「竜退治、でございますか?」
「うむ」
 レオネルは重々しく頷いた。
「私は、竜は全滅した生き物だと思っておりました」
 若いマルケンはあくまで直立不動の姿勢を崩さない。
「一月ほど前のことだ。ダミン村が襲われた。そして、二十日前、今度はレネ村。十日ほど前にヘネス。そして、一昨日にメナの村が襲われた。いずれも多くの家畜がやられ、村は壊滅状態だ」
「辺境荒らしの山賊ではないのですか?」
「そうも考えよう。だが、生き残った者が竜だと騒ぎ立てる。そこで、ダネル公は被害を受けたそれぞれの地に学者と騎士からなる調査団を派遣した」
「して、その結果は?」
「いずれも、獣や人の為せる業に在らず、と」
「しかし、竜とは……」
 だが、若い騎士はまだ納得できない。
「では、これを見てみろ」
 レオネルは鈍く光る物体ををマルケンに渡した。
「これは……鱗?」
 もし、それが鱗だとすれば、巨大な生物のものであることは容易に想像がつく。表面は岩のようでありながら角度によって微妙違う色合いで光り、手触りは滑らかで、弾力があり、力を加えると曲がる。
 レオネルは懐から取り出した短刀をマルケンに渡した。彼は頷いて、表面を軽く削りとろうとしたが刃が滑ってうまくいかない。次に、鱗を机の上に置いて短刀を振り下ろしてみる。が、またもや鱗の描く曲線が短刀をそらしてしまう。
「どうだ、傷も付けられまい」
 壮年の騎士は口髭をしごきながら言った。
「このような物は見たことも聞いたこともございません」
 マルケンが手に持った鱗をまじまじと見る。
「それが竜の鱗だ。四つの村で十数片見つかった」
「なるほど。それで竜の仕業と……。しかし、これほどの物がたくさんあれば、さぞや良い鎧が作れるでしょうな」
 若い騎士が、感嘆のため息を漏らしたその時、レオネルの執務室の扉が開き、一人の老人が入って来て言った。
「良いところにお気づきですな。お若い騎士殿」
 老人は紺色の長衣をまとい、小脇に大きな本を数冊抱えていた。髪も髭も真っ白で、顔はしわで覆われていたが、くぼんだ小さな眼は知的な光りを湛(たた)えている。
「よくいらっしゃいました、ガルワルド先生」
 レオネルが満面の笑みを浮かべて老人にあいさつをすると、マルケンもあわてて会釈をした。
「あなたが、レオネル様の軍師でいらっしゃったあのガルワルド殿?」
「いやなに、軍師とは大仰な。わしはレオネル様に学問を教えておった一介のまじない師にすぎんのですよ。レオネル様も立派にカハーサ伯となられて……」
 老人は笑ってあご髭をしごく。その仕草は妙にレオネルと似ていた。
「ときに先生、お頼み申し上げた調べ物は……?」
 壮年の騎士が訪ねると、老人はぽんと手を打った。
「そうそう、それですじゃ。竜について、調べられるだけのことは調べてまいりました。家の資料では足りませんでな、ロアルまで行っておりましたので十日もかかってしまいましたわい」
 ガルワルド老人は机の上に本を置くとめくり始めた。
「レオネル様、十日も前からこの事を?」
「一応は、な。命令が下ってからでは遅いのでな。先生にご足労願った」
 マルケンはただ感心するばかりだ。
「わしの教えたことは無駄ではなかったようですな」
 ガルワルド老人は嬉しそうに言った。
「さて、講義を始めますかな」
 とたんに、レオネルが背筋を正した。
「先ほどわしは、この若い騎士どの……」
「マルケン・ハイクレヘス・ヤクトラットです、先生」
 マルケンはすかさず答える。
「おお、マイルハム様の次男坊でございますな」
「ええ、父とレオネル様とは戦友なので、こちらでお世話になっています」
「いずれはレオネル様の婿養子にとでもいうところですかな?」
 老人は眼に笑みを浮かべながら壮年の騎士を見た。レオネルはにやりと笑って返す。
「い、今はそんな話をする時ではございません」
 年配者二人のやりとりを見て真っ赤になった若者はあわてて言った。
「さて、さっきマルケン殿が言ったように、竜の鱗は鎧や楯の材料になりまする」
 ガルワルド老は涼しい顔で講義を再会した。
「まあ、順を追って説明いたしましょう」
 二人の騎士は緊張した面もちで老人を見た。
「百年ほど前には、山があれば必ず竜が住んでいるとも言われていました。それほどではないにせよ、この国にも十数匹の竜がいたと考えられております」
 ガルワルド老は話を続けた。
