呂草潤平が主役といった感じになってきています。この保呂草さんもずいぶんと人間的になったような気がします。ちなみに、今回はS&Mシリーズを読んでいる人にだけわかるちょっとしたおまけもあります。
 森博嗣はまた新しいシリーズものに取りかかるそうです。次シリーズも楽しみです。
(2002/09/10)

■書感『湾岸MIDNIGHT 24巻』
 作者:楠みちはる
 出版:講談社ヤングマガジンKC
 定価:514円
 初版:2002年9月6日
 関連:『湾岸MIDNIGHT』

 完成した林チューンのRX-7 FCで城島はアキオのZに挑む。
 時を同じくしてカーボンのボディに仕上げたブラックバードも首都高に帰ってきた。今、この瞬間、首都高で誰がいちばん早いのか……?

 何年経ってもロータリーエンジンが忘れられない城島。機械的な不利がある事をわかっていながらも、FDではなく旧式のFCで悪魔のZに挑みます。
 自動車評論家としてのキャリアを活かし、自らの車に対する想いをアキオにたたき込んできた城島。そして、これまで何人ものチューナーやドライバーから走りを吸収してきたアキオ。
 二人は師弟のような関係でもあり、ライバルともなります。
 しかし、そういったベテランたちにも越えられない壁として存在するのがアキオと悪魔のZ。Z以上というのが誰もの目標であるわけです。
 さて、城島のシリーズも今回で終わり、また新しい車とドライバーが登場します。今度の車はホンダのインテグラTYPE-R。これまで『湾岸MIDNIGHT』には一切出てこなかったホンダ車。ホンダ好きの僕としては嬉しい限りです。
 FF、200馬力のインテグラは、どこでどうアキオのZとぶつかるのか……?
(2002/09/12)


9月13日の読書と生活 #0752

■書感『幽霊刑事』
 著者:有栖川有栖
 出版:講談社ノベルズ
 定価:980円
 初版:2002年7月5日
 関連:有栖川有栖

 有栖川有栖の長編ミステリです。
 タイトルの通り、ちょっと変わり種でありながら、有栖川ならではの味わいある作品となっています。

 主人公の刑事、神崎は同僚との結婚を前に上司である課長に射殺されてしまう。幽霊として目覚めた彼は、なぜ自分が殺されたのかという謎を追う。頼りになるのは唯一、神崎の声を聞くことのできる後輩刑事、早川のみ。二人は捜査を進めていくが……。

 ホラーっぽいミステリというのはけっこうありますが、主人公が幽霊というのは珍しいですね。恋人を残してわけもわからず殺された神崎の魂は、本来死者が行くべきところに行けず、街をさまよいます。
 何にも邪魔されない代わりに、触ることもできない。誰の目も気にせず行動できる代わりに、人に何かを伝える事もできないという幽霊の性質に神崎は悩まされます。
 孤独のまま過ごすのは嫌だが、消えてしまうのも怖い神崎ですが、早川という心強い味方を得て捜査を開始します。
 神崎をこの世につなぎ止めているのは、自分を殺した上司への恨みなのか、残してきた婚約者、須磨子への想いなのか。
 コミカルなノリながら、悲しいストーリーが展開します。
 幽霊はもう死んでいる存在。
 何のために生きるのか、という疑問がない代わりに、存在意義を失ったらすぐに消えてしまうかも知れないのです。
 事件を解決したところ、何も取り戻す事はできず、解決したらどこかへ消えてしまうという事がわかっているだけに、終盤にはやりきれない想いが漂いますが、それでもラストには救われた気分になります。
 悲劇的な色が濃いものでも、どこかに優しさがあり、決して読者を沈んだ気分にさせておくだけのものでは終わらない。
 それが有栖川作品の優しさなのです。


9月15日の読書と生活 #0753

■書感『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』
 著者:J・K・ローリング
 訳者:松岡佑子
 出版:静山社
 定価:1900円
 初版:2002年9月
 関連:ハリー・ポッターシリーズ

 ハリー・ポッターシリーズ第三弾です。

 魔法使いの刑務所アズカバンから殺人犯シリウス・ブラックが脱走。闇の魔法使いヴォルデモートの部下であったというシリウスがハリーを狙っているという情報を受け、魔法省はホグワーツ魔法学院の警備を強化。ハリーにとって恐怖に満ちた新しい一年が始まる……。

