「助けるって言っても、、どうやって?」
「私には祖父の発明品があります」
 リチャードは座席に着いているボタンを押した。運転席の椅子のカバーが開き、ディスプレイとキーボードが出てくる。
「まず、敵を知らなければなりません」
 リチャードはキーボードを叩いた。
「運転席の女性は、若い男性を『トロン』と呼びました。それを元にFBIのデータを調べてみます」
「FBIだって? まさかハッキング?」
「いえ、父がFBIの捜査に協力した事があって、公式に使えることになっています」
「お父さんって、何をしているんだい?」
「探偵です。今は、FBIの特別顧問として呼ばれています」
 ロバートは舌を巻いた。何という一家だ。
「参考までに聞くけど、お母さんは?」
「父の秘書をしています。射撃と、フェンシングの達人なのでボディーガードも兼ねていますが」
「リチャード様はお爺さま、お父さま、お母さまの全ての才能を受け継いでいるのですよ」
 ジョンが自分のことのように自慢げに言った。
「ジョン、それは言い過ぎですよ」
 コンピューターが検索終了のサインを出した。
「結果が出ました」
 ボブは画面に表示されたデータをのぞき込む。
「さっきの男はトロン・バーリントン。まだ十八歳ですが、銀行強盗三件、誘拐二件で指名手配中です。運転席の女性の方はトロンの姉で、キャサリンです」
「常習犯か!」
「唯一の救いは今まで、一人も殺してはいないということです」
 ロバートは黙ってうなずいたが気が気でない。
「リチャード様、犯人の車が止まったようです」
 ジョンは運転席の横のカーナビゲーションシステムを操作しながら報告した。
「車を乗り換えたのかも知れませんね」
「そのようです。止まったのは街中の駐車場ですから」
 やがて、発信器を表す光点が画面の中心線と重なった。
「さっきの車だ」
 駐車場に赤いスポーツカーが止まっている。あたりに人影はない。ジョンは車をその横につけた。
「どっちに逃げたかわからないよ、どうしよう」
「ご心配なく」
 リチャードはふところから布きれを取り出した。
「それは、さっきの」
「クロロホルムです。おそらくはメイプルに使ったはずです」
 リチャードは傘の柄をスライドさせ、そこに出来た隙間に布をちぎって入れた。
「これで臭いを追って行くことが出来ます。ジョン、あなたはここで待機してください」
「はい、リチャード様。お気をつけて」
 ロバートはリチャードに続いて車を降りる。
 リチャードが傘の先で地面をなでると電子音が鳴った。
「こっちです」
 二人は小走りに移動を始めた。

 メイプルが目覚めたのは薄暗い部屋だった。正面には窓があり、カーテンを通して夕陽が入ってくる。椅子に縛り付けられていて自由が利かないので、首だけを回して部屋の中を観察した。
「前を向いていろ」
 突然の声に、メイプルは心臓が止まる思いだった。彼女はあわてて前を向いた。
 人の気配はなかったのに……。
 メイプルの真後ろ、首と眼球を限界まで回してやっと見える位置に人が立っていた。
「気分は悪くないか?」
 再び、相手が尋ねる。
「別に、大丈夫……だけど、あなたは?」
「お前を誘拐したのは、俺だ」
 話しているのは、かなり若い男の声だ。
「あなたが?」
 メイプルは気を失う前のことを思い出した。いきなり車の中に引きずり込まれて薬を嗅がされ、外ではボブが羽交い締めに……
「そうだ、ボブ……兄さんは!?」
「あいつには、逃げられた」
 そう語る声には、何の感情もこもっていない。
「わたしを誘拐して、どうするつもり?」
「身代金を取る」
「私の家は、お金持ちでも何でもないのよ」
「それは、俺たちのミスだ。目標はキング家の子供だった」
「それなら……」
「多かれ少なかれ、身代金は出る。安心しろ、支払われたら無事に返す」
 言葉をさえぎられて、メイプルは黙った。しばらく、沈黙が続く。
 やがて、メイプルが口を開いた。
「あなた、まだティーンエイジャーでしょ?」
「……そうだ」
「なぜ、こんな事をしているの? お金のため?」
「どうかな?」
 男は自問するように言った。
「……」
 また、沈黙が続く。