「竜の体長は人の四から六倍。大きな物は八倍とも言われまする。鱗は先ほど見たように、固く、弾力に富んでおりまする。竜は様々な色をしております。それが個体を見分ける最大の特徴となりますのじゃ」
 老人は一気に話して、息をついた。
「ガルワルド先生、では、この鱗の持ち主の竜は虹色をしているのでしょうか?」
 マルケンが質問した。
「いや、そうではありませぬ。竜の鱗は体についているときはその竜の色をしております。この竜は蒼色をしていると聞き及んでおります。が、一度鱗が体からはがれてしまうとこのような色になってしまうのです。それは鱗が『竜気』が通わぬ物になってしまうためと言われておりまする」
「それはいったい……?」
 今度はレオネルが問う。
「竜は人間とも獣とも全く違う生き物にございます。ですが、人間や獣の体に血が流れるように、竜の体には『竜気』が通っておりまする。『竜気』は空気のような物で、物を燃やす性質がございます」
「では、竜が火を吐くのはその性質によるものなのですか?」
「マルケン殿はなかなか頭が切れますな」
 ガルワルド老人は満足げに頷いて続けた。
「竜は『竜気』を口より吹き出して物を燃やしまする。だから、そうは火を吹けませぬ」
「竜自身が自らの火で傷つくことはないのですか?」
 またもやマルケンが聞いた。
「それは、この竜の鱗を借りてお見せいたしましょう」
 老人はしばらく使われていない暖炉から火ばさみを取り出して竜の鱗を挟み、
「これを持っていて下され」
 と、若い騎士に渡した。そして、燃えているランプから木切れに火をつけ、その炎を鱗に近づけた。
「炎が、避ける!」
 驚いたマルケンは声を上げた。
「その通りでござりまする。炎が竜の体を避けるのでございます。よって、竜の炎が竜の体を傷つけることはございませぬ。ただし、例外がございます」
「例外とは?」
 燃えさしと火ばさみを暖炉に放り込んだガルワルド老に、今度はレオネルが訪ねる。
「竜が死ぬときにございます。竜は死ぬとき、自らの体の中の『竜気』全てに火をつけまする。その時には竜の体もその炎に耐えられず、肉はおろか、鱗や骨、爪さえ灰になってしまいまする。この鱗ような、生きた竜からはがれたものは大変貴重でございます」
「ガルワルド先生。それでは、私がさっき言ったように竜の鱗で鎧を作ることなどとうていかなわぬのではないのでしょうか?」
 マルケンは疑問を口にした。
「その通りでございます。鱗をとるには竜を生け捕りにするより他に手はございませぬ。が、そう簡単にはいきませぬ。竜の成体は地上で最も強い生き物にございます。鱗をとらんと欲すれば竜の巣に入り込み、幼体の竜を生け捕るしかございません。
「そして、今より百年ほど前、世は戦乱の時でございました。富を欲する者は皆、危険を省みず竜の幼体を狩り、鎧や楯の材料としたのでございます」
 ガルワルド老は竜鱗より作られた鎧や楯の絵図を指した。
「大量の鱗を剥がれた竜の幼体は病にかかり死んでしまいまする。その時期の幼体の乱獲により竜は滅びたと今日まで言われておりました」
「しかし、それを逃れた竜がいた……と?」
 レオネルが口ひげをしごきつつ言う。
「そのようですな。百年前にはこの地に人がおりませんでした。国で唯一の生き残りかも知れませぬな。貴重な一匹とも言えましょう」
「貴重でも、人に害を為すようでは放っておけぬませぬな」
「竜は好んで人里を襲うわけではございませぬ。また、昔は人も竜の縄張りを避けて村を作っておりました。しかし、ここ数年の開拓によって出来たいくつかの村は知らずに竜の縄張りの内に作られてしまったのでございましょう。縄張りの内にまとめて家畜を飼えば襲われるのは自明でございます」
「では先生、なぜ竜は今まで村を襲わなかったのでしょうか?」
 しばらくじっと考え込んでいたマルケンが聞いた。
「竜は、元々あまり食べる必要がありませぬ。一月に一度、大きな獣を狩り、食せば、後はほとんど眠って過ごしまする。村を襲うのは多くの餌が必要になったため。つまり、卵がかえったためと考えられまする。竜の産卵につがいをはいりませぬが数年の眠りを必要といたします。開拓前の調査で竜が目撃されなかったのもこのためでございましょう。これで全てつじつまが合いまする」
 ガルワルド老は本を閉じ、別の本を開いた。
「さて、ここからが重要ですぞ。問題はどうやって成体の竜を倒すかですじゃ」


 

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