 一巻で一年物語が進むハリー・ポッターシリーズ。3巻ともなると新入生だったハリーたちもずいぶんと頼もしくなっています。今回、核となるのはハリーの父親、ジェームズ・ポッターの過去の話。赤ん坊の頃にヴォルデモートを撃退して事で魔法界の有名人となったハリーですが、そもそも何故ポッター家が標的になったかなどは未だに解っていません。
 ジェームズもホグワーツで学生時代を過ごしているため、ハグリットや教員達の中にもつながりのある人物は多いのですが、なかなか語られないところに深い事情を感じます。
 さて、ハリーの師と言えばやはり印象深いのは校長のダンブルドアですが、今回はそれと別に、もっと近い存在として新しい存在が登場します。
 新しくホグワーツにやってきた「闇の魔術に対する防衛術」のルーピン先生は、顔色が悪く、ぼろぼろのローブをまとった頼りない人物に見えますが、ハリーにとっては頼もしい師匠として活躍してくれます。もちろん、それにはそれで事情があるのですが……。
 巻が進むほど面白いと言われるこのシリーズ、本当にその評判を裏切る事はありません。しかし、同時に巻が進むと共に話が重くなるのも確か。ハリーが強くなるほど、そこにかかる重圧も強くなるようです。
 また、今回は魔法の力が万能ではないと思い知らされる話でもありました。
 これからハリーがどう成長していくのか、そして過去がどう解き明かされていくのか、ハリーの身に何が降りかかっていくのか。4巻『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』が待ち切れません。


9月18日から20日の読書と生活 #0754

■書感『地獄の奇術師』
 著者:二階堂黎人
 出版:講談社文庫
 定価:740円
 初版:1995年7月15日
 関連:二階堂蘭子シリーズ

 読んだ順番は前後しますが、これが二階堂蘭子シリーズ差書の作品となります。
 舞台となるのは昭和42年。江戸川乱歩の怪人二十面相がこの時期であったように、まだ日本に怪人が闊歩する余地のあった時代です。

 十字架屋敷と言われる暮林家の邸宅に、ミイラのように包帯を巻いた男が出没した。地獄の奇術師と名乗った男は、暮林家の人間を次々と殺害していく。神出鬼没の怪人が引き起こす密室での不可能犯罪に、高校生の二階堂蘭子が挑む……。

 このおどろおどろしさこそ、二階堂黎人の真骨頂。まさに江戸川乱歩の世界観です。
 以前読んだ『悪魔のラビリンス』ではトリックばかりが目立っていて世界観や人物があまり活かされていないという感想を持ちましたが、『聖アウスラ修道院の惨劇』やこの『地獄の奇術師』では、これでもかと言わんばかりに繰り返される怪奇事件が物語を血に彩っているかのようです。
 二階堂蘭子は途中でずいぶんとオカルト的な知識を披露したりしますが、最終的にはスマートでシンプルな結論を導き出します。この二階堂蘭子という探偵はどうも読者に好かれなさそうなキャラクター。家族のお嬢様で警視正の娘であり、人に接する態度は高飛車で、義理の兄である語り手の二階堂黎人に対してもあまり家族としての気遣いのようなものは感じません。
 有栖川有栖の火村英生や島田荘司の御手洗潔が性格が悪いと書かれながらも愛すべき人柄であるのに対し、二階堂蘭子は人間味がほとんどありません。しかも、ミステリマニアが高じて自らが探偵役になった事や、断定的なミステリ論をぶったりする事が二階堂蘭子への好感度を大幅に下げていきます。
 
 この徹底した鼻持ちならなさも、二階堂黎人を語るのに外せないでしょうね。そう、これが大きな魅力なのです。
 探偵というのが特別な人間であるという考えの現れではないでしょうか。リアルなミステリもいいですが、超人的な頭脳を持った探偵が活躍する作品にはまた別な魅力があるものです。
(2002/09/18)