「ここは、何だろう?」
 クロロホルムのにおいは、リチャードとロバートを街外れまで導いた。辺りは薄暗くなりかけている。
「廃工場のようですね」
「この街にこんなさびれた所があったなんて知らなかったな」
「鍵が閉まってる」
「よじ登るしかなさそうですね」
 ロバートは手に持っていた帽子をかぶって門に手をかけた。
「こういうのは」
 体を引き上げつつ彼は言った。
「得意なんだ」
 そのまま、内側へ飛び降りる。
「お見事」
 リチャードは手をたたいた。
「ボブ、一つお聞きしたいのですが」
「何?」
「何故、私の家が空き家だったときにそうやって庭に入らなかったのですか?」
 リチャードは傘の先を地面に突き刺した。
「世の中にはルールってものがあるだろ」
「ルール?」
「無断で人の庭に入るのはルール違反だよ」
「でも、ボブ。人生を楽しむために」
 リチャードが傘のボタンを押すと、柄が延びてリチャードの体を門の上に持ち上げた。
「その位のルール違反は許されると思いませんか?」
 リチャードも飛び降りる。
「さあ、行きましょう」

「……復讐、か」
 それは、独り言のようにも聞こえた。その声に、憎しみはこもっていなかった。むしろ、誰かを哀んでいるように聞こえた。それは、声の主が初めて漏らした感情の断片だった。
「復讐?」
 メイプルは思わず後ろを向いた。声の主がどんな表情をしているのか知りたかった。が、またもあわてて顔を戻すことになった。視界の隅にナイフが光っていたからだ。
「脅かしてすまない。おとなしく前を向いていて欲しい」
 声の主はぽつりと言った。今度の声には感情がこもっていなかった。
 メイプルは、窓の方を見た。いつのまにか、日は沈んでいる。
「知りたいのか?」
「えっ?」
「復讐という言葉の意味を」
「……ええ」
 戸惑いつつも、メイプルは答えた。
「……俺はデトロイトに住んでいた」
 声の主は前置きもなく始めた。
「家族は両親と、姉の四人だった。俺が十歳の夏、家族で映画を見に行った。そしてその帰り、逃走する銀行強盗と警察との銃撃戦に巻き込まれた」
 メイプルは息をのんだ。銀行強盗も銃撃戦も映画やニュースの中だけの事だと思っていた。考えてみれば、誘拐だってそうだ。
「結果から言えば、両親は死に、俺と姉は生き残った。問題なのは、俺達の両親は警察に誤って撃ち殺されたという事だ」
 あくまで淡々と、彼は語った。
「復讐って、そういう意味なの? 警察に対する復讐なの?だから、犯罪者になったわけ?」
「お前が言いたいことは、わかる。俺達が犯罪者になったところで何も変わりはしない。何にもなりはしない。最悪、俺達と同じような子供を増やすだけだ」
「じゃあ、何でこんな事やってるのよ!」
「俺を育ててくれたのは、姉さんだ」
 メイプルは、はっとした。
「わたしを車に引きずり込んだのが、そのお姉さん?」
「そうだ」
「じゃあ、復讐って、お姉さんの復讐……?」
「警察をあざ笑うのが、復習だそうだ」
「なんで、弟のあなたが止めないのよ」
「努力はした」
「そんな……。それなら、あなただけでもやめればいいじゃないの」
「俺は、姉さんなしでも生きていける。だが、姉さんは俺なしでは生きられない。俺は、姉さんの言うとおりに生きる道を選んだ」
「こんな事を続けていたらいつか死ぬわ」
「八年前、両親と共に正気の姉さんは死んだ。そして、その姉さんについて行くと決めたとき、俺の心も死んだ。生きているのは抜け殻だけだ。そして……」
 声の主は、一度言葉を切った。
「死ねば姉さんの復讐も終わる」
 メイプルは、何も言えなかった。

「広いな、ここ」
 リチャードとロバートは廃工場を歩き回っていた。
「あの建物のようですね」
 リチャードは、敷地の一番奥にある五階建ての建物を指した。工場ではなく、事務所か何かに使われていたようだようだ。
「どうしてわかるんだい?」
「四階を見て下さい。一つだけカーテンのかけられた窓があります。人がいるのです。どちらにしろ、臭いでわかりますが」
「本当だ」
「きっとメイプルはあそこです。少し、注意して歩きましょう」

