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竜と騎士

 


 

古井洋

 



 
 低く垂れこめた雲が満ちかけた月を隠し、夜の闇はいっそう深くメナの村全体を覆った。
 村人達は皆、一日の農作業による心地よい疲れが呼んだ眠りの中にあったが、村外れの小屋には一人だけ、目を覚ましている者がいた。
 男の名はオリバ。四年前、ただの荒野であったこの地に開拓民としてやって来たときは、まだ少年だった。
 その日、オリバが何故起きていたのかは本人にもわからない。これから夏を迎えようと言うこの季節、夜の空気は心地よく、眠りを妨げはしないはずだ。
 オリバは何とは無しに外に出た。期待していたような星空は見えず、落胆のため息を漏らしたオリバだったが、そのまま外の風に当たることにした。
 しばらく闇を見つめ、眼が慣れてくると、ただの暗闇と思っていた空間に空と山の境がうっすらと見え出す。
 と、雲に隙間ができ、そこから差し込んだ月の光が何かを照らし出した。
 オリバには、それが鳥に見えた。羽ばたかず、風に乗って夜空を飛ぶ鳥だ。それはゆっくりと村へ近づいて来る。それにつれて、だんだんとその形や大きさがはっきりと見えてくる。
「り、竜だ!」
 オリバは竜など見たことはなかったが、確信を持って叫んだ。ぴんと伸ばした長い尻尾、人の五、六倍はあろうかというとかげのような巨体、折り畳まれた前足、暗闇に赤く光を放つ両眼。巨大なコウモリのような翼。そして、体は月の光を受けて蒼く輝いていた。
 竜はオリバの目の前まで来ていた。もう、木のてっぺんに触れそうなほど低く飛んでいる。
「うわっ!」
 オリバが思わず頭を抱えてかがみ込んだ瞬間、竜は小屋の上を通り過ぎた。突風が吹き荒れ、木や草の葉を巻き上げる。
「助かった……?」
 オリバは顔を上げ、竜の飛び去った方向を見る。そして、はっとなった。
 竜は村の中心部へと飛んでいったのだ。
 若者は、たった今まで感じていた恐怖も忘れて村へと走り出した。はるか前方で、火の手が上がるのが見えた……。

 金属同士がぶつかる鈍い音が、カハーサ砦の中庭に響いた。二人の騎士が、長剣と楯を手に稽古をしている。一方の騎士は背の高い若者、もう一方は壮年期も終わりにかかろうかという年齢の騎士だ。
 流れ落ちる汗が若い騎士の栗色の髪を濡らし、地面へと落ちる。だが、壮年の騎士は汗どころか、呼吸も乱していない。
 気合いと共に、若い騎士が右手の剣を打ちつける。だが、壮年の騎士の楯がそれを阻んだ。反撃を封じるために、若い騎士は体ごと楯にぶつかろうと踏み込む。しかし、壮年の騎士はそれをするりとかわし、楯を持っていない右側へと回り込んだ。そして、平衡を失った若い騎士に鋭い斬撃を放つ。
 若い騎士はとっさに長剣をかざしたが、受けとめた衝撃は予想よりはるかに軽い。疑問を感じた瞬間、壮年の騎士の逃第二撃が、若い騎士の喉元につけられた。
「参りました、レオネル様」
 一瞬の静寂の後、若い騎士は、乱れた呼吸を整えながら言った。
「受けとめたからといって油断してはいかん。二撃、三撃への備えを忘れてはならぬ」
「はい、まだまだ未熟なようです」
 壮年の騎士、レオネルは肩を落としている若い騎士を見て、思わず微笑を浮かべた。
「なに、経験が足りないだけだ。お主ほどの才能はまれなものだよ」
「恐縮です」
 二人は剣を納めた。
「お父さま、マルケン様」
 中庭の隅から、長く黄金の髪を伸ばした美しい娘が手を振っていた。
「ユーリアよ、見ていたのか」
「ええ。お父さまったら、マルケン様にはまるで手加減しないものですから、ユーリアは気が気ではございませんでした」
 若い騎士は耳まで真っ赤になった。
「そ、そんなことはありません。私が未熟なだけなのです」
「いや、それは違うぞ、マルケン。お前相手には手加減はできん。すれば一本とられるのは私の方だ」
 レオネルは白いものが混じり始めた口ひげをしごきながら言う。
「だが、今日はどうも動きが固いと思ったら、こいつめ、ユーリアにいいところを見せようとしていたな」
「と、とんでもございません」
 ユーリアはあわてるマルケンと人の悪い笑いを浮かべたレオネルを交互に見て、おかしそうに口元を隠した。
 ダネル公カイネンの親書を携えた伝令が早馬でやって来たのはそんな午後だった。


 

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