■書感『ジュリエットの悲鳴』
 著者:有栖川有栖
 出版:角川文庫
 定価:533円
 初版:平成13年8月25日
 関連:有栖川有栖

 短編集です。短編8編とショートショート4編が収録されていますが、通して読んでみると有栖川有栖は実に器用な作家であると感じます。
 犯罪学者火村英生が活躍する国名シリーズも短編集でしたが、この『ジュリエットの悲鳴』はシリーズものではない一発ものの短編集として秀逸な出来。
 犯人視点で追いつめられていく過程を描いたものもあれば、主人公が狙われるものもあり、殺人などとはまったく関係ないユーモアたっぷりの短編もあり、人気ロック歌手が自らの過去を語る悲劇的な話もあり……と、バリエーションに満ちています。また、ショートショートではびっくりするが思わず笑ってしまうようなオチを披露してくれて、この一冊にあらゆる楽しみが詰まっているという感じです。
 この短編集はなんと8年かけて書き貯めてきた短編集を1冊にまとめたものだそうです。シリーズものには入れられないようなアイディアを、ちょっとずつ短編という形で書いてきたのでしょうね。またこんな短編集を出してほしいものですが、このペースだと当分先でしょうか。
(2002/09/20)


9月23日の読書と生活 #0755

■書感『誇り ドラガン・ストイコビッチの軌跡』
 著者:木村元彦
 出版:集英社文庫
 定価:571円
 初版:2000年9月

 元名古屋グランパス所属で、ユーゴスラビアのエース、ドラガン・ストイコビッチの半世紀を綴ったスポーツ・ドキュメンタリーです。
 子供の頃から天才的なプレイヤーで、18歳にして旧ユーゴスラビア代表に選ばれたストイコビッチ。サッカーを愛し、常に観客を魅了するプレイを続けてきた彼だが、旧ユーゴ連邦で起こった民族紛争がそのサッカー人生に暗い影を落とす……。

 サッカーを見る人間なら誰もが強烈な印象を持っているストイコビッチ。グランパスに来たばかりの頃は、ファウルを連発してイエローカードをもらい、退場するという姿ばかりが目立っていましたが、このドキュメンタリーを読んで、なぜそんな状態だったかに納得。
 ただサッカーを楽しみ、サッカーのために生きていたストイコビッチにとって、政治は人生を狂わせる存在でしかありません。ミロシェビッチ政権で民族浄化策を推進し、他民族を迫害したセルビア人として、自らの思想や信条とは無関係にヨーロッパ中から冷たい視線を浴びたストイコビッチの心中は測り知れません。
 民族に関係なく固い絆で結ばれていた旧ユーゴ代表が再び結成される事は二度となく、新ユーゴは隣人であったクロアチア人からは憎まれる存在となってしまいます。
 前半のストイコビッチの華麗な活躍とはうって変わって、後半は政治や戦争がどれだけ人の人生を狂わせるかという重苦しいテーマになっており、国と個人の関係の隔たりを感じさせます。もう引退してしまったストイコビッチですが、指導者としての人生はこれから。再び彼の名前が世界に轟く時を心待ちにしています。


9月25日の読書と生活 #0756

■書感『メトセラの子ら』
 著者:ロバート・A・ハインライン
 出版:ハヤカワ文庫SF
 定価:583円
 初版:1979年
 関連:『愛に時間を』

『愛に時間を』から入ってしまったラザルス・ロングの一連のシリーズでしたが、その最初の作品となるのは、この『メトセラの子ら』です。
 この作品の最初で、ラザルスはまだ200歳ちょっと。
 しかしすでに、豊富な経験を持ち、名前を変えては様々な土地を放浪するという習慣を持っているようです。

 19世紀末期から長寿の家系で結婚を繰り返す事によって人間の寿命を延ばしてきたハワード財団のファミリーは、22世紀になって世間に彼らの存在を公表した。
 だが、待っていたのは彼らが長寿の秘密を独占しているという、世間の疑惑だった。もはや地球にいる場所のなくなったハワードファミリーは恒星間宇宙船を奪って10万の家族と共に宇宙へと飛び出す……。

 壮大なスケールを持った連作シリーズの幕開けとなるこの『メトセラの子ら』ですが、設定はともかく中身は意外と凡庸なSFでした。全体的を通して何かの深いテーマが生きているわけではなく、小さな事件を繰り返して結末に至る……という感じでおよそハインラインらしくない、と思ってしまいます。
 ですが、シリーズのヒーロー、ラザルスはすでに活き活きとしており、ハワードファミリーを引っ張って活躍してくれます。『愛に時間を』は2000年を生きてきたラザルスが、様々な星で様々な人々と出会って生きてきた想い出を語るという内容でしたが、『メトセラの子ら』ではラザルスはまだ200年ちょっとしか生きていないわけですから、後のように豊富なエピソードを持っているわけではなく、物語の幅が狭くなるのは仕方ないかも知れません。
 しかし、結末ではラザルスが安住の地にたどり着いたハワードファミリーから飛び出し、新たな物語を作っていこうとする未来が見えてきます。『愛に時間を』では名前のみの登場だったアンディ・リビイとのコンビがこの後の作品で見られそうです。