「何で、わたしにその話を?」
「たまには、姉さん以外の人間と話したくなることもある」
 その時、メイプルの背後で、扉が開いた。
「トロン、誰かがこの敷地に入って来たわ」
 若い、女の声だ。
「行ってちょうだい」
「はい、キャシー姉さん」
 扉の閉まる音がした。さっきの声の主、トロンが出ていったようだ。
 敷地に入って来たって、誰だろう。警察かしら?
「お嬢ちゃん、あんたに恨みはないんだけどね。あたし達、警察の鼻をあかしてやんなくちゃいけないんだよ」
 この人が、さっきの人のお姉さんなのね。
 ……いったい、誰が、さっきの人やこの人の人生を狂わせているのだろう。
「お嬢ちゃん、恐かったかい? トロンは無口だけど、本当は優しい子なんだよ。恐がらないでおくれ」
 『キャシー姉さん』は優しげに言った。
「きっと、無事に返してあげるからさ。あたしたちは、人質を傷つけるようなヘマはしないからね」

「ボブ! 下がってください!」
 トロンの突然の襲撃に、リチャードは叫んだ。
 一息に何度も繰り出されるナイフを、リチャードは全て傘で受け流した。
 体勢を立て直すために後ろへ飛んだトロンに今度はリチャードが攻撃を仕掛ける。だが、トロンは巧みに体をさばいて避けてしまう。
 リチャードが、足を引っかけようと地面すれすれに払った傘の柄をトロンはバク転してかわして懐からもう一本のナイフを取り出し、元から持っていた方のナイフを投げた。
 新しく出されたナイフに気を取られていたリチャードには飛んできたナイフを傘ではじくのが精いっぱいだった。
「うわっ!」
 軌道の変わったナイフが、リチャードの背後にいたロバートの顔をかすめる。驚いて、寄り掛かった非常口のドアが外側に倒れる。だが、そこにあるべき非常階段はなかった。建物の老朽化で階段が崩れてなくなっていたのだ。
「ボブ!」
 ロバートは何とか非常口の縁に掴まっていた。リチャードは素早くそれを確認して振り返ったが、すでにトロンは目の前に迫っている。トロンは、ナイフではなく、蹴りを繰り出した。受けとめたリチャードだったが、体勢が十分ではなく、後ろに吹き飛ばされる。
 リチャードはロバートを巻き込んで、三階の非常口から落ちていった。

「もう、済んだのかい」
「ああ」
 戻って来たトロンに、その姉のキャサリンが聞いた。
「誰だったんだい?」
「この娘の兄貴とキング家の子供だ」
「なんですって!」
 メイプルは驚いて聞いた。
「奴等は二人とも、三階の非常口から落ちた。一階の屋根に穴が開いていたから、そこまで落下したのは確かだ。大怪我をするかも知れないが、死にはしないだろう」
「トロン、何で見てこなかったんだい。ひょっとすると、キング家の子供やこの子の兄貴で人質が三人になるかも知れないじゃないか」
「そうだね、姉さん。行って来るよ」
 トロンが、再び出ていく。
「あの子も、しっかりしているようでどこか抜けているんだから」
「きっと……」
 あなたに対する反抗なんだわ。
 メイプルは、言いかけた言葉を飲み込んだ。

「いてて……」
「大丈夫ですか? ボブ」
「三階から落ちた割にはね。しかし、これは?」
 ロバートとリチャードは傘の上に乗っていた。傘の柄が、天井の骨組みに引っかかってそこからロープが延び、傘を地面すれすれにぶら下げているのだ。
「これも、傘の機能の一つです」
「一体いくつの機能がついているんだい?」
「私も数えたことはありません」
 リチャードは傘から降りた。
「痛っ!」
 ロバートは続いて降りようとして、顔をしかめた。
「ボブ、怪我を……」
「軽い捻挫みたいだ。歩くのは大丈夫だけど、走るのは無理そうだ」
「すみません、私が油断したから」
「謝るのは僕の方だ。君こそ怪我は?」
「服が少し、汚れただけです」
 リチャードは、上着の裾をつまんで言った。
「でも、これからどうしよう」
「ボブ、あなたは戻って下さい。私一人でも、メイプルを助けるつもりです」
「でも、リチャード」
 リチャードは時計のスイッチを押した。
「ジョン、町外れの廃工場の入り口まで来て下さい。ボブが怪我をしています」
「はい、リチャード様」
 時計に内蔵された通信機から声がする。
「では、行って下さい、ボブ」
「ごめん、僕は足手まといにしかならなかった」
「違います、ボブ。私も一人では不安でした」
 リチャードは言った。
「誰かがいるから、私は落ちついていられるのです」
「ありがとう、リチャード。そう言ってもらえるとうれしいよ」
「ジョンの所で待っていて下さい。きっとメイプルを連れて行きます」
「わかった。そうするよ」
 二人は、握手を交わした。

「さて、身代金の事も考えなくちゃね」
 キャサリンは誰にともなく言った。
「お嬢ちゃん、二、三日、辛抱してね」
 メイプルの背後で、扉が開き、閉まった。キャサリンが部屋から出ていったらしい。
 身代金っていくらくらい取るのかしら?
 うち、お金払えるのかな?
 そんなことを考えていると、顔に風が当たった。カーテンがなびいている。
「遅くなりました。レディ」
 窓から入って来たのはリチャードだった。
「リチャード、どうやって!」
「傘で」
 リチャードはひょいと傘を持ち上げた。
「何がなんだかわかんないわ」
「説明は後です。とにかく、縄を」
 リチャードはポケットナイフを取り出して縄を切った。
「そうだ、ボブは?」
「怪我をしたので、戻ってもらいました。今頃、ジョンが手当をしているはずです」
「ボブは、ああ見えても頑丈だから大丈夫ね、きっと」
「元気そうで良かった」
 リチャードはにっこり笑った。
「なんだい! あんたは!」
 ドアを開けて入って来たのは、キャサリンだった。メイプルはその顔を初めて見た。黒髪でかなりの美人だ。スタイルも良い。一見するとやり手のビジネスウーマンといった感じだ。
「あなたが、キャサリン・バーリントンですね」
「そうさ、悪名高いバーリントン姉弟の姉だよ。飛んで日にいる夏の虫とは、正にお前のことだね。動くと、風穴が開くよ!」
 キャサリンは手にリボルバーを構えて威嚇する。
 リチャードは傘を構えた。
「言ったはずだよ!」
 キャサリンが発砲する。だが、その弾丸はリチャードが開いた傘に当たって弾けた。
「生意気な!」
 次いで、三発立て続けに撃つ。だが、傘の影にいるリチャードとメイプルには届かない。
 リチャードは傘のスイッチを押した。開いた傘がキャサリンめがけて飛び、彼女を壁まで吹き飛ばした。悲鳴を上げる間もなく、キャサリンは気を失っていた。
「さて、警察に通報して彼女を逮捕してもらわなくては」
 リチャードは、もう一度柄についたスイッチを押して傘をつないでいたロープを巻きとりつつ言った。
「そうはさせん」
 答えたのは、部屋に入って来たトロンだった。姉と同じ、黒髪黒眼。整った顔も似ている。
 リチャードはたたんだ傘を構えた。
「姉さんを警察に渡すわけには行かない」
 トロンは、キャサリンの手から落ちたリボルバーを拾う。
「だが、お前達は俺にとってはどうでも良い、行け」
 リチャードはわずかに眉を動かした。
「行け、姉さんの目が覚めないうちに」
「トロン……」
 メイプルはトロンの黒い瞳を見た。無表情が悲しそうに見えるのは、あの話を聞いた後だからかもしれない。
「あきらめちゃいけないわ」
 トロンの表情がわずかに動いた。が、それが何の感情なのか、メイプルにはわからなかった。
「あきらめたら、ダメだから!」
 メイプルは拳に力を込めて、もう一度言った。
「……ありがとう」
 トロンの声はほとんど聞き取れないほど小さかった。
「う……ん………」
 倒れていたキャサリンが目を開きかけている。
「行こう、リチャード」
「はい、メイプル」
 リチャードが傘を操作すると、黒い煙が吹き出した。
「トロン、なんだいこの煙は!」
 メイプルの見えないところでキャサリンが叫ぶ。
「メイプル、しっかり掴まって下さい」
 メイプルは、リチャードに抱えられて体が落下するのを感じた。あわてて、リチャードの腕にしがみつく。そして、いつのまにかつぶっていた目を開けた。
「飛んでる!」
 そこは、空中だった。傘が回転して空中に浮かんでいるのだ。リチャードは片手に傘を持ち、片手にメイプルを抱えていた。
「トロン、撃ち落としておしまい!」
 後ろを見ると、窓際でキャサリンが叫んでいた。
「弾切れだよ、姉さん」
 メイプルは、トロンが二発の弾丸を窓の外に捨てるのを見た。その光景も、だんだん離れていく。メイプルはトロンが少し笑ったような気がした。
「ありがとう、リチャード。こんな無茶な事する人って初めて見たわ。最高のエスコートよ」
「お誉めにあずかり、光栄です」
「今度のダンスパーティー、わたしをエスコートしてくれる?」
「喜んでお誘いします」
 リチャードはにっこり笑った。街の明かりがきれいだった。
「ねえ、メイプル」
「何?」
「泣きたいときは、泣いて下さい。から元気は見ていてつらいです」
 メイプルは、泣いた。青い瞳から涙が流れ、止まらなかった。リチャードは何も言わなかった。
 やがて、下にロバートとジョンが見えてきた。ロバートが手を振っている。
「リチャード、まだ降りないで。ボブに心配させたくないの」
「わかりました。ジョン!」
 リチャードは下に向かって叫んだ。
「ボブと一緒に帰っていて下さい。私はこのまま家まで行きますから」
 メイプルも、下に手を振って見せた。傘の高度が上がる。
 ジョンがロバートに何か言って車に乗り込む。二人を乗せたクラシックカーはゆっくり走り去っていった。
「ねえ、リチャード。優しさって、何だろう?」
 まだ、震える声で、メイプルは言った。
「難しい質問ですね」
「あのトロンって言う人、お姉さんへの優しさのために苦しんでいたわ」
「だから、悲しい眼をしていたのですね」
「あんな眼をした人がいることを知っても、私、前みたいに楽しく毎日を過ごせるのかな?」
「あなたは優しいのですね、メイプル」
 リチャードは微笑んで言った。
「おもしろおかしく生きる事と、幸せに生きることは違うことです。あなたは、ただおもしろおかしく生きる毎日を卒業したのですよ」
「少し、大人になったって事かな」
「誰でも、そうやってたくさんの喜びや悲しみを知って大人になっていくのです」
「リチャードって、ボブと違って大人なのね」
 リチャードの顔が赤くなる。
「祖父の受け売りですよ」
 下の道路を、スポーツカーが猛スピードで走り去って行った。後ろを、数台のパトカーがサイレンを鳴らしながら追う。
「トロン……」
 パトカーの光はやがて遠くへ消えていった。

「お迎えに上がりました、レディ」
 リチャードは優雅に礼をした。
 あれから十日が経過していた。結局、バーリントン姉弟は警察の追跡を振り切って逃げた。
 ロバートとメイプルは誘拐事件のことを両親に黙っていた。警察からも呼ばれなかったし新聞にも載らなかった。どうやら、FBIに勤めているリチャードの父親がどうにかしてくれたらしい。
「お誘い、ありがとうございます」
 メイプルもスカートを持ち上げておじぎをした。
「では、参りましょう」
 リチャードは、メイプルの手を取った。ジョンが運転するクラシックカーのドアを開け、彼女を先に乗せると、自分も乗り込んだ。
「ジョン、学校まで安全運転でお願いしますよ」
「はい、リチャード様」
 ゆっくりと、車は発進した。
「そういえば、メイプル。ボブのお相手は?」
「ジェニーはトーマスに先にとられたんだって」
 リチャードは苦笑した。
「ボブらしいですね、あなたの心配ばかりして。」

 そのころロバートは、憮然とした表情でキング家の一角にいた。
「ボブ、探偵局の景気はどうかね?」
「上々ですよ、ジャックさん。一週間で三つの依頼を解決しました」
「それは良かった。わしは、いつもリチャードに、人の役に立てと教えておるからな。鼻が高い」
 リチャードの祖父は、高笑いと共に去っていった。
「もうかりはしませんけどね」
 ロバートは、つぶやくとキング家の門に掲げてあるのと同じ文面のチラシを見た。

 キング&ホワイト探偵局

 あなたのささいな悩み、小さな事件、解決します。
 御依頼は午後のお茶の時間にキング家の庭へどうぞ。

      依頼料 一日五ドル(他に実費は頂きます)

「人の悩みを解決するのもいいけど」
 ロバートは頬杖をついた。
「僕も、五ドルでダンスの相手を見つけてもらおうかな」


 

 


作者コメントへ

作品リストへ

トップページへ