9月27日の読書と生活 #0757

■書感『占い師はお昼寝中』
 著者:倉知淳
 出版:創元推理文庫
 定価:600円
 初版:2000年7月21日
 関連:倉知淳

 倉知淳はあまり多作ではないですが、ちょっとなごませてくれるような日常ミステリを描く作家です。シリーズもので、職に就かずにぶらぶらとアルバイトをしている童顔の探偵、猫丸先輩が登場する一連の作品がありますが、こちらはそれとまた別に占い師が探偵役となる一連の短編集です。

 渋谷のおんぼろビルにある「霊感占い所」にやってくるのは様々な怪異に悩まされるお客たち。良く当たると評判の占い師だが、怠け者で寝てばかりの辰寅が行う占いはすべてインチキ。しかし、持ち前の洞察力でお客の悩みを見抜き、推理して見事に解決していく。

 倉知淳らしいユーモア、ミステリです。ある意味、これは職業的な安楽椅子探偵。しかも、その事件の謎を解き明かすのではなくあくまでお祓いなどで解決したという事にして、帰ってもらわなくてはなりません。
 辰寅の姪、美衣子はそんな叔父をどうしようもないと言いながらも、その推理能力こそ霊感のようなものだと認めています。しゃんとしていられる時間はわずか30分という辰寅叔父。お客のいない時は「惰猫のように」占い所で寝そべっており、本当にダメ人間という感じで、事件となるとしゃんとするホームズとも違い、お客の相談に対してもやる気がなかったりします。
 殺人などの大事件が起きない日常ミステリというのは好みが別れますが、猫丸先輩のシリーズや北村薫の円紫師匠シリーズなど僕としてはけっこう好みの作品があります。
 この占い師の場合はぐうたらで本格的な事件の捜査はできないので、まさに短編向き……というか、長編への登場は不可能ですね。
 倉知淳を知らない方は猫丸先輩シリーズやこの『占い師はお昼寝中』お薦めします。


9月29日の読書と生活 #0758

■書感『聖アウスラ修道院の惨劇』
 著者:二階堂黎人
 出版:講談社文庫
 定価:857円
 初版:1996年11月
 関連:二階堂蘭子シリーズ

 二階堂蘭子シリーズです。
 作品の順番としては第三弾になります。

 殺人事件の捜査を依頼された二階堂蘭子は義兄の黎人と共に、野尻湖畔にある聖アウスラ修道院へと赴く。逆さにつるされた神父の死体に、二つの密室殺人事件。果たして、事件は吸血鬼の仕業なのか……?

 オカルト色に満ちたこのシリーズ。今回は修道院が舞台です。古びていて閉鎖的というイメージの強い空間であるだけに、ミステリの題材にはなりやすいですね。
 二階堂蘭子は博識というより、ミステリマニア、オカルトマニアという感じがありますが、美貌ときつい性格、断定的な口調は周囲の人間を寄せ付けず、親しみの持ちにくい探偵となっています。そんな彼女だからこそ、こういったおどろおどろしい事件に臆することなく挑めるのかも、と思ってしまいます。
 実を言うと事件そのものはそんなに複雑ではない気もするのですが、二階堂蘭子が余計な蘊蓄を山のように話、周囲の人々を混乱させているような気もします。しかしまあ、実はそれが蘭子の意図した通りだったりするのですが。
 
 オカルト系のミステリは、解き明かされてみると怖さがなくなってしまうので、「そんなことをする人間がいちばん恐ろしい」というようなオチに持っていきがちですが、二階堂黎人はこの結末に宗教色を活かしたどんでん返しをしっかりと持ってきれくれています。
 と、いうかこのオチが許されるのは二階堂黎人だから……と言えるかも知れません。キャラクターと世界観の勝利ですね。
 好き嫌いはあるかも知れませんが、二階堂黎人のミステリとオカルト二本立ては他にない味付けだと言えるでしょう